185 ブルー・ヒップ・ガールズの挽歌 ‐1st part‐

文字数 1,372文字

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 草豪の話が済んだあと、オレは図書館のヴェスティビュールから早早に退却した。

 泣きだしてしまった上婾さんと、それを宥める筌松に、悪いがオレにはしてやれることなんかない。
 それどころか、なんかオレまで、もらい泣きしそうになったから。

 事実と言いつつ、そのほとんどが、草豪の創作であるとわかっているのにだ。

 緑内の時もそうだった……やっぱりオレは、死んだ者をストレートに悲しむことができないらしい。
 誰かのストレートな反応に接して、そこで漸く、死という意味を認識しようと、感情が揺さぶられる。
 しかし、それも素直に悲しくて涙腺が緩むんじゃなく、感極まって弛緩するカンジなんだよな……。
 死者に対して、誰かが悼んでいること自体に感動しているだけ。
 まるでオレの代わりに、いや、オレのために、そうしてくれているかのように。

 それって、単なる思い違いも甚だしい、錯覚にすぎないんだし。

「待ちなさいよ水埜っ」

 ふり返れば──やっぱり草豪。足も不随意に止まっちまう。

「…………」何も言えねぇ~、言葉が何も出てこねぇ──。

 最後の最後で、場つなぎの任を放棄したことを、咎めに来やがったに違いない。
 普段から吊り上がってる草豪の両の目が、その角度をさらに増しているように見えるし。

 逃げるべきだけれど、この草豪、点とり虫のクセに一〇〇メートル走でも、確か一一秒代前半の記録を持ってて、オレより二秒近くも速い。
 この距離では、今なら自信がある持久走へともち込む前に捕まっちまう。

 そんなことを考えている間にも、草豪がズンズン接近して来るぅ。あんな話のあとで、どやされるなんて、ガチに嫌なんだけどなぁ……。

「何よその顔は? チョット、お礼を言いに来ただけでしょうが」
 
「へっ?」

「理知華が、理工の二人をケアしてるから私が来たのよ。りんはしぶとく、ダンマリ坊のケロリカンで、自分の殻に引き籠り続けてるし」

「……別に、お礼を言われるようなことなんか、してないけれど」

「とにかく、理工学部の同期生とつながりができて助かったわ。それも女子とだなんて、一手間まで省けてホント僥倖(ぎょうこう)よっ」

「そりゃ、よかったな。オレには、根上の汚名を(すす)いでやることなんかできやしないから。あれで助けになったんなら、こっちとしても僥倖だよ。緑内にも、何もしてやれていないし」

「水埜って、やっぱり、人の善さからくるバカなのよね。いい? 根上の汚名を雪ぎきることなんかできないのよ。今さっき私が話したことだって、世間でワラワラ語られている俗談と何ら変わらない。事実としてわかっていることを、勝庫織莉奈本位から、根上本位へと組み替えたにすぎないんだから」

「…………」

「根上の事件も、そんな歴史小説のプロットと一緒で、より人の興味を惹いて、受け容れ易いストーリーが、真相だとして広がっているだけなんだし」

「…………」

「勝庫織莉奈の方は、根上が悪者になることで、一先ず無事内に葬儀を終えたわ。今度は根上のため、彼女にせめて、このキャンパス内だけでも悪者になってもらおう、そのくらいなら罰は当たらないんじゃないか、ってレヴェルのお話なのよ。だから、水埜にまで鵜呑みにされたら困るのよねっ」

 こいつ、こういう奴だとは重重承知していたのに、本人から面と向かって明言されると、やっぱり割りれなくなるんだよなぁ……。
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登場人物紹介

登場人物につきましてはイントロ的に一覧で掲載しておりますぅ


当作は主人公:楯の一人称書きをしておりますので、本編内で紹介されるプロフィール情報のムラは、楯との関係性によるところが大きくなりまっす


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