125 __________________ ‐2nd part‐

文字数 1,407文字

 その彼は、オレたちにエスプレッソなんぞを淹れて来てくれた。それもカップとソーサー、スプーンまでもがオリジナル。いずれにもセイレーンモチーフが絢爛に入っている。
 こんなの初めて見ちまった。もしや、これが限定アイテム?

 ……これが銀製でなければ買えるんじゃないかと、少しスプーンを観察しすぎて、これらが限定アイテムなのかを、彼に尋ねるタイミングを逸してしまった。

 少し離れたカウンターに寄っていたその男性スタッフは、もう新たな接客へ向かっている。

 ……フロアを見渡しても、商品として並んではいなかった。
 これはやっぱり業務用の非売品か? そうなると、チーフさんとスタッフルームへ引っ込んだままのミラノさんが、また物凄~く気になりだす。

「どうしたのかなミラノさん? 裏で何やってるんだろ」

「そんなヤキモキするほど待たされてないじゃん。いつまでも眺めてないで飲めばコーヒー? 結構イケてるよこれ。砂糖をじかに舐めたいくらい苦いんだけど、後味すっきりだし、なんかニオイが美味しいの」

「わかってるって。それにエスプレッソはだな、初めは、泡と香りを眺めるように愉しんでから適度に冷めたところを一気に飲むのが、本場ミラネーゼのNYスタイルなんだ」

「ウソッ、先に言ってよモォ~」

「知らんけれど、ウチにある誰かのマシンでトリノさんが淹れてくれるエスプレッソを、ミラノさんがそうやって飲むんだよ。って言うか、最近トリノさんよりも朝遅いから知らなかったろ? 早起きも三日続けば文殊の知徳、ってな」

「何それ? アホクサッ」

 ふん、言う相手を間違えたな。
 ミラノさんなら喜んでくれたかもしれないのに……と悔やむ間もわずか、背後からスタッフルームのドアが開く音がした。
  顔を向けると、ミラノさんがまだガーメントバッグに収まった商品を抱えて現れる。
  そのあとに、ドアを開け押さえていたチーフさんも、箱を幾つか小脇にして出て来た。

「お待たせだよ~。ヴィー、チョットこれ見て見て。水埜楯はカップとかを向こうにやってやって」

「はい。えっと、もしかして、それが限定ってヤツ?」

「そうだよ。届いたばかピキピキのヤツだよ」

 ミラノさんはテーブルの上に抱えていた全部を、「ジャジャ~ン」と無造作に投げ置く。

 ジャジャ~ンって、今日日(きょうび)、店頭実演販売員だって言わないっての。
 そもそも一体誰から日本語を習ったんだろ? まさか、僊河青蓮だったりしちゃって、僊河青蓮自体がこんな話し方だとか……。

「ヘェ~、これ柄は好きぃ。でも色がイマイチ、何か焦れったいカンジでビミョーすぎぃ」

「そうだよ、でも、世界中のオトナたちは、その焦れたカンジが好きなんだよ。イマイチの発色に抑えるのだって、ビミョーに大変なんだよ」

 ヴィーが、ガーメントバッグのジップを開けて覗かせたジャケットの半身は、ウェストが思いっきり絞ってある如何にも女性的なラインをしていた。
 これでは、いくら限定アイテムでも、セイレネスがアンセクシャルでも、オレには着られない、完全に無関係。
 オレが両手にしているカップ三点セットの方が、余っぽど愉しめそうだよなぁ……。

「ヴィー、チョットこれ着てモデルやってやって」

「え~っ。アタシ、プライヴェートは好きなモノしか着たくないんだけどぉ」

「着れば好きになるなる。水埜楯だって大喜びなんだよ」

 ミラノさんはヴィーにではなく、紛れもなくオレを見て断言するけれど……。
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登場人物紹介

登場人物につきましてはイントロ的に一覧で掲載しておりますぅ


当作は主人公:楯の一人称書きをしておりますので、本編内で紹介されるプロフィール情報のムラは、楯との関係性によるところが大きくなりまっす


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