127 君は君だけしか……枯れないで一輪の花 ‐1st part‐

文字数 1,307文字

 そしてジェレさんは、ミラノの本社から、唯一単身にて派遣されているプロパースタッフなんだそうで、ここ渋谷と、銀座のショップを、セイレネスの理念に即した運営をするための役割を果たしていた。
 この、特別な三点セットとともに届いた、日本人向けの温度調節もできるエスプレッソマシンは、その労いをかねた本社からの贈り物ということみたいだ。

 さらにジェレさん、銀座よりも客層が若くなるこの渋谷店の方が、より本拠地ミラノを意識したフロア展開をしているのだと語ってくれる。
 銀座店では、飲食物をフロアで出すなんてことを絶対にしないとのことだった。

「着替えには暫くかかりそうですから、コートをお脱ぎになった方がよろしいですよ。テーブルの上に置いて下さってかまいませんので」

「へ? あぁ……」

「そちらのコート、皺になり難い織りにはなっていますけれど、椅子の座面がフラットですので、アイロンをかけたようになると、やはり簡単にはとれない目立つ皺になりますから」

「ぁはい、そうします」

「コーヒーも、お替りお持ちしましょうか」

「あ、もういいです……」

 オレも、相手はプロだと承知していながら、こういった厚志をカンジるあつかいには舞い上がってしまう。
 今日のオレは客でもないし、デビッドカードの一枚ももたないガキで、オマケにオトナの外国人女性に親切にされているってわけだし……。

 またオレは、エスプレッソのお替りを断ってから、御馳走様をつけ足すように述べているおマヌケっぷり。
 コートを脱ぐのにもモタついて、しっかりジェレさんの手を煩わせちまった。

「そちらのスーツ、もう少し年齢の高い方がお召しになるとばかり思っていたんですよ。タイはともかく、シャツをもっと色の濃いカジュアルなカンジにした方が、若さが活かせましたのにね?」

「ぁはい、そうなんでしょうか?」

「トリノお嬢さんは、カッチリとしたスタイルがお好きみたいですが、ミラノお嬢さんは正反対のようですから。それでも充分お似合いですけれど、もしよろしければ、シャツだけでも代わりのモノを御用意させていただきますよ」

 ……正直に葬式帰りとは言いヅラい。って言うか、それはあらゆる意味でブッチャケてはマズすぎだっ。

「いえあの、結構ですよ。今日はチョット、朝から堅苦しい用事がありまして、これはそのためにトリノさんが揃えてくれたんです。ミラノさんには、その帰りに捕まっちゃって、このあとも暑苦しい用事が待ちかまえているんで、帰るだけですし……」

「まあ、それはゴメンなさい。差し出がましいことを言ってしまって」

「いえ全然っ……セイレネスのスーツを着るなんて、自分でもまだまだ早すぎだってわかってますから。今度また年相応の格好で、Tシャツでも買いに来させていただきますっ」

「はい、いつでもお待ちしています。それではカップをお下げしましょうね」

「どうもっ、ホントに美味しかったです」

 ……さすがプロ、なんだろうな。気マズさを広げない内に自然の流れで引きあげてくれる。

 セイレネスを販売する仕事も、いいんじゃないかとよぎりはしていたけれど、リアルを実感しちまうと、とてもオレなんかには勤まりそうもないよなぁ。
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登場人物紹介

登場人物につきましてはイントロ的に一覧で掲載しておりますぅ


当作は主人公:楯の一人称書きをしておりますので、本編内で紹介されるプロフィール情報のムラは、楯との関係性によるところが大きくなりまっす


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