★飲めるノンアル♪ソルティグレープフルーツ

文字数 3,961文字

 とある酒場。ここでは今日も今日とて、酒好きたちが好きなだけ酒を飲む場所だ。そんな場所へ一人の男が現れた。名はフェルナンド。竜人にしては珍しい顎髭を生やしている。髪はブラウン、角はよく晴れたときの夕焼けを思わせるような真っ赤だった。胸板も厚く、ただそこらへんを遊びまわっているという雰囲気はあるものの、紳士的な振舞いは決して忘れない男として有名だ。
「なぁ、マスター。いつものくれるかい」
 いつものカウンター席に腰かけながらオーダーをすると、マスターは無言で飲み物を提供する。少し強めのウイスキーをロックで飲むのが彼の好きな飲み方で、なんでも喉に焼けるようなヒリヒリ感が堪らないだとか。ぐいとは飲まず、ちびちびと飲む姿がまたかっこいいと評判で、その場にいた女性の目をとろんとさせてしまう程の男の魅力に溢れていた。
「なぁ、そこの兄ちゃん。こっちでオレと飲み交わさないかい。なぁに、奢るから安心しな」
 カウンターで一人寂しくグラスを傾けている男性に声をかけ、一緒に飲もうと提案するとその男性は小さく頷きながらフェルナンドの隣に腰を下ろす。何かを感じたフェルナンドはその男性に優しく声をかけると、その男性は事情を話し始めた。
 どうやら窃盗にあってしまい、彼の財産を全て持っていかれてしまったとのことだった。幸い、財布だけは残ったのだがその残金も残り少なくここで最後の酒を楽しんでいたという内容だった。それにフェルナンドは深く溜息をついて男性の肩を叩いた。
「そんなことがあったんか……。なぁに、生きてりゃきっといいことあるさ。ところで、それは何杯目だ」
 男性は三杯目と答えると、フェルナンドは軽く頷きマスターにこの人の分も支払うと言った。予期せぬ答えに男性は驚き、これは自分で飲んだから自分で精算しますと首を振りながら拒むが、フェルナンドは優しく鋭い目で男性を睨んだ。
「ここで諦めちゃいけないねぇ。人生は何があるかわからないから面白いんじゃないか。だから、今日は俺の奢りだ。好きなだけ飲むと良い。その代わり、明日からは前向きに頑張ること。約束できるかい?」
 厳しくも優しい言葉が男性の胸に届くと、男性はぽろぽろと涙を流しながら頷いた。グラスに残った酒を勢いで流し込んだ男性は、マスターにフェルナンドと同じ物をくださいと注文し口をつける。あまりの度数の高さに顔をしかめる男性の横で笑うフェルナンド。なってないねぇと言いながら簡単に飲み方をレクチャーを始めた。
「これは焦って飲むものじゃないんだよ。ゆっくり味わって飲むのが楽しい酒さ。まだまだ時間がたっぷりあるんだ。一つの酒をじっくり楽しんでみないかい?」
 男性はフェルナンドから放たれる不思議な魅力に気付いたのだが、同姓とわかっていてもなぜかその魅力から目を離せないでいた。顔が赤いのはそのせいか酒のせいかはともかくとして……。
 飲み方がわかってきた男性が小さく息を吐くと、酒場の扉が乱暴に開かれた。現れたのはいかにもガラの悪い少年たちだった。音のする方へ首をやった男性の顔がみるみる青ざめていくのをフェルナンドは見逃していなかった。もしやと思い、フェルナンドは声をかけると男性は小さく頷いた後、体を小さくしようと必死だった。
(マスター。お願いできるか)
 フェルナンドは小さな声でマスターにお願いをすると、無言で頷き男性をこっちにくるように促した。男性は急いでカウンターの下に隠れると息を潜めてやり過ごすことにした。
「おうおう。辺鄙な場所にある酒場ってのは本当に辺鄙なんだな」
「安い酒飲んでるやつら、いいご身分だなぁおい」
 耳障りな音を我慢しているフェルナンドは、小さくグラスを揺らしながらそいつらが出ていくことを願っていた。だが、その願いは虚しく店だけでなく店の中にいるお客にまでちょっかいを出し始めた。次第にエスカレートしていく言動にフェルナンドは何度も自分に落ち着けと言い聞かせ、そいつらが早く出ていってくれと心から願った。
「おうおっちゃん。いいご身分だなぁ。昼間っから酒なんてよぉ」
 ついにその連中はフェルナンドにまでちょっかいを出してきた。あぁこれはもう無理だとフェルナンドは内心諦めていたが、それでもできる限り無視を続けていた。しかし、それを続けさせてくれる様子はなく、連中はしつこくフェルナンドにつきまとう。
「おれ、こう見えて酒強ぇんだよ。おっさん、飲み比べしねぇ?」
「ほぉ……さっきまで昼間から酒が飲めるとはいいご身分と言っていたのは何故かな」
 柔らかい笑みの奥に潜む怒気に気付くことはなく、連中の一人が飲み比べをしようとふっかけてきた。しかし、売られた喧嘩は買わねば……気に入っているお店を貶されたこともあるし何より、楽しんでいる人たちの邪魔をしたのだから……。フェルナンドは勝負の内容を提案すると、それをろくに理解しないまま連中の一人は承諾した。ふっと笑いマスターに審判をお願いすると無言で頷き、酒の提供を始めた。
 勝負の内容はこうだ。いつもフェルナンドが飲んでいるこの酒を何杯飲めるかという至って簡単なものだった。飲み慣れているフェルナンドにとってはただお気に入りの酒が何杯も飲めるという嬉しい勝負だった。そんなことも知らずに勝負にのっかった連中の一人に早速悲劇が起こる。あまりの度数の高さに一口飲んだだけでぶっ倒れてしまったのだ。異変に気付いた連中も震えながらグラスに口をつけるも、その前に強烈な酒気に鼻を刺激されむせてしまった。最後の一人も匂いを確認してすぐに白旗を上げてしまったので、この勝負はフェルナンドの勝ちだった。
「若い者には負けられないねぇ」
 余裕の笑みを浮かべながら連中を見やると、むせた人物が刃物を取り出しフェルナンドを脅し始めた。フェルナンドは刃物をしまうように言うも、そいつは聞く耳を持たなかった。強がってるだけだと判断したフェルナンドははぁとため息を吐き、自分が飲んでいた酒のボトルを手に取りジャグリングを始めた。
「よっと。お前さん、まだやろうってのかい」
「舐めた真似しやがって……」
「そうそう。聞いた話なんだが……お前さんたち、どうやらあちこちで悪さをしているみたいじゃないか……だめだねぇそういうの。おじさん、そういうの見過ごせないないなぁ」
「はぁ? てめぇには関係ねぇだろ!」
「そうもいかないんだなぁ……その悪いことで得たものなんだけど……返してくれないかい? 困ってる人がいるんでねぇ」
「はっ。偽善者ぶりやがって……そんなもん、素直に返す訳ねぇだろ」
「こんなにお願いをしてもかい……?」
「あぁ、やだね」
 その一言が耳に入った瞬間。フェルナンドのジャグリングが終わり、右手にはボトルがしっかりと握られていた。そして、その表情はさっきまでの柔らかい笑みとは比べ物にならない位、怒気で染まっていた。
「……いい加減にしようか」
 相手を睨みつけながら持っていたボトルを片手で割る。そして、指先から見える小さな火種でまるでボトルをフランベをしているように見せると、連中は小さな悲鳴を上げた。フェルナンドの睨みに恐怖を覚えたのか、うち一人はその場から動くことができないくらいに竦んでしまっているようだった。
「……聞こえなかったようだからもう一度だけ言おうか。返してくれないかい?」
 聞こえるようにはっきりと、そして怒気がたっぷりと含まれた発言に刃物をもっていた奴は懐から地図を出し、印をつけてそそくさと逃げていった。酔いつぶれた奴と足が竦んで動けなくなっている奴を見捨てて自分だけが逃げていった様子に更に怒気がこもるフェルナンドだが……これ以上は無駄だと判断し怒りを沈めた。そしてまだ店の中にいる二人を外へと適当に放り投げると手を軽く叩き戻っていった。
「ふぅ……もう出てきていいよ」
 安全を確認した男性は、泣きながらフェルナンドに何度もお礼をした。それにフェルナンドは男性の背中を優しくさすり、もう大丈夫だと何度も励ました。
「お前さんの盗まれたものはここにあるらしいんだが……まだあいつらがいるかもしれないからな。俺が付いていくよ」
 男性は顔を腫れぼったくしながらお願いしますと言い、地図を頼りに盗まれたものを探しに店を後にした。

 探すこと数十分。地図が示すのはこの辺りなのだがとフェルナンドは首を傾げながら辺りを見回す。とくにこれといって目立った建物はなく、ただ広い荒野が広がっているだけだった。男性は嘘だったのかもれしないと半ば諦めた気持ちと悔しいという気持ちが入り混じり、サボテンを蹴ろうとしたとき、男性が目の前から忽然と消えた。
「おいっ! 大丈夫か!」
 フェルナンドが男性の落ちた穴から声をかけると、男性の声が聞こえた。それもとびきり嬉しそうな声が。フェルナンドは足元に気を付けながら中へ入ると、そこは地下にある部屋だった。どうやらこの地図は地上ではなく、地下を示していたようでそこには数多くの物品が雑然と置かれていた。その中に、男性が盗まれたものも含まれていたようで、男性は涙を浮かべながら喜んでいた。
「見つかったかい。そりゃあ、よかった」
 男性は何度も何度も頭を下げてお礼をすると、更に男性は私のわがままにつきあってくれませんかと提案した。
「どんな内容だい?」
 それは、男性の奢りでお酒を好きなだけ飲むというものだった。さっきまで沈んでいた男性がここまで明るくなったという嬉しさからフェルナンドはやれやれと言いながらもそのわがままに付き合うと言った。
「覚悟しておきな。俺はそう簡単には潰れねぇぜ?」
 嬉しそうに返事をする男性。わかっているのかいないのかは今は置いておいて、男性の嬉しい顔を見ながら飲む酒もまた乙かもなと小さく呟いた。
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