195 ______________ ‐2nd part‐
文字数 1,717文字
ニッカと笑う宝婁センパイ──。
「な? 意識できていない結果がそれだ。反射速度は悪くないけど、それに頼ってばかりだからだ。ほれ、袖で拭 わないで、ちゃんと鼻水を擤 んどけ」
センパイは、オレが縁側に用意していたティッシュボックスを差し出してくれる。
けれど、「…………」
それをエサに、また攻撃されないとも限らない。そうそう迂闊に受けとれるもんか。
「やっぱり意識できてない。だから俺が攻撃するのか、しないのか、その判断がつかないんだよ」
そう言うと、センパイはティッシュの箱をオレに放った。
けれど、それを「あ、どうも」と受けとろう出したオレの両手は、パシパシッと、見事に新聞紙の棒でたたかれてしまった。
箱の方は、芝が疎らに生え残る、猫の額よりは広いけれど、庭と呼ぶには狭すぎる地面へと落ちた──。
ウチの庭は、狭いクセしてお体裁程度に植木やら花壇やらが、これまた伸び放題の荒れ放題になっているから、躱閃術の稽古にはうってつけ。
お蔭で、センパイの攻撃を躱しても、枝張りに突っ込んだり、レンガの段差に躓いたりと、やたら実践向きだ。
「わかってるのかよ? 物じゃない、楯の相手は俺なんだから、今、意識し続けるのは俺に決まってるだろが」
今更、あらためて周囲と自分のいる位置とを、確認なんかしていたもんだから、センパイの叱呵 は呆れ具合の方が強かった。
「……それなら、してますって」
「生半 なんだよ楯は、疑うなら徹底して、最後まで疑う意識を途切らせるな。俺の表情とか小手先だけじゃなく、俺全部を意識しろよ」
「全部? ですか……」
「集中しろとは言ったけどな、それは一点を見つめて視野を狭くしろって意味じゃない。視界に入るあらゆる情報を、総合的に認識する力が大事なんだ」
「…………」
「躱しきれないってのはな、認識するべき情報に洩れがあるってことだ。ま、とり敢えず鼻水がタレそうだから、しっかり擤んどけ」
「はぁ……」
ここでもオレは中途半端ですかぁ──オレは、センパイから目線を離さないようにして箱を拾い、ティッシュを使う。
「楯は存外優等生タイプだったから、一旦全てを言っとかないと、その時、その時に、言ったことしかやっちゃいけないと思っちまうようだからな」
「…………」
チェッ。オレの歳には在栖川でも一番の優等生だったセンパイから、まさか優等生呼ばわりされるとは。
それこそ、思いのほかの極致じゃん。
「いいか? 根本的に誤解してるようだが、躱閃術は受身のワザでは全くない。相手が動いてから動くんじゃなく、相手のかまえや体勢の間合から、その攻撃圏界外へと先んじて逃げる、それを肝に銘じとけ」
「はい……」
「その一環として、上下左右、反ったり跳ねたり回ったりと、身を躱す大きな動作が入るだけだ。楯はお行儀よく、俺が動くのを待ってるから、攻撃がヒットしちまうんだ」
「……はい。すんません」
センパイは、また新聞紙の棒で自分の頭をパシパシたたき始めた。意識意識……。
「人間の動作は振り子運動だと、頭に叩き込んでやってるはずだ。強い攻撃が来る時は、必ずそれに見合うだけ、腕や足のバックスィングがある。だから逆にその間を使って、ジャブやローキックを躱し続けて崩れかけた、自分の体勢を整えるんだよ」
「あ、はい……」
「楯は、大きく振り被る攻撃ほど過敏になって反応するから、牽制攻撃を躱す内に、崩した体勢を立てなおすどころか、トドメになり得る攻撃を躱しきったあとで、完全に崩れちまうんだよ」
「……はい。……」
「まぁ。フツウなら、トドメを躱された相手の体勢も大きく崩れるが、それを知ってる俺は、楯へも、そんな攻撃はしていないんだけどな」
「……トドメの一発は、振り幅が最大な振り子運動ってことですか?」
「そんなトコ、だから過敏になるなら、振り幅の小さい牽制攻撃の方だ。まぁ、躱すんだからカウンターを喰らう怖さもないし、それこそが躱閃術の極意でもある。楯が気にする刃物の使い手の場合も、決して大振りはせずに、小刻みに急所を衝いてくるもんだしな」
「極意っすか?」
オレの返答が可笑しかったらしく、一体どこがかまでは意識なんてできないけれど、また、ニッカと笑うセンパイだった……。
「な? 意識できていない結果がそれだ。反射速度は悪くないけど、それに頼ってばかりだからだ。ほれ、袖で
センパイは、オレが縁側に用意していたティッシュボックスを差し出してくれる。
けれど、「…………」
それをエサに、また攻撃されないとも限らない。そうそう迂闊に受けとれるもんか。
「やっぱり意識できてない。だから俺が攻撃するのか、しないのか、その判断がつかないんだよ」
そう言うと、センパイはティッシュの箱をオレに放った。
けれど、それを「あ、どうも」と受けとろう出したオレの両手は、パシパシッと、見事に新聞紙の棒でたたかれてしまった。
箱の方は、芝が疎らに生え残る、猫の額よりは広いけれど、庭と呼ぶには狭すぎる地面へと落ちた──。
ウチの庭は、狭いクセしてお体裁程度に植木やら花壇やらが、これまた伸び放題の荒れ放題になっているから、躱閃術の稽古にはうってつけ。
お蔭で、センパイの攻撃を躱しても、枝張りに突っ込んだり、レンガの段差に躓いたりと、やたら実践向きだ。
「わかってるのかよ? 物じゃない、楯の相手は俺なんだから、今、意識し続けるのは俺に決まってるだろが」
今更、あらためて周囲と自分のいる位置とを、確認なんかしていたもんだから、センパイの
「……それなら、してますって」
「
「全部? ですか……」
「集中しろとは言ったけどな、それは一点を見つめて視野を狭くしろって意味じゃない。視界に入るあらゆる情報を、総合的に認識する力が大事なんだ」
「…………」
「躱しきれないってのはな、認識するべき情報に洩れがあるってことだ。ま、とり敢えず鼻水がタレそうだから、しっかり擤んどけ」
「はぁ……」
ここでもオレは中途半端ですかぁ──オレは、センパイから目線を離さないようにして箱を拾い、ティッシュを使う。
「楯は存外優等生タイプだったから、一旦全てを言っとかないと、その時、その時に、言ったことしかやっちゃいけないと思っちまうようだからな」
「…………」
チェッ。オレの歳には在栖川でも一番の優等生だったセンパイから、まさか優等生呼ばわりされるとは。
それこそ、思いのほかの極致じゃん。
「いいか? 根本的に誤解してるようだが、躱閃術は受身のワザでは全くない。相手が動いてから動くんじゃなく、相手のかまえや体勢の間合から、その攻撃圏界外へと先んじて逃げる、それを肝に銘じとけ」
「はい……」
「その一環として、上下左右、反ったり跳ねたり回ったりと、身を躱す大きな動作が入るだけだ。楯はお行儀よく、俺が動くのを待ってるから、攻撃がヒットしちまうんだ」
「……はい。すんません」
センパイは、また新聞紙の棒で自分の頭をパシパシたたき始めた。意識意識……。
「人間の動作は振り子運動だと、頭に叩き込んでやってるはずだ。強い攻撃が来る時は、必ずそれに見合うだけ、腕や足のバックスィングがある。だから逆にその間を使って、ジャブやローキックを躱し続けて崩れかけた、自分の体勢を整えるんだよ」
「あ、はい……」
「楯は、大きく振り被る攻撃ほど過敏になって反応するから、牽制攻撃を躱す内に、崩した体勢を立てなおすどころか、トドメになり得る攻撃を躱しきったあとで、完全に崩れちまうんだよ」
「……はい。……」
「まぁ。フツウなら、トドメを躱された相手の体勢も大きく崩れるが、それを知ってる俺は、楯へも、そんな攻撃はしていないんだけどな」
「……トドメの一発は、振り幅が最大な振り子運動ってことですか?」
「そんなトコ、だから過敏になるなら、振り幅の小さい牽制攻撃の方だ。まぁ、躱すんだからカウンターを喰らう怖さもないし、それこそが躱閃術の極意でもある。楯が気にする刃物の使い手の場合も、決して大振りはせずに、小刻みに急所を衝いてくるもんだしな」
「極意っすか?」
オレの返答が可笑しかったらしく、一体どこがかまでは意識なんてできないけれど、また、ニッカと笑うセンパイだった……。