117 ________________ ‐3rd part‐

文字数 1,762文字

 にもかかわらず、ほかのボールペンを使って伝票に記入し終えると、ま~た髪へと刺しの繰り返し。
 そんな調子で一日経って、髪を()いた時には、一体何本のボールペンが出てくることになるのやら?
 そもそも、何でそんな癖がついちゃった上になおせないのか? 日本の最先端発信エリアだってのに、オーダーエントリーシステムなんか絶対に導入しないような気配からも、もう、チョット想像するだけでも怪しすぎて、笑いの込み上げが堪らない……。

 そのあとは腹ごなしもかねて、ヴィー御用達ブランドを扱うデパートやショップをハシゴすることに。
 ランチにしてはベラボウな食事代はヴィーが払ってくれたので、唯唯諾諾と二人のあとを、ぬいぐるみを担いで黙って従う。
 ヴィーが手にとり試着するモノを、当然だろうが、ミラノさんにニベもしゃしゃりもなくケチをつけられて、どこへ行っても大騒ぎ。
 ミラノさんが貶せば貶すだけ、ヴィーは意地になって、手当たり次第に買いまくるから営業妨害にはならないだろうが、持たされるオレは尚も堪ったもんじゃない──。

 いい加減荷物が抱えきれなくなってしまい、デパートの発送‐宅配サーヴィスの受付カウンターで小休止。
 見ていたところ、全てカード払いとは言え、その時点でヴィーのクソアホは五〇万以上もの散財をしていやがった。
 食後のたった一時間余りの内に、しかもガラクタばかり買い漁って……。

 備え付けのハイスツールに腰かけて、ミラノさんと、足の爪先が床に届くの届かないと他愛なく競い合っていやがるヴィー。
 それを横目に、伝票へウチの住所を記入していたオレには、フツと殺意とも言えそうな感情が湧き上がっていた。自分でも理解できないほどの強烈さで──。

 一〇〇万ぐらいで殺された緑内も浮かばれないが、殺した奴の気持もわかる気がしてる。
 ……延いては、イスラム系過激派が、豊かな国でテロを起こしちまう理由も。

 勝ち組とか負け組と、はしゃいでいる時代はもう終わり。はしゃいで見えるアホはムカつかれ、自滅覚悟で血祭りにあげられる時代に突入したんだ。
 出すぎた驕慢(きょうまん)な杭は、ビンボー人から決死で打たれ、そこは一撃にして平坦になる。

 オレが生きているのは、そういった意味で曲率ゼロにバランスが保たれる、実に都合の好い宇宙だったんだ。
 喩えは違うけれど、以前、緑内が確かそんなカンジの話をしていたし。
 そして、たった今オレは、ヴィーという

! と宇宙の摂理に(いざな)われた。
 オレの中の凹みを、そうして埋めることで平らにしろという黙示──。

「お客様? どうかなされましたか」

「はい?」──伝票に穴が開いていた。
 どうやら、筆圧を異常にかけすぎて、ペン先が下まで貫いていたらしい。

「あの、代わりの物を御用意しましょうか?」

「……すいません、書きなおしますんでもう一枚ください」

 ──伝票の控えを受けとりカウンターを離れたあとも、ヴィーはまだショッピングを続けると言うので、「いい加減にしないと殺すぞっ」とガチに言い放ち、ミラノさんの手をとってエスカレーターへ向かう。

「チョットォ、何だってのよいきなりぃ」

「ヴィー、水埜楯はガチガチだよ。ムダムダかもしれないけど、命乞いをしといた方が、身のためなんだよ」

 オレに引っ張られながらミラノさんが発したその一言に、と胸を衝かれる!

 なぜなら……今オレは、ヴィーが尊大に顎を上げて近寄って来るところ、その横柄なドタマを、オレもバールのような凶器の一振りでブッ潰すイメージを、意識一杯に思い描いていたからだ。
 そう。あの暗い、シャッターの閉じた袋小路で──。

「……ミラノさん?」

 オレが立ち止まりふり返るのと同時に、ミラノさんは、オレの手を握る力を強めるだけでなく、オレのその腕にしがみついた。
 やはり、まるで、オレが手を放そうとしたのを感知していたかのような速ワザだ。

「私、犯人も誰か、なんとなくわかってるんだよ。でも、ここで私の手を振りほどいたりなんかしたら、絶対教えてあげないんだもん」

「ま? そんな……」

「ウソウソだよ。そんなわけ、あるはずないないじゃん。頭ヘンだと思われちゃうんだよ、水埜楯っ」

「…………」

 どこか屈託のある微苦笑から、いつもの無邪気な笑顔へと一変させるミラノさんだった。
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登場人物紹介

登場人物につきましてはイントロ的に一覧で掲載しておりますぅ


当作は主人公:楯の一人称書きをしておりますので、本編内で紹介されるプロフィール情報のムラは、楯との関係性によるところが大きくなりまっす


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