264 ______________ ‐2nd part‐

文字数 1,364文字

「安心おしー。突っ立ってるだけなら、大した事にはならなーい」

「…………」
 って。大した事ではないにせよ、間違いなく何事かに見舞われるってことなのではっ? 

「それにー楯クンは既に、ボクが知る限り、二回ほどセイレーンの歌を聴いてるよー」

「えぇっ、いつといつに?」

「楯クンは、歯につめ物の治療をしていないのに、声が聞こえたでしょー。それと、ボクがキャンドルを届けにこの下を歩いてて、楯クンがー、ボクの目があったのも憚らず、熱烈にミラノ嬢を抱き締めてた時ー。ボクが聴いたんだから、楯クンたちも必ず聴いてたはずー」

「見てたんですか葉植さん……」

「そのまま、西麻布のマンションまで尾行もねー。気づかれてたに違いないけど、野暮になるから、ミラノ嬢たちの前では黙ってたー。でもあそこはギュ~じゃなく、ブチュ~だよー。ダメだね楯クーン」

「そんなこと、今だって野暮ですよ……」

「だねー。ギャハハ~」

 ったく、何なんだろガチにこの人?

 ……けれど、そう言われれば今朝、いや、もう日付は変わっているから昨日の朝か。
 あれはちょうど、この下のY字路でのことだった。ミラノが、

とか、愚痴るみたいに言っていた……。

 でも、オレには、歌なんか全然聴こえなかったし。その代わり、ミラノでしかあり得ないはずなのに、なぜだかミラノ以外の誰かから、ぎゅっと抱き締められたんだ。

「もしかして葉植さん、セイレーンの歌って歌じゃないわけ? 所謂フツウの耳で聴くような声や音楽じゃなく」

「そー、一体の歌声は完全にねー。ちゃんと人間の可聴音域で唄うのもいるよ。その辺は、体験してみればスグわかるー」

 葉植さんは、セイレーンたちの佇むテラスへ、ピョンと幼児が砂場の縁を越えるみたいな、鈍ついた両足跳びで上がって行った。

 オレもとり敢えず警戒心から、まず片足をテラス内に入れ、まだ何も始まっていないことをチェックしてから、全身で踏み込む。

「そろそろかなー? 楯クンはそこにー、あっちを向いて立っててごらん。歌がお気に召さなかったら、退いちゃってかまわないからー」

 葉植さんは、セイレーン四体が囲う歪で白い四角形の中心地点に当たるのか? そこに続けて、テラスが斜面から迫り出している側、空中が広がるテラスの縁の方を指し示した。

 おそらく、そのポジションと、その方向が、最もセイレーンの歌声とやらを堪能できるんだろう。
 オレは、葉植さんが離れて行ってしまうのに怖じ臆しつつ、指示された地点に立った。

 その葉植さんは、オレからだと右手やや後方、台座の上に横座りしているように見えるセイレーン像の脇で、足を止めた。
 そこで大きく伸びをしだしたことには、何の意図もないとは思うものの、真っ直ぐ向くと、葉植さんの姿がギリチョンで、視界からはずれてしまうので、どうにも落ち着かない。

「ねー楯クン、時間がくるまで聞いてもいー?」

「……何を、ですか?」

「楯クンはー、何でボクらがこんなトコで会ってるってわかったのー? ハガキには、時候の挨拶しか書かなかったのにー」

「あぁ……」

「そんな、臆病な楯クンが来るとしてもー、ほかを探し廻った一番あとで、最初から近寄るなんてことは考え難いー。ここの好くない噂も忘れちゃったー? それとも楯クンもー『ジィオン』のこと知ってたー?」
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登場人物紹介

登場人物につきましてはイントロ的に一覧で掲載しておりますぅ


当作は主人公:楯の一人称書きをしておりますので、本編内で紹介されるプロフィール情報のムラは、楯との関係性によるところが大きくなりまっす


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