ほくほく栗たっぷりの薄皮饅頭

文字数 3,611文字

前日
木々が生い茂る森の中、今日も冷たい風が吹いていた。
身を切るような寒さに俺は一層気持ちが引き締まった。
息を潜め、目当てのものが来るのをただじっと待っていた。


俺は白狼。この近辺に現れる

を討伐しながら生活している。村はそこまで裕福とまではいかないが、まぁ可もなく不可もなくといったところだ。今日も偵察をしている仲間からの連絡を受け、

の一掃をするため、岩陰で身を潜めている。

やがて雨が降ってきた。
風よりも冷たい雨粒が俺の頭に落ちてくる。
いちいちそんなの気にしてもいられないが、だんだんと激しくなってきた。
俺はそんなに寒いのは得意ではないが……できれば早く終わらせて寝たかった。
だけど、今は仕方がないと割り切るしかなかった。

を排除しなければ、ぐっすり寝れるかもわからないのだから。

雨粒が激しくなってしばらく、暗闇の中に揺らぐ影を見つけた。
間違いない。あれは獲物だ。俺はすぐに刀を構えて足音を立てないように近づく。
近くで再度目当てのものだと確認をした俺は、刀を逆手に持ち獲物に向かって一気に距離を詰めて振るう。耳に汚い声が響くのも構わず、俺は連続で刀を振るいそいつが絶命するまで手を緩めなかった。
ぴくりともしなくなったことを確認し、討ち取った証としてそいつの頭部を切り落として持ち帰る。これで目的は達成できた。あとはこれを報告すればやっと寝ることができる。

村に帰ってすぐ、村長のところへ行き結果を報告……頭部を見せればそれだけで済む。ごろんと転がし、村長が嬉しそうな顔で俺を見ながらうなずくと金の入った袋を手渡してきた。今回は数が少なかったけど、中の金は予想以上に入っていた。少し驚きながらもそれを懐に入れ、自宅へと戻る。
戻ってすぐ、

の血で汚れた鎧を脱ぎ捨て、布巾で体を拭う。思っていた以上に返り血を浴びてしまい、体中がそいつの血でべっとりだった。粘性の強い血は体に触れるだけでも気持ちが悪く、長時間触れていようものなら意識がそっちに持っていかれてしまうくらいに不快だった。ようやく拭い終わった俺は布巾を放り投げ、自分の服へと着替える。窓から外の様子を見ると、さっきまで降っていた雨はすっかり止みさっきまでの雨脚は嘘のように消えていた。仕事も終わったし、もう気にすることもないしもう寝よう。俺は敷物の上に体を転がし、やがて来る誘いに身を委ねた。


当日
いつもより騒がしい声で目が覚めた俺は、体を起こし窓から外の様子を伺った。あっちでは村人が逃げまどい、こっちでは悲鳴を上げながら襲われていた。なぜだ。なぜだ。俺はすぐに頭に残っている重りを振り払い、鎧に着替えて外へと出た。その光景に俺は目を疑った。
涙を流しながら、子供を守りながら、体の一部を抜き取られたもの、

に捕まり引きずられているもの、すでに事切れているもの……村はあっという間に

の手によって壊滅状態にさせられていた。俺はすぐに刀を構えて手近にいる

に振り下ろし、救助を試みたがすでに目は白く濁り顔からは生気を放っていなかった。俺は歯ぎしりをし、背後から聞こえる鳴き声を発する

に振り向きざまに刀を薙ぎ、排除。次はあっち、今度はこっちと右往左往しながら村の中にいた

をただひたすら排除していた。また鎧が血で汚れるのも構わず、俺はまだ村に

が残っていないか、見て回った。大きくない村だからすぐに終わると思ったのだが、用心に越したことはないと思い家の中や納屋の中、食糧庫から馬小屋など建物すべてを見て回ると結構な時間を要していた。おかげでもういないということがわかり、安堵……はできなかった。排除が終わったあと、俺にやってきたのは虚無感だった。昨日まで平穏だった村がたった数時間の間に変わってしまったことに、俺は一体なにが起きたことをまだわかっていない。誰かいないかと再度村全体を見て回ったが、誰もいなかった。それはつまり、この事態がなぜ起こったかを知ることはできないということを意味していた。歯ぎしりをし、刀の柄を握りしめそれを力任せに投げつける。鉄の乾いた音が今の俺の内情を示しているかのように聞こえ、更に怒りが増し、声の限り叫ぶ。何もできなかった自分の無力さ、救えなかったという己の弱さに……ただただ叫ぶことしかできなかった。
叫んで、消沈して、後悔していても仕方がない。無理やり心を切り替え、俺は刀を鞘に納めて昨日最後に挨拶をした村長の家へと向かった。そこには無残にも切り刻まれた村長

ものが転がっており、俺は胃の中のものがこみ上がってくるのを必死に抑えた。俺を育ててくれた村長……無愛想で口数が少ない俺をわが子のように可愛がってくれた……ありがとうございます。そして、さようなら。俺は村長の家を後にすると、さっきまで誰もいなかったのに村の入り口で誰かが立っているのが見えた。少し妙だと思いながらも、この件に関して何か知っているかもしれないと僅かな期待をしながら村の入口へ。
近付くにつれ、それが少女だとわかると俺は相手を怖がらせないよう細心の注意を払いながら声をかけた。しかし、その少女の反応はなく、もう一度声をかけた。するとどこかで聞き覚えのある鳴き声が響いた。それもこの少女からだった。俺はすぐに後ろに飛び、距離をとった。少女がくるりと振り返ると、顔にはびっしりと目が付いており口からは唾液が溢れ、粘性の唾液が地面を濡らす。まさか……と思うより早く、体は正解を導いていた。

あらぁあ まぁだ生き残りがいたのねぇ ざぁんねん あれで全部だと思ったのにぃ

甘ったるい声が聞こえ、俺はすぐに刀を抜き身構える。そうか……こいつ……

の親玉か。俺は殺気を放ち、親玉をぎろりと睨む。親玉はそれに怯むこともなくけらけらと笑いながら俺を見る。

あはは また楽しめそうな子がいたなんてぇ あたし あたし あぁ 興奮するわぁ

少女の体をくねらせながら発する一言一言が不快極まりない。俺は地を蹴り、不快の発生源である親玉へ切りかかった。確かな手ごたえはあるものの、なぜか親玉はのけ反ることもなく、俺の刀を肉で挟み受け止めた。

だめよぉ そんなに痛くしちゃあ 女の子には 優しくしなさいって教わらなかったぁ

ずぶりと刀が肉に飲まれていくことに焦った俺は、力の限りで刀を引き抜くことに成功しまた距離を取った。これじゃ迂闊に攻撃ができない……どうしたものかと考えていると、親玉は体を小刻みに震わせながら気色の悪い声を轟かせた。

あぁ あぁあ いいわぁ もっと モット アタシト アソビマショ アハハハハ

ぶくぶくと膨れ上がった紫色体はやがて額から二本の角、口からは鋭い牙を生やした。腕は丸太のように太く爪は刃物のように鋭利だった。これが……村を襲った親玉……そう思うと怒りと共に殺意が沸き俺は地を蹴り、木々を渡りながら親玉の背後を取り、首筋に刀を沿えて一気に引く。勢いよく噴出した赤い液体が葉を、木々を、そして大地を染めていく。そして、俺の腕も真っ赤に染め上げていく。

うフ ウふフフ 切っタわね アタしを 切っタわネ 浴びタわネ 浴びタワヨネ

一体何を言っているのか意味も分からず、俺は再度刀を握り突っ込んだ。俺に間違いがなければこのまま刀は親玉の体を貫いている……はずだった。しかし、俺は腕に違和感を覚えた。俺の心の臓とはまた別に胎動しているかのような……何かが跳ねた感覚に襲われた。

あなタに あたシの 呪イを あげルワ 苦シみなサい そして いらっシャい こチラへ

その胎動は段々と大きくなり、俺の腕はみるみるうちに親玉と同じ紫色に変色していった。あっという間に左半分が親玉と同じ色に染まり切り、思考もだんだんとぼんやりとしてきた。もしかしたら、このままではこいつらと同じになってしまうのか……そうなる前にこいつだけでも排除しなくては……俺は無我夢中で刀を振り、親玉を排除することに成功はしたが……このままではやがてこいつらになってしまう。それだけは何が何でも防がなければ。自分の意志に反してぴくぴくと動く腕を抑えつけながら、俺は一旦自分の家に戻り支度をすることにした。今すぐにでも出て行ってもいいのだが、日はとっくに暮れていて、今の状態で出発するのは危険だと判断し、翌朝にすることにした。これが自宅で休める最後になるかもしれない。俺は心の中でそんなことを考えてしまった。

翌日
村を出るころには、腕の胎動は落ち着いているのだがいつまた暴れだすかわからない。早急にこの呪いを解除しなくては。俺は必要最低限の荷物だけを持ち、この腕にかかってしまった呪いを解く方法を探す旅に出ることにした。
解除するのが先か、それともあいつらと同じになるのが先か……俺はふと空を見上げた。今までに見た空の中で一番きれいな空……そして、一番怖いと思ってしまう空だった。
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