逝っとけグリニッチ天文台! ‐1st part‐

文字数 1,417文字

      
 彼女が、水埜の御近所さんである可能性は充分考えられるわけで、怖めず臆せず呼び止めて水埜の家を尋ねればいい、それをストーカー行為とは彼女も認識しないはず。

 水埜の家の所在地を、一応なんとなく把握しているだけの緑内は、今行く通りが分かれる辺りで、スグ傍になる公園の東門を起点にして道案内アプリにでも頼ろうと考えていた。
 なので、むしろ彼女に声をかけ道を聞くことは、至って自然な展開と言えよう。

 それでもし、彼女の対応から好感触が得られでもしたら、ついでにパーティーにも誘ってしまうという手もある。
 そうなれば、もはやストーカー行為ではなく、対極に位置するナンパ行為だ。
 しかも、駄法螺か出任せかは知らないが、かの僊河青蓮の娘が出席するパーティーとのことだから、ナンパの口実にしても、(けだ)し上品な誘い文句になるのではあるまいか?

 といった具合に、目下の緑内には、疚しさなど一片もなくなっていた。

 緑内の意識は(はや)完全に、前を行く彼女を如何にしてパーティーへ連れて行くか、妄想を交えたシミュレーションに転じている。
 一緒に来てさえもらえれば、草豪なんぞ、彼女の美しさが寄せつけないだろうからと。

 緑内は、早速彼女を追いあげにかかろうとした。
 が、その前に、やはり人目が気になって後方をチラと見やると、勘よくも、こちらへ曲がって来る人の姿が視野の一端に引っかかる。
 
 大きな花束を抱えているらしく、それはさながら巨大なブロッコリーといったシルエット。
 ルーズなワークパンツを穿いているようだから、若い男である可能性と、やはり水埜の家に招かれた客である可能性までが高い。

 もう、彼女を呼び止めるしかなった。
 彼女がパーティーの誘いに迷惑を露にしても、やって来る男にも声をかけることで、場を取り繕えてしまいそうだし、男の花束が出任せの誘い文句ではないことを裏づけてもくれる。

 緑内がそう独り胸を高鳴らせていたところ、不意に前方のキラ星が立ち止まった。 

 何かに驚いたカンジで、その場で、頭上を飛び廻るハチでも追うかのようにキョロキョロ忙しなく、首を左右へふり始めるではないか──。

 全くの意表を衝かれたものの、緑内は彼女が背後をふり向いた時には駆けだしていた。これまで細心の注意をはらっていただけに、エンジニアブーツの踵がヤケにアスファルトに響く。

──「おいどした、大丈夫かよ? 今、一体何があったんだ? あ~Shall I speak in English ? Are you safe ?」

 一応、駆けつけて来た格好になる緑内を、彼女は睨視(げいし)

 その表情には、明らかに険しさがあったが、緑内が思い描いていた境域を超えんばかりの美美しい容顔。
 やはり外国人だが、目鼻立ちや口元の印象、肌の白さと質感から込み入った血筋を推認させる。
 その目映(まばゆ)さ、緑内には、金星の等級を遥かに超える満月クラスの美女子であったが、世に聞く女子じみた甘ったるさや、柔弱さを見て取ることはできない。
 緑内はウェヌスやアルテミスと言うよりも、人の中で最も美しいとされる水瓶座の少年、ガニュメデスを連想した。

「私には日本語でかまわない。今の、貴様もカンジたのか?」

「貴様って……いや、だから、俺は何だかさっぱりだって」

「やはりそうか。私はこの奥が怪しいと思うが、貴様はどうだ?」

 緑内は、彼女の怪態な物言いに憮然としながらも、そう彼女が視線を向ける先へと眼をやった。
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登場人物紹介

登場人物につきましてはイントロ的に一覧で掲載しておりますぅ


当作は主人公:楯の一人称書きをしておりますので、本編内で紹介されるプロフィール情報のムラは、楯との関係性によるところが大きくなりまっす


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