ちょっぴり固めの肉球クッキー【神】

文字数 6,463文字

 白の大地のはるか上空にある天界に、ひとつの組織があった。「天の教会」と呼ばれる組織は白の大地にて暮らす人々の治安を守るため日夜励んでいる。ウィルナージュもそのうちの一人だ。メープルシロップのような鮮やかな髪に治安維持部隊の制服に身を包み、腰にはサーベルを携えている。普段は召集がかかるまでは自由にしていていいのだが、この日のウィルナージュは違っていて、珍しく上司からお呼びがかかっていた。
「なにかしら……なにか変なことをしてしまったのかしら……?」
 心当たりがないウィルナージュは上司が待つ部屋へ向かう途中、顔色を曇らせていた。特にまずいことはしていないのだが……上司からお呼びがかかるとなるときっとなにかやらかしたに違いない……そんなことを考えながら歩いていると、組織内にある教会から透き通った歌声が聞こえた。ウィルナージュは足を止め、しばらくその歌声に耳を傾けていた。
「……なんて美しい声なのかしら」
 パイプオルガンの荘厳な響きに合わせ、シスターたちの祈りを込めた歌声が教会内に響き渡り思わず聞き入ってしまう程、魅力的だった。最後にパイプオルガンの蓋を閉じ、奏者が一礼をすると一斉に拍手が巻き起こった。ウィルナージュも扉の外からではあるが素敵な歌声をありがとうの意を込めて拍手を送った。次々と教会から出ていく人の中に見知った顔の人物が、ウィルナージュの顔を見ると、あっと小さな声を出して人の波をかき分けて挨拶をしてきた。
「あ、ウィルじゃん。どしたの? こんなとこで」
「フルリこそ。あなたもなぜここで?」
「ん? あたしはここで聖歌を歌ってたんだよ。一応、シスターだしね」
「あ……そっか。フルリってシスターだった」
 フルリと呼ばれた人物─フルリクルリはこの天の教会に所属するシスターでもあり、エクソシストでもある。普段はここでシスターの務めを果たしつつ、依頼があればその高い除霊能力を駆使し困っている人々を助ける。ウィルナージュが肉弾戦に対し、フルリクルリは魔法戦といったところだろうか。
「……こう見えてシスターです。んで、ウィルがここに来るなんて珍しいじゃん。どったの?」
「あっ!! わたし、上司に呼ばれてたんだった!!」
「おー、それは急いだほうがいいね。というか、呼び止めてごめんよ」
「ううん。いい歌を聞かせてくれて、こちらこそありがとう」
 ウィルナージュはフルリクルリに手を振り、駆け足で上司のいる部屋まで向かった。それをのんびりと見守り、ウィルナージュはの姿が見えなくなるとフルリクルリは大きなあくびをしながら教会の中へと戻っていった。

「すみません。遅くなりました」
「おお。ウィルナージュか。急に呼び出してすまないね」
「い、いえ。その、お話があるとお伺いしたのですが……」
「ああ。そうだった。なに、そんなに身構えなくても平気だよ」
 予定の時間よりも遅れてきてしまったのだが、上司はいたってご機嫌なことがウィルナージュの不安を一層かきてるものとなっていた。このあときっと怒鳴られるんだと心配をしていると、その不安で歪みまくっているウィルナージュの顔を見た上司は豪快に笑った。
「そんな心配しなさんな。今日はお前に紹介したものがあってな」
「え……あ……え? わたしに……ですか?」
「そうだ。ここ最近、お前の活躍は目を見張るものがあると思っててな。それで、今日はお前を呼んだのだ」
「あ……そ、それは光栄なのですが……てっきり叱られるかと……」
「叱る? なんでだ? なにか叱られるようなことでもしたのか??」
「い……いや。そういうわけじゃないのですけど……ね。あははは」
「まぁ、いい。今から呼んでくるからちょっと待ってろ」
 そう言って上司は別室へと移り、その

を連れてきた。上司の右手には赤い手綱、それを伝って視線を落としていくとお腹から上半分が黒色、下半分が白い毛で覆われた犬がウィルナージュをじっと見つめていた。
「じ、上司……。紹介したいものって……まさか……この子ですか」
「そうだ。今日からお前の相棒となるのだ。とても人懐っこくて賢いぞ」
 ウィルナージュは腰を屈めながら犬の頭を優しく撫でた。嬉しいのか、犬の表情はうっとりとしたものへと変わりもっと撫でてくれとばかりに頭を押し付けてきた。
「わぁ! びっくりした!!」
「お前に懐いているようだな。それじゃ、お前に相棒の名前を決めて明日からの警備により一層力を入れてほしい」
「わたしの……相棒……か」
 ウィルナージュはしばらく相棒を見つめると、うんと頷き上司と相棒を交互に見てこう言った。
「相棒の名前は……たま!」


 こうしてたまはウィルナージュの相棒となり、すぐにウィルナージュの寮へ向かい紐を外し解放。するとたまは体をぶるぶるさせ、解放を喜んだ。伝令箱にもなにも入っていないことを確認したウィルナージュはにやりと笑うと、たまを見て頷いた。ウィルナージュは今、たまと遊びたいと思っていた。その思いはたまにも通じたのか、たまはわんと小さく鳴くと扉のほうへと駆け寄り、尻尾を動かした。
「よし、行こう! たま」
 扉を開けて広場まで一直線に走っていったたまを追いかけるウィルナージュ。よほど遊びたかったのか、ウィルナージュを待つことなく広場で縦横無尽に駆け回っているたまは、まるで風のようだった。息を切らせながら広場までたどり着いたウィルナージュは、たまの名前を呼ぶとたまはすぐに振り返り、ウィルナージュの元へと駆け寄ってきた。砂埃をあげながら駆け寄ってくるたまを体全体で受け止めようとしたのだが、受け止めきれず尻もちをつく。
「たまっ!! げ、元気だね。よしよし」
 たまの突進は痛かったが、今はそれよりもたまと触れ合えるこの時間がなによりも嬉しかった。たまの頭を撫でているウィルナージュの顔が少しずつ曇っていることに気が付いたのか、たまは小さく鳴くと、ウィルナージュははっとし、たまに何でもないよと優しく答えた。
 しかし、本当はそうではなかった。相棒になってくれたことは素直に嬉しかった。とても心強いし、頑張ろうという気持ちにもなれる。その反面、まだ会って数分しか経っていないのだが、こんなに可愛い相棒を危険に晒してしまうのかと思うと、胸がぐっと締め付けられた。この子は何があっても守らなきゃと、ウィルナージュは唇を噛みしめながら思った。そこへ、たまがウィルナージュの頬を舐めた。舐めた個所はさっきまでウィルナージュの涙が伝っていた場所……たまはウィルナージュのことを気遣っているようだった。
「たま……ごめんね。しっかりしなきゃいけないね……」
 ウィルナージュはたまの頭を撫でていると、施設内にあるスピーカーからけたたましいサイレンが鳴り響いた。
「白の大地ポイントA付近より、事件発生。担当職員は至急、準備を行ってください。繰り返します……」
 そのアナウンスにはっとしたウィルナージュは、涙を袖で拭い、たまに行くよと言うと司令塔まで走っていった。たまもウィルナージュに平行するようについていった。

「これより作戦を説明する。ポイントA付近にて悪魔が出現したと報告があった。すぐに現場に急行し、その悪魔を排除するのが目的だ。手段は選ばん。以上っ!」
 数名の職員に交じり、ウィルナージュも大きく返事をし気持ちを仕事へと切り替える。いつまでもめそめそしていられない……この子を守らないとという気持ちが一層強くなり、その気持ちのまま現地へと赴く。たまもしっかりウィルナージュについて歩き、いつでも指示があれば飛び出せる状況にまで意識を集中させていた。
「では、行ってまいります」
 複数の職員、そしてウィルナージュとたまをのせた飛空装置は白の大地へ向かうため、雲の中へと潜っていった。潜って数分、重力と戦いながら現地へ到着した職員は、すぐさまサーベルを抜き辺りを警戒しながら進んでいった。少し遅れてウィルナージュとたまも下船し、あとを追いかけた。すると、たまが何かを感じ取ったのか、ウィルナージュに向かって小さく吠えた。そして何かを感じた方へと駆けていくと、ウィルナージュもそれに続いた。職員たちとは全く違う方向に向かっていることに少し不安を感じたウィルナージュであったが、たまを信じて進んでいくとそこで一人戦っている女性の姿があった。巨大な巻物から光が浮かび上がり、その光が一点へと放たれると耳を覆いたくなるような悲鳴が聞こえた。思わず顔を強張らせていると、その女性は気配を感じたのかウィルナージュの方へと歩み寄ってきた。そして、歩み寄ってきた女性の顔をみて二人は驚いた。
「あれ、ウィルじゃん。どうしてここに?」
「フルリじゃない。なんでここに?」
 二人はなにか既視感を感じつつも、互いの顔を見てぷっと噴き出した。見知った人がいて安心したのか、ウィルナージュはいつもの笑顔を取り戻した。そして、フルリクルリに新しい相棒を紹介した。
「上司の部屋にいったら、今日この子が相棒だって言われたのよ」
「なるほどねぇ。怒られなくてよかったじゃん」
「ま……まぁね。特に心当たりはなかったんだけどね……。それよりも、さっき、すごい悲鳴が聞こえたけど……大丈夫だった?」
 ウィルナージュの心配をよそに、フルリクルリは何事もなかったかのように振舞っていた。フルリクルリが指さした先には先ほどの悲鳴の主

ものが転がっていた。真っ黒く焼かれた異形のものは少なくとも数体確認ができた。
「ついさっき、あたしも呼ばれたんだよね。応援要員ってやつ? まぁ、戦えるから問題ないけど」
 フルリクルリは巻物をべろりと垂らし、神聖の言葉を紡いでいく。紡がれた言葉はやがて光の粒となり巻物に吸い込まれていく。そして、異形のものを見つけ次第それを発動して戦う。下級の悪魔であればフルリクルリは触れただけで済むのだが、それ以上のものとなると話は別。こうして言葉を紡いでおかないといざというときに対処ができないのだ。
「よし、ここは協力してやっつけちゃおう」
「協力……いいねぇ。なんだか楽しくなってきたよ。そんじゃ、やっちゃいますか」
 二人と相棒は出現箇所を調べ、見つけ次第強力な攻撃を繰り出し、確実に撃破していった。ウィルナージュがたまをけしかけている間、フルリクルリは言葉を紡ぐ。たまと息のあった攻撃の合間にフルリクルリが光を放ち、浄化する。今日会ったばかりとは思えない息の合ったコンビネーションにフルリクルリは言葉を紡いでいる間、感心していた。
(ウィル。これは心強い相棒を持ったね。これから先が楽しみだ)
 フルリクルリはちょっと眺めに言葉を紡ぐと、それを巻物にストックせずすぐに放った。
「ほい。これで終わりー」
 光の粒を受けた異形のものは絶叫を上げ焼かれていった。声が止む前に絶命した異形のものを見たウィルナージュはすぐに顔を背け、こみ上げてくるものを必死に飲み込んだ。
「だいじょぶ? ウィル」
「う……うん。大丈夫……」
 たまは辺りの警戒をし、フルリクルリは言葉を紡いで先に備えた。ウィルナージュは気持ちが落ち着いたらたまと一緒に付近の警戒にあたった。そして別れた職員と合流し、情報の交換を済ませ一帯の掃討は終わったとのことだった。やれやれと気を抜いた職員は帰ったらごちそうが食べたいなとぼやくと、そのぼやきに一同が笑った。
 しかし、その笑いの中に不自然なことがあったことに気が付いたウィルナージュの背筋は一瞬にして凍り付いた。なぜにそれに気が付いたかというと職員はウィルナージュを除いて全員が男性。そして、職員のぼやきに笑わらなかったウィルナージュはもちろん声を発していない。発していないのに……その笑いの中に

のだ。それに気が付かない職員の背後に浮かぶ漆黒の使者。
「危ないよっと!」
 茂みから突然現れたフルリクルリは職員(の背後)に向かって光を放つと、漆黒の使者は甲高い声を上げながら体をよじった。その悲鳴に気が付いた職員はその禍々しさに驚き、サーベルを構えるものや逃げ出すものと様々だが、ウィルナージュは一歩も引かずたまを従え立ち向かった。フルリクルリもウィルナージュの背後で言葉を紡ぎ、いつでも発動できる準備を進めていた。
「たま、いける?」
 低く吠えたたまの頭を撫で、ウィルナージュはサーベルを静かに抜き、構えた。漆黒の使者を睨みながら、ウィルナージュはたまに指示を出した。
「たま、GO」
 左右に飛びながら距離を詰めていき、隙あらば突進攻撃を繰り出すたま。意識をそっちに持っていかれている間にウィルナージュもサーベルで応戦。フルリクルリもその時の状況に合わせてすぐに発動できるものや、強力なものなどを使い分けながら戦っている。
「このっ! お前が気が付かなければワタシのごちそうになるはずだったのに」
「そんなことはさせません! たまっ!!」
 たまが鋭い牙を漆黒の使者に突き立てる。漆黒の使者はたまを振り払おうと何度も体を揺らすも、たまは離すもんかという意思を感じさせる唸り声を上げながら睨みつける。ウィルナージュはその間、サーベルを振りかざしてたまに当たってはいけないと判断し、腰の抜けた職員の救助にあたった。攻撃はフルリクルリに任せ、職員を安全なところまで運び終え、戻ると漆黒の使者はすでに霧散していた。
「浄化終わりっと。おつかれさん」
「終わったの……?」
「うん。終わった。ウィル、よく頑張ったねぇ。それに、たま……だっけ? いい子いい子」
 フルリクルリはたまの頭を撫でると、ごろんと転がりお腹を見せて喜んだ。ウィルナージュとフルリクルリでお腹を撫でるとこれまた気持ちのよさそうな表情を浮かべていた。
「フルリ、ありがとう。フルリがいなかったらこの任務はどうなってたか……」
「いや、それはわからないよ。あたしだってたまたまだったし、ウィルがいなかったらそもそも紡いでる間にやられてたかもしれないし……お互い様だということでいいんじゃない?」
「……うん。そうだね。それと、たまのおかげ……かな」
「それが一番だね。偉いぞー、たま」
 フルリクルリはよしよしをすると、尻尾を大きく左右に振りながら喜んだたまを見て、ウィルナージュは笑った。とにかく、任務はこれで完了で間違いと思い二人は飛空装置に乗り込み、すぐに司令塔に向かい、結果を報告。途中で逃げたり逃げ腰だった職員についてはなにも言及はなかったが、ウィルナージュとフルリクルリについては司令官から労いの言葉を受けた。その言葉嬉しかったのか、ウィルナージュは涙を浮かべながら笑った。怖くなかったといえばウソだけど、今回こうして立ち向かえたのはフルリクルリと、たまの存在があったから。ウィルナージュは司令官に深くお辞儀をして、司令塔かを後にするとフルリクルリが背後で声をかけた。
「ねぇ、ウィル。今日の夜って空いてる?」
「え? 夜? 空いてるけど……どうしたの?」
「えへへぇ。今日は頑張ったってことで、たまも含めて一緒に食事でもどうかなって」
 フルリクルリからの提案に、断る理由はないのだがウィルナージュはわざと悩んでいるふりをたっぷりとしてから肯定すると、フルリクルリはにっこりと笑った。
「よっし、決まりだね。そんじゃ、あたしのとびっきりの場所教えてあげるから、教会の入り口で待ち合わせね」
「わかった。たま、楽しみだね」
 高く吠えたたまの頭を撫でながら、ウィルナージュはフルリクルリの言うとびっきりの場所を楽しみにしながら一旦、寮へと戻った。

 寮に戻ったウィルナージュとたまは、身だしなみを整えフルリクルリの待つ教会へと向かった。たまは嬉しいのか終始落ち着かない様子で、ウィルナージュの足元をぐるぐると回っていた。その気持ちはウィルナージュも一緒で、鼻歌を歌いながら教会へと向かっていた。そのときに歌っていたのはたまと出会う前に教会で聞いたあの聖歌だった。
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