ぷるるんジェリーフィッシュジュレ【魔】

文字数 2,373文字

 とある魔術学園。その学園ではありとあらゆる魔術を学ぶことができることができる。それは火炎術や氷結術、はたまた召喚術までと幅広かった。その学園に入学する生徒は誰もが何かの才能に秀でており、担任教師だけではなくその成績が優秀な生徒は学園長の耳にまで届いているという。
 そんな学園に通う一人の生徒。名はナタリオ。さらさらな金色の髪にマリンブルーの瞳、学園から支給された制服の上には両親から入学祝で貰った透けるマント、手にはサンゴをモチーフにしたロッドを持ち今日も召喚術の研究を熱心に行っていた。ナタリオは入学してからこれまで、召喚術の部門においては首位を譲ったことがない。常に召喚術の成績はトップで、生徒だけでなく教師からも一目置かれている存在だった。

 しかし、そんなナタリオは入学して以来のピンチに遭遇してしまった。これまで召喚は息をするように気軽にしていたのだが、ここ最近はその召喚が上手くいかない日が続いていた。所謂スランプに陥っていた。
「おかしいな……魔法陣も詠唱も間違えていないはずなのに……もう一回……ふぅ……」
 魔術書に書いてある魔法陣を何度も見比べ、詠唱も見比べ今度こそ間違いがないことを確認したナタリオは心を落ち着かせ詠唱に集中した。杖には青白い光が灯り、ナタリオの足元からおびただしい魔力を帯びた風が透明なマントをばたばたとなびかせた。詠唱の最後を結ぶと、魔法陣から真っ白い光が溢れ目の前が白い闇に覆われたナタリオは思わず手で目を覆った。間違っていなければこれで召喚がされているはずなのだが……どきどきとしながらゆっくり手をどかすと、そこには小さな半透明の浮遊生物が漂っていた。
「な……なんだこれは……これはぼくが召喚したいと思っていたものとは全然かけ離れているんだけど……あれえ……どこが間違っているんだろう……」
 半透明の浮遊生物は見慣れない場所に辺りを見回していると、そこには頭を抱えている人物がいた。浮遊生物は何かはっとした様子でその人物に近付き自分ができる精一杯のアピールをした。
「な……なんだ? 君は一体……?」
 言葉が通じるとは思っていないけど、言葉を発さずにはいられなかったナタリオは浮遊生物の特徴が魔術書にないか調べ始めた。ぱらぱらと魔術書をめくっていると、とあるページに目が留まったナタリオは目を開いた。
「クラーケン……そうだ。ぼくはクラーケンを召喚したかったんだけど……これは……クラーケンの子供???……みたいだな」
 半透明の体に小さな小さな足、よーーく見れば確かにクラーケンかもしれないが……まさか召喚したのはタコの子供だったということにナタリオはがっくりと肩を落とした。
「詠唱は今度こそ間違いはなかった……となると、もしかして魔法陣が間違っていたのか……?」
 今度こそ間違いがないと確信していたからこそ、その落差にがっくりと項垂れるナタリオ。そしてその様子を見ているタコの子供。その子供は見知らぬ場所が怖いというよりは、目に映るもの全てが新鮮なようで本棚を見てははしゃぎ、机を見てははしゃぎと常に喜びを感じているように見えた。
「君……」
 なんだか呼ばれたような気がしたタコの子供はナタリオにそっと近付き、頬に精一杯の感謝を伝えた。
「君は……」
 一瞬、ナタリオが触れたこのタコの子供の回想を見た。誰にも相手にされずただただ暗くて深い海の中を漂っていたこの子は、自分から誰かにアピールをしても見向きもされずを繰り返し、光さえも届かないまでの深さの海の中へ沈んでいたとき、まるで何かに渦潮に巻き込まれたかのような強く引っ張られる感覚に襲われた。そして、目が覚めるとここについていた。ナタリオを見たタコの子供は、自分とは違う誰かがいることに驚いたけど、今はなんだか嬉しくて楽しくて仕方がなかった。やっと、やっと自分を見てくれる誰かに出会えた喜びを表しているその姿に、ナタリオの瞳からはうっすらと涙の筋が浮かんでいた。それは、かつてここに入学する前に両親から受けたプレッシャーと似ている感じがしたナタリオは、自分が召喚したこのタコの子供と思いを重ねていたのかもしれない。
(ぱぱ、まま! おねがい! ここからだして!)
(わしが与えた召喚の書が理解できなんて……あぁ、残念だよ)
(ナタリオ。あなたはパパのような立派な魔術師にならないといけないの)
(どうして……ぱぱ、まま! ぼくはふつうにくらしたいだけなのに……たすけて!)
(親のいうことが聞けないのか。そこから出たいのなら、必死に毎日勉強してわしらに成果を見せてからにしなさい。話はそれからだ)
(ごはんはしっかり用意しておきますから、勉強を疎かにしてはなりませんよ)
(ぱぱ……まま……そんな……)

「ぼくの呼びかけに答えてくれたんだね……ごめんね……そして、ありがとう」
 タコの子供は耳らしき部分をぱたぱたと動かし喜びを表していると、ナタリオは自分の引き出しからスカイブルーの巻貝を模した髪飾りを取り出し、タコの子供の耳にそっと置いた。その髪飾りはナタリオがしているものとお揃いのものだった。
「君は今日から……メーアだ。よろしくね。メーア」
 メーアと名付けられたタコの子供は、それが自分の名前だと理解するとさらにナタリオに甘え始めた。
「あははは。どうしたんだいメーア。そうだ、外を散歩してみないかい? 君もきっと気に入ると思うよ」
 メーアは空中をぴょんぴょんと跳ねると、ナタリオの頭にちょこんと乗った。ナタリオは召喚の息抜きと軽い気持ちでメーアと外に出たら、思いのほかメーアが外の世界を気に入りずっとぴょんぴょんと跳ねていた。それをいさめながらあちこち紹介しているときのナタリオの顔は、いつも真剣な表情のものではなくまるで幼馴染と遊んでいるかのような少年の顔だった。
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