291 _____________ ‐2nd part‐

文字数 1,440文字

 オレは、注意されたにもかかわらず、コンロのスイッチを点けたまま、家を飛び出してしまっていたようだ。
 鍋が多少煮つまった程度で、吹き溢れたりもせず自動的にシャットオフされたのだけれど、おハルはLDに立ち籠めていたいいニオイとの格闘の末、敢えなく屈服し、鴨南蛮を平らげてしまった。
 要はオレの不注意よりも、≪太ったらどうしてくれる! 一切の非は、連絡一つよこさなかったアンタにあるっ≫、という完全な八つ当たりだから堪らない。

 まあ、オレは人事不省と深寝しているミラノをオンブしていたし、二階や隣近所も寝静まる深更(しんこう)なので、おハルのどやしつけも一発で済みはしたけれど。

 でも、何でこうオレばっかり? トリノさんを見れば、あがりにしゃがみ込んだまま、スニーカーさえも脱ぎかけで寝オチしてるし……。

 やれやれ。オレも早いトコ安らぎたいよ。
 これから二人を二階のベッドまで運んだら、まだブツクサと恨み言を呟いているおハルに、何とか二人の着替えをお願いして、事の経緯も、頭をしっかり使って捏ちあげなくてはならないし。
 そうだっ、盗聴器も始末しないと……今夜はまだまだ長そうだ。

 嗚呼。なんかもうどうでもいいけれど、腹減ったなぁ──。

 ▼

 全ての野暮用を片づけ終えて、熱い風呂で寛いでから、心置きなく眠りに就いたまではよかった。

 ──息苦しさから目を覚ましてみると、体調はなんだか思いっきり最悪。
 枕元に置いた腕時計の針は、正午を回った時刻を指していたけれど、起き上がる気力すら出なかった。

 オレのそんな無様な状態を、ミラノには既に察しがついていたらしく、ハイポトニックドリンクのボトルとおしぼり、それと茶盆を小脇に抱えてオレが横になっている和室へと現れた。

 ……物を載せて運べないのなら、茶盆は不必要だろうと思ったけれど、おしぼりは湿っているわけだし、ボトルもよく冷えているみたいなので、それらをじかに畳の上へ置かないためには、間違いなく不可欠だった。

 オレの枕元のスグ傍に鳶足とびあしで座ったミラノへ、とりあえず謝っておこうとしたけれど……喉が渇ききっていて声が出せない。
 それ以前に、顎が怠すぎて、口が思うように開かなかった。

「大丈夫大丈夫、ワタシは全然怒ってなんかいないんだよ。映画館には、楯がまた元気になったら行けばいいんだから、元気になるまでグッスリこんするんだよ」

 まぁ確かに、上映が今日までという映画を、約束したわけではなかったし。
 映画館も、オレのこの、どうもカゼとも神経性胃炎とも違う、未経験の症状から回復するまで、そう簡単になくなりはしないだろうし……。

 しかしこれ、オレは一体どうしちまったんだ?

「楯に自覚がなかっただけで、やっぱり夜中に一遍にいろんな目に遭っちゃったから。疲れ果てて、心の奥に押し込められてた気持悪さを、ガマンできなくなっちゃったんだよ。知恵熱みたいなカンジだから、チョットの間あれこれ考えないで、ゆったりこんで治るはずはずぅ」

「…………」

 知恵熱って……いやはや、オレは一眠りで、一気に幼児へ退行かよぉ──。
 いよいよもって全身が萎えた。

「きっと堪忍袋がパンクして、菩薩のバチが当ったんだよ」

「……?」

「堪忍はぁ、堪えて忍ぶって言う娑婆(しゃば)の意味、この世界を表す言葉なんだよ。堪忍袋が大丈夫な人を救うのが菩薩だから、緒が切れたり、パンクさせたら、バチーンと怒られちゃうってこと~」

 ミラノは、オレのしだらないであろう顔面を、おしぼりで丁寧に拭きながら言う。
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登場人物紹介

登場人物につきましてはイントロ的に一覧で掲載しておりますぅ


当作は主人公:楯の一人称書きをしておりますので、本編内で紹介されるプロフィール情報のムラは、楯との関係性によるところが大きくなりまっす


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