オレンジとストロベリーのルーラークッキー【竜】

文字数 6,305文字

「騎馬戦……だと」
 つまらなそうに頬杖をつきながら話を聞いていた呂蒙は、騎馬戦という言葉を聞いてはっと顔を上げた。燃えるような赤く短い髪にその間から除く短く鋭い角、つんと吊り上がった目からは本人がそうでなくても闘気に見ている。無駄な肉を全て削ぎ落したかのような引き締まった体は日々鍛錬を行っているまるで軍人のような装いだった。
 一見体育会系とも思われがちだが、こう見えて勉学も非常に優秀で特に数学や理科などは常に上位に入っているというなんとも切れ者である。勉学も出来、運動も出来てさらにはその鋭い目で見られたらどきっとしてしまう異性は非常に多く、バレンタインのときの呂蒙の下駄箱は手紙で埋め尽くされていたときが多いんだとか。だが、呂蒙は恋愛よりも学問や体を動かすことに重きを置いているため、そういった女性からの誘いは差し障りのないよう断っていた。それ際の呂蒙の言葉は相手を傷つける要素は一切含まれていない、むしろ相手が幸せになるような言葉を真っすぐに言っているのだと、一度呂蒙にアタックをしたとある生徒が言っていた。
 そんな呂蒙は普段、先生の話は半分しか聞いていないのだがさっき先生が口にした「騎馬戦」という言葉に体がびくりと反応した。次いで、「体育祭」という言葉に更に反応し頬杖を外し黒板に書かれている演目に釘付けだった。且つて戦場で自分が考えた戦術を展開し、勝利に導いていたときがあったのを思い出した呂蒙は、元々目に宿っている闘気が更に燃え上がり、呂蒙は食い入るように話を聞いていた。話を聞き終えた呂蒙は、先生に許可を取り教壇前に立ち一言。
「お前ら。今度の体育祭での騎馬戦、勝ちたくないか」
 シンプルに問いかけると、一瞬クラスの中はざわざわとしたがしばらくして「勝ちたい」という声が返ってきた。その返事を聞いた呂布は無言で頷き、何やら黒板に書き始めた。その字は担任の先生よりも美しく、とても読みやすかった。
「ならば、作戦はこのオレが担う。必ず勝利へと導くことを約束する」
 堂々とそう宣言すると、クラスの中は一瞬で喜びに満ちていた。だが、そんな勝利の声をかき消すかのように一人の少女が手を挙げて発言。
「具体的にはどうするの? 相手は結構手強いって噂だけど」
 呂蒙と同じく燃えるような髪色をした少女─孫尚香だった。彼女は遠くからの射撃を得意とし、後衛からの攻撃で味方を勝利に導いてきた弓の名手だ。そんな彼女からの質問に、呂蒙はさも当然かと言わんばかりに胸を張りながら作戦をつらつらと書いていった。
「号令はシンプルに三つ。『進』『守』『激』。その時の状況に応じて使い分けていく。例え強い相手だろうが関係ない」
 『進』と言われれば、その字の如く敵陣に向かって進むことを意味する。『守』は複数人が固まり進行を妨げて守るというもの。最後の『激』は防御を無視し、敵陣に突っ込み鉢巻きを奪えるだけ奪うというもの。さらに騎馬隊には役割を持たせ、両サイドから攻めるという陣形を取り敵陣の動きを惑わすという手法を取り入れる。そして、呂蒙自身も騎馬戦でいう馬の部分に参加し、指揮を執るという器用な真似を買って出た。そこまで言われてしまった孫尚香は、もう何を言っても無駄かもと判断したのか両手でお手上げのポーズをとり窓の外へと視線を移した。
「尚香ももちろん、その場の判断で近くにいるみんなに指揮を執ってもらうからそのつもりで」
 やれやれと言わんばかりに肩をすくませ返事をする孫尚香をそのままに、もう一人。決めないといけないことがある。それは大将を誰にするか。この騎馬戦、鉢巻きを取られたら終わりという基本ルールはもちろんなのだが、大将から鉢巻きを奪った場合は例え他に騎馬隊が残っていても、その場で即敗退が決まってしまうというものだった。そして、大将から奪った鉢巻きは得点が高いというのもあり、誰を大将にするかということから戦術は始まっている。
「そこは呂蒙一択でしょ」
「呂蒙以外いねぇだろ」
「ほかにだれかいるの?」
 クラスのみんなは呂蒙に大将をしてほしいという中、呂蒙はとある生徒の席に向かってゆっくりと歩き出した。こつこつと靴音をたてていき、ぴたりと止まった先にいた生徒。その生徒の目線になるよう屈み、柔らかな笑みを浮かべながら言った。
「君に大将をお願いしたいんだ」
 その生徒とは、周りの生徒から少し距離を置かれている少女─トネルムだった。トネルムは生まれつき帯電しやすい体質だった。そのせいでトネルムの周りには常に稲光のようなものがあり、生徒だけではなく一部の先生からも少し距離を取られている。そんな状況を知ってか知らずか呂蒙は真っすぐトネルムの前に歩み寄り、大将になってほしいとお願いをした。突然そんなことを言われたトネルムは、まさか自分が大将になるだなんて夢にも思っていないわけで、驚きのあまり危うく椅子から転げ落ちるところだった。
「え、え? わ、わたしですか?? なんで……」
 人と関わることを拒んでいるトネルムは、呂蒙からのお願いを未だに理解しておらず混乱していた。ほかにもたくさん強そうな人はたくさんいるのに、なんでわたしなんかがと言いたげなその瞳に屈することなく呂蒙は続けた。
「これは君にしかできないことなんだ。オレを信じてくれないか?」
 真っすぐ見つめられながら言われてしまったトネルムは、顔を真っ赤にしながらうつむいてしまった。未だにトネルムの頭には疑問符がたくさん浮かんでいるのだが、そこまで言われてしまっては断り辛くトネルムはこくんと頷いた。それを見ていたほかのクラスメイトは「はぁ?」と声を荒げた。
「なんでトネルムにしたんだ?」
「納得いかないわ」
「選んだ理由を教えてくれよ」
 怒気を含んだ言葉は呂蒙に容赦なくあたるだけでなく、お願いされたトネルムにも突き刺さっていた。周りからの怒声が大きくなる度、トネルムは大きな声で泣き始め「わたしが辞めればいいんでしょ」と叫んだ。クラスメイトの怒声とトネルムの悲鳴が混じる教室の中、呂蒙は静かに教壇に戻ったかと思えば今度は黒板を思いきり叩いた。思いきり握られた拳から放たれた一撃は、硬い黒板に深い穴を開けた。ぽろぽろと黒板の欠片が落ちる中、呂蒙は必死に怒りを抑えながら顔を上げた。必死に怒りを抑えているとはいえ、クラスメイトが見た呂蒙の顔は本気でキレている顔だった。そんな顔の呂蒙を見たクラスメイトは一瞬にして息を飲み、硬直した。
「ぐだぐだ言ってんじゃねーよ。てめぇらにトネルムの気持ちがわかんのかぁ? あぁん??」
 呂蒙の一言から暫く、誰も口を開こうとしなかった。やがて怒りが引いてきたのか、呂蒙はふうと息を吐き、説明を始めた。それは、クラスメイトのためでもあり何よりトネルムのためでもあった。
「なぁトネルム。お前がみんなから避けてるのって、その稲光のせいだろ?」
 落ち着いた声に戻った呂蒙の声に、トネルムはこくんと頷く。それは、トネルムはみんなを傷つけたくないという気持ちの表れだった。みんなを傷つけるくらいなら自分ひとりだけでいるほうがいいという、少し寂しい決断だった。それでも、この学園にいる以上は人との関わりは避けられない。そこで、呂蒙は少しでもトネルムに「楽しい」という気持ちを持ってほしいという理由で大将に選んだという。
「ならさ、その稲光をちょっくら利用させてはくれないか」
「っ……!」
 利用という言葉にさっきまで穏やかだったトネルムの目が一気に険しくなった。そして何かを叫びながらトネルムは教室を飛び出してしまった。静まり返る教室に一同は「やっぱりな」という空気になり白けてしまった。それを合図にクラスメイトは部活に向かったり帰宅しようとしたりと各々教室を出て行ってしまった。そして一人教室に残った呂蒙はとある場所へと向かった。

(お前の漏れ出す電気利用すれば)
(これは珍しい娘だ)
「……嫌っ!」
 学園の屋上でぼんやり空を眺めていたトネルムは、過去にあった出来事を思い返してしまい悲鳴をあげた。もうあんな思いは嫌だ。誰かに利用されるなんて……そんなのもうまっぴらよ。ぎゅっと体を縮こまっていると、トネルムの周りには稲光がばちばちと閃光を放っていた。
「……もう……誰も近づかないで。もう……嫌だよ……こんなの……」
 トネルムは声をしゃくりあげながら自分の頭を抱えていると、どこからか男の人の声が聞こえた。それもその声は段々と近付いてきていた。そしてトネルムの頭に小さな衝撃が加わると、その声は「やっと見つけた」と言った。恐る恐る顔を上げると、そこにはさっき教壇の前で説明をしていた呂蒙がいた。
「嘘……あの稲光を……どうして」
 トネルムの周りには凄まじい量の電力が走っている。普通の人間が振れれば、痺れるどころか焦げてしまうような電力だ。それを何事ないかのように受けている呂蒙は一体何者なんだろうと思っていると、呂蒙はトネルムの隣に腰を下ろした。そして、過去に自分は勉強は全くできなかったことを告白した。恥ずかしいことに字すらもまともに書けなかったことも付け加えると、トネルムは両手を口元にあてて「そんな」と呟いた。
「とある人物が色々教えてくれたんだよ。そいつのおかげで、今のオレがいるって言っても過言じゃないってくらい。だからとは言わないけどな、オレはトネルムの可能性を信じてるんだ」
「わたしの……可能性……」
「おう。それも

……な」
「わたしにしか……できない……こと」
「それと……わりぃな。トネルムに嫌な思いさせちまって」
「え……いいよ。別に。慣れてるし……」
「いやいや。あれは事前にトネルムに説明しておけばよかったって思ってる。ほんとスマン」
「……」
「ただな。この騎馬戦、どうしてもトネルムが大将でないと勝てないんだ。大丈夫。トネルムはオレが足になって必ず守ってみせるからな。伊達に戦場を潜り抜けてねぇってこと、証明してみせる」
 そう言い呂蒙はトネルムの頭を優しく撫で、屋上を後にした。一人になったトネルムは頭に微かに残る温もりに手をぎゅっと握り空を仰ぎ、頷いた。そのときのトネルムの顔は何かを決意した顔をしていた。

 翌日。トネルムは呂蒙に騎馬戦での大将を引き受けることを伝えた。すると、呂蒙はぱっと顔を明るくしトネルムの手を握った。それも自然に。予想をしていなかったトネルムはまたもや顔を赤くしあわあわしていると、呂蒙は「ありがとな。勝利への道はオレが切り拓くから」と言い、鼻歌を歌ながらノートを広げ何やら書き始めていった。
(わたしにしか……できないこと……)
 トネルムは呂蒙に言われた一言を何度も頭の中で反芻し、いつしか「大丈夫。きっと大丈夫」とほんの僅かではあるが前向きに考えることができていた。それはいくらクラスメイトにぎゃんぎゃん言われても決意は変わらない程固いもの変化していた。その日からだろうか。トネルムの周りから稲光を見る回数が減っていた。
 こうして迎えた体育祭当日。呂蒙達のクラス対オセロニア学園の中でも屈指の強クラスとの対決が始まろうとしていた。トネルムを大将の騎馬隊を軸に、左側に三つの騎馬隊、真ん中には二つの騎馬隊、右側には左側と同じに三つの騎馬隊を配置した。それぞれの騎馬隊には数多くの戦を潜り抜けてきた呂蒙選りすぐりの生徒を配置した。孫尚香、甘寧、話し合いのときに欠席していた孫堅など名だたる名将を配置しておいた。そこまでしないと勝てない騎馬戦の大将はというと、軍師として名高い諸葛亮だった。諸葛亮は放送席から指示を送るという手法をとり、勝利へ導くらしい。ただ、こっちは軍師自らが戦場に出ているので状況把握はこっちのが少し上かもしれないと呂蒙は思っていた。そして、いよいよ開幕を告げる空砲が撃たれた。
「よっしゃ! 左壱、右壱は『進』、他は『守』だ。頼んだぜ」
 『進』と指示の出た騎馬隊は迷うことなく、敵陣に向かって進み始めた。そしてそれらを迎え討つように相手側も進軍してきた。お互いの戦いが拮抗している間に、間に挟まれた騎馬隊はゆっくりと敵陣へと『進』の指示が出た。遅れて敵陣もそれを迎え討とうと進み始めた。大将隊は状況をじっくり見ながら次に出るタイミングを計っていた。そしていよいよ頃合いだろうと思い、呂蒙はクラスメイトに『激』の指示を出して猛スピードで敵陣の大将へと突っ込んでいった。急発進に驚いたトネルムはぎゅっと呂蒙の肩を掴み、振り落とされないように気を付けた。そして混戦している騎馬隊の間をすり抜け、もうすぐで敵大将の前に到着というところで敵陣大将が何かを投げてきた。それを見逃さなかった呂蒙はトネルムに合図をした。
「トネルム! 今だ!」
「え……えぇいっ!!」
 トネルムは呂蒙の合図と共に体から電力を放出させた。敵陣から投げられたものが空中でぱっと広がると緑色の粉が降りかかってきたのだが、トネルムの電気の力でそれらを中和し、そのままの勢いで敵陣に突っ込んでいく。
「なんですと……」
 これには敵陣の大将も驚きを隠せないでいた。そうして驚いている隙をつき、あっという間に敵大将との距離を縮めた。呂蒙が敵陣の騎馬隊に不適に笑っている間に、トネルムは必死に手を伸ばし敵陣大将の鉢巻きを掴んだ。
「えええい!」
 呆気なく鉢巻きを奪えたのか、トネルムは「あれ?」といった顔をしていた。今、トネルムが右手に持っているものは確かに敵陣大将の頭に巻かれていたものだった。それを今はトネルムがしっかりと持っている。それはつまり……。
「おおっと! これはなんということでしょう! 軍師諸葛亮の策を打ち砕き、呂蒙軍の勝利です!」
「……なんということでしょう。我が策が打ち破られるなんて……」
 放送席から漏れる諸葛亮の声は残念という色に染まっていた。勝利を確信していた分、その色は濃いものとなっていて、諸葛亮の肩を深く深く落としていた。
「いよっしゃーー!!」
 勝利は絶望的かと思っていたが、トネルムの力を借りて見事逆転することができた。そのことに呂蒙をはじめ、クラスメイトは多いに喜んだ。最初は勝利を実感できていなかったトネルムも、呂蒙から安全に地上へ下され頭を撫でらてようやく勝利を味わった。
「わたしたち……勝ったの?」
「おう! トネルムの力のお陰で勝てたんだ! ありがとな!」
「わたしの……?」
 呂蒙は力強く頷き、クラスメイトと一緒に勝利を味わった。遅れて今回の主役であるトネルムに対し、賞賛の嵐が巻き起こった。
「すっごいタイミングばっちりだったね!」
「稲光出すときのトネルム、かっこよかった!」
「今まで嫌なことばっかり言っててごめんなさい」
 賞賛に交じり、今までトネルムに対してひどいことをしていたクラスメイトは何度もトネルムに謝罪をしていた。対応に困っているトネルムに呂蒙は大きな声で「それは後だろ。今は頑張ってくれたトネルムを称えるのが先だろう」とお叱りをした。クラスメイトを勝利に導いただけでなく、トネルムに対しての接し方を考えるきっかけを作った呂蒙。それは呂蒙が作成した作戦ノートに書かれていたことかはわからないが、今のトネルムの顔に今までの不安や恐怖といった感情は宿っておらず、代わりにクラスメイトと一緒に勝利を喜んでいる一人の少女として立っていた。満足そうに笑っているトネルムの表情を、誰よりも嬉しいと感じている呂蒙は小さく「任務完了!」と言い、勝利で喜んでいるクラスメイトの輪の中へと『激』していった。
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