170 死後事務委任契約のハードルの高さ ‐1st part‐

文字数 1,475文字

 勝庫織莉奈も、学習塾やピアノの講習がない日の夕食後は、自室に籠もり、自由に過ごしてから就寝してしまうというのが、常日頃からの生活パターン。
 なので彼女の両親は、その事件が発生する晩に、娘が家からぬけ出していたことを全く気づかずにいた。

 まぁフツウ女のコ、と言うより女の

が、二階の窓から外へ出て、屋根から庭木とブロック塀を伝って下りていた、なんてことは想像もしない。

 その勝庫織莉奈に、柳刃包丁で胸部を滅多突きにされて、根上は絶命。あとから勝庫織莉奈も、自らの頸動脈を同じ柳刃包丁を使って切断し、自害したと見られている。

 凶器である包丁は、木の幹を背に(うずくま)る格好で亡くなっていた、勝庫織莉奈の手元から回収された。
 そこに付着した血痕を調べた結果からも、根上が刺されたあと、最終的に勝庫織莉奈が切られたという順序に間違いはなく、包丁からも二人だけの指紋しか検出されていない。

 二人の遺体を発見したのは、地元の少年野球チームの子供たち。
 彼らが使うグラウンドは、殺害現場である雑木林の東側に沿った位置にあり、早朝練習終わりのランニング中に、数人がショートカットのズルをしたことで、血塗れで果てる根上たちを見つけてしまった。

 上空からだと、恰も(つづみ)形に見える雑木林の外周は、およそ二キロ。
 その約半分の距離になる鼓形のくびれ部分に、雑木林を貫いて北側と南側をつなぐ、クルマ同士がすれ違うには、一方が脇に退かなければならない幅の道路が通っていて、前を行く仲間たちに気づかれないように、数名がそこへ曲がったというわけだ。

 勿論たちまち大騒ぎ、マジメに走っていたチームメイトをも、その雑木林の一本道へ呼び集めることになる。

 グラウンドで、閑談や帰り支度をしていた、コーチを始めとするオトナたちに知らされるのも、暫く経ってからだった。
 よって、その細いながらも舗装された道端の周辺は、オトナたちが現場の保存に気づいた時には、もう、子供たちが踏み荒らしてしまっていて、事件発生時、根上と勝庫織莉奈以外に、誰かが居合わせたかまでの判断はできていない。

 ケーサツは、死んだ二人のほかに、第三者の関与もあり得るとの見解を示しはした。
 けれど、抵抗した様子のない根上に対し、根上を刺殺したとされる勝庫織莉奈の手首と足首には、明らかに粘着力の強いダクトテープで緊縛された痕跡があった。

 二人の着衣に大きな乱れはなかったものの、勝庫織莉奈の下腹部には、スカートを真っ赤に染めるほど、下着の上からイタズラと言うよりは、責め苦を与えたような幾つもの浅い傷が認められた。
 その創口・創角・創底から、二人を死に至らしめた、柳刃包丁によってつけられた傷であることが確定されている。

 それから何より驚かされたのは、倒れていた根上の近くに、一眼レフのデジカメまでがあったこと。
 さらに勝庫織莉奈の左腕にも、ダクトテープの残片とともに、星キチ垂涎(すいぜん)の高級ウォッチがされていたばかりか、彼女が着ていたダッフルコートのポケットに、中身が入れ替えられたハイブランドの財布までもが入っていた。

 デジカメと腕時計は、その製造番号が保管していた保証書にある番号と一致。財布についても、緑内が奪われた物であることに間違いことが、家族によって確認された。
 当然、カメラにセットされていたメモリーカードもPC上で開かれた。そこには、勝庫織莉奈を縛りつけたところを撮影した画像が、数カットあったとの事だ……。

 それで、もう世間一般的に、根上はド変態の黒幕あつかいで、勝庫織莉奈も、緑内殺害の実行犯にされてしまっている。
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登場人物紹介

登場人物につきましてはイントロ的に一覧で掲載しておりますぅ


当作は主人公:楯の一人称書きをしておりますので、本編内で紹介されるプロフィール情報のムラは、楯との関係性によるところが大きくなりまっす


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