シュガーパインとサンオレンジのプチコロン【魔&竜】

文字数 4,800文字

 魔の世界を居住としている女性の悪魔─エクローシア。悪魔の中でもかなり上位にあたる彼女はなんというか、生きているものすべてを見下すような言動が多く見受けられる。特に他人に触れられることを極端に嫌い、すぐに距離を取ろうとする。何か身の危険を感じようものなら、身にまとっているドレスの一部を操り相手を弾き飛ばすことも厭わない。
 そんな誰も寄せ付けないことで有名な彼女だが、たったひとり。たったひとりだけ、彼女が心を許す……に近い言動をする人物がいる。輝く黄金色の髪の前髪に後頭部から毛先にかけては燃えるような赤い色をしており、勝気に満ちた瞳からはどこかこちらまで元気を分けてもらえそうな力を携えている。腕っぷしには自信があるらしく、背中には大きな剣を背負っていて、戦闘態勢に入ればすぐさま抜けるよう工夫がされている。言動はエクローシアと違って、どこか粗暴でがさつな部分も多く見受けられるが、それは決してマイナスな部分で作用していないところが大きく、彼女の発言はどこかマイペースでありながら前向きに聞こえることからエクローシアは次第に彼女に心を開いていった。今までそんな人物に出会ったことがなかったエクローシアは、最初こそどう接していいかわからず、ツンとした態度をとるも彼女はそれをうまくかわしプラスへと変換し返してくる。そのやりとりが嬉しかったのか、少しずつ口数も増えていったエクローシアに彼女も気を良くし、傭兵稼業についても話し出した。興味がないと思っていても、彼女の言葉は自然と耳に入り、徐々に話の続きが気になり前に乗り出すように聞いていると彼女は小さくふふっと笑いながら話を続けた。
 笑われたことが恥ずかしかったエクローシアは、顔を真っ赤にしながら怒鳴るも彼女はへらへらと笑いながら平謝りをした。頬を膨らませ不満を漏らしているエクローシアに彼女はがははと笑いながらその場をやり過ごした。
「えっと……確か名前は……ベルーガ……だったかしら」
 エクローシアが名前を呟くと、彼女の頭の中に初めて出会ったときの思い出が呼び起された。

「ここかな……お目当ての魔物さんが住んでいるってのは」
 手配書を頼りに魔の世界にやってきた竜人ベルーガ。ベルーガは冒険者たちが集う酒場からの依頼をこなしながら生計を立てている。新しい依頼があればこなし、また新しい依頼があればこなしを繰り返し、おかげで懐は温まっている。
 懐事情はすでにいいはずなのだが、ベルーガはその日気になる依頼を目にし立ち止まった。内容はごく普通の討伐依頼のもので、なんら難しいことはないものだった。普段なら今日はもういいやと言いながら背を向けるのだが、この日はなぜかその依頼から目を背けることができなかった。
「よし。この依頼を受けたら今日は終わりだ。おっちゃん! これ、引き受けるよ」
「あいよ。って、ベルーガ。受けすぎじゃねぇか? 無理すんなよ」
「へーきへーき。よっし、そんじゃあさくっといってくるわ」
 そういい、ベルーガは依頼書を片手に魔の大地へと向かった。

 こうして降り立ったベルーガは、薄暗い魔の大地に足をつけた。目を凝らしながら歩き続けると、そこにはベルーガと同じ髪色をした女性が現れた。
「お出ましかっ!」
「騒々しいわね。これだから下賤な者は……」
「ん? あれ? 違う。手配書に書いてる奴じゃない……」
「何一人でぶつぶつ言っているのかしら。とっとと失せなさい」
「いやぁ、間違えてごめんよ。ところで、あたいはこいつを探してるんだけど、心当たりないかい?」
「あなた……人の話を聞いているのかしら?」
 マイペースに話を進めるベルーガに段々苛立ちを覚えたエクローシアは、語気に怒りを込めて問うた。しかし、ベルーガはそんなことはお構いなしにエクローシアに質問をした。
「悪かったって。あ、あたいベルーガってんだ。あんたの名前も聞いていいかい?」
「なっ……なんで私があなたみたいな下賤な者に名乗らないと……」
「いいじゃないか。ここで会ったのも何かの縁だ。あたい、縁は大事にしたい質でさ」
 エクローシアはこの人物に何を言っても通じないと諦めたのか、深く深く溜息を吐きながら「……エクローシアよ。気安く呼ばないでちょうだいね」というと、ベルーガははっはっはと笑いながら「エクローシアかぁ。よろしくねぇ」とてんで人の話を聞いていない返答をした。このやりとりにエクローシアは名乗ったことを後悔した。

「手配書にはこの辺ってあるんだけどなぁ……なぁ、エクローシア。こいつ知ってる?」
「知らないわよ。それに、気安く呼ばないでって……」
「おっ! 珍しい水晶はっけーん! 取れるかな……んしょっ!」
「もう……好きにしなさい」
 何度も自分に「ベルーガに何を言っても無駄」と言い聞かせても、どうしてだろうか口が勝手に反応し言葉を発してしまう。段々と疲労感を感じながらも、どこか心から嫌な感じがしないもどかしさも感じていた。
「こんなこと……一度も感じたことなかったのに……」
 エクローシアが小さく呟くと、遠くからベルーガの声が響いた。その声にはいはいとしながらもエクローシアはベルーガに付き合っている。
「なぁ、これ……」
「なにかしらこれ。ちょっと待っていなさい」
 ベルーガが見つけたのは大きな石碑だった。その石碑には何やら文字が刻まれているが、ベルーガは解読することができなかった。エクローシアはその石碑の前に立ち、目で流すように文字を見ると「少し時間があれば読めそうだわ」といい、石碑の解読をし始めた。
 その時、ベルーガとエクローシアの周りに黒い影のようなものが現れた。青い炎の中には犬のような頭が浮かんでおり、今にもこちらに噛みついてくる勢いだった。
「ちっ。フォボスかい。一匹なら楽勝なんだけど……こうも数が多いと厄介だね」
「あと少し……あと少しなのに。なんで邪魔するのよ」
 エクローシアの解読もほぼ終わり、あとは魔力を注げば済むというところだったのだが、フォボスの群れに嫌悪感を露呈させた。ここで魔力を注ぐことを中断されれば、また最初から魔力を注がなくてはいけない。
「エクローシアは解読に集中して! あたいがこいつらをなんとかする」
「……頼んだわよ」
「あいよっ!」
 いうが早いが、ベルーガは背中の剣を音もなく引き抜き横一閃に薙いだ。そして剣を背中の鞘に納めると、小さくふうと息を漏らした。鼻歌を歌いながらフォボスの群れに背を向け、数歩歩いたときにベルーガは「あ」と大きな声をあげ、振り返った。
「悪い。もう剣は振らせてもらったよ」
 いつの間に剣を振ったのかわからないが、ベルーガのいう通りフォボスたちは真っ二つに切られ霧散した。
「あれだけの数を……たった一振りで……」
「いやぁ、どうなるかわかんなかったけど。なんとかなったわ。んで、そっちはどう?」
「あと少しよ……この文字に魔力が行き届けば……」
「……っ!! エクロっ!!」
「え? きゃっ!!」
 ベルーガは何かを察し、魔力を注いでいるエクローシアを抱えるとその場から緊急退避した。怒鳴るエクローシアをベルーガは首でさっきいた場所を示すと、エクローシアは言葉を失くし呆然としていた。
「そんな……あと一歩遅かったら」
「ぺっちゃんこになってたねぇ。いやぁ、あたいの勘もたまには役に立つねぇ」
「い……一体何が起きたというのよ」
「……おでましかい。手配書に書かれた魔物さん」
「グルルルル……」
 毛を逆立てこちらに対し、敵対心をむき出しにしている剛毛に覆われた魔物─バーサークイエティ。普段は雪山などに生息しているのだが、どういうわけかあちこちで出没するようになっていた。
「こんな奴、あたいにかかればすぐに終わるって」
「ちょっと。いい加減放しなさいよ」
「あ、わりぃわりぃ」
「まったく……」
 ベルーガに下され、エクローシアも戦闘態勢に入り布に魔力を込めた。まるで自我を持ったかのように動く布を操り、エクローシアがバーサークイエティに向かって指を向けると、布は指をさされた方へと向かった。しかし、バーサークイエティはそれを難なくかわすと代わりにエクローシアに向かって岩石を投げてきた。
「こんなもの……弾いて……」
 
 バァン

 弾き返そうとした岩石が突然爆発し、岩の雨がエクローシアの頭上に降り注いだ。目の前に岩石が迫るのをただじっと見つめているエクローシアに、突然何か大きな力がぶつかり吹っ飛ばされた。
「きゃっ……」
「エクロ。大丈夫かい」
 ベルーガだった。どうやらベルーガが凄まじい速さで体当たりをし、岩の雨の直撃から守ってくれたようだ。直撃を回避することはできたのだが、エクローシアは他の岩に体の自由を奪われ身動きができないでいた。
「ぬ……布が。岩に挟まって……」
「ちっ。ちょっと厄介だね。でも、あたいにかかれば」
 ベルーガが剣を抜き、バーサークイエティに切りかかると耳をつんざく雄たけびをあげながら絶命した。
「ふう。危なかったねぇ。よっし、岩をどけるからちょっと待ってなねー」
「はぁ……一時はどうなるかと思ったわ」
 まさか布が岩に挟まって攻撃ができないなんて思わなかったエクローシアは、ベルーガがいてくれてよかったと口にはしなかったが、心の中で感謝の意を伝えた。ベルーガの力を借りて体を起こし、埃を払い終えるとエクローシアは「あっ」と声をあげ、不安定な瓦礫の上を歩いた。
「さっきの石碑!」
 エクローシアが石碑の確認をすると、そこにはすでに粉々に砕け散り修復は不可能の状態で岩ころがあっただけだった。
「あぁ……あと少しだったのに……」
「あぁ、壊れちまったのかい。まぁ、仕方ないか」
「あと少し……私に魔力を注ぐ速さがあれば……」
「エクロ?」
「あぁ……」
 魔物が出たことによる緊張もあり、魔力を注ぎきることができなかったことにショックを受けているエクローシアに、ベルーガは頭をぽりぽり掻きながら口を開いた。
「まぁ、無事だったんだし。よかったじゃん」
「……かもしれないけれど……あぁ」
「……エクロって、完璧主義なのかい?」
「……っ!」
「いやさ、一緒に歩いてて思っただけさ。なかなかすべてを完璧にこなすことって難しいからさ。できなかったらできなかったって片づけることも大事さ」
「……なにを……」
「えっと、つまり。そんなに肩に力入れなくてもいいってことさ」
「え……」
「きっとエクロって頑張り屋で完璧主義で……ちょっとしたことも見逃すこともできないのかなって。だけど、それだとエクロが疲れちまうって。だからさ、もう少しゆったり構えてもいいんじゃいかって……あたいが言えることじゃないけどさ……あはは」
 そのとき、エクローシアの中にあった何かに小さなひびが入り、ほろほろと崩れていくような感覚を感じた後、エクローシアの瞳から一筋の滴が伝った。
「あ……あら。おかしいわね。悲しくないのに……なんで……」
「ま、そんなときもあるさ。ほかのやつらが出てくる前にここから避難しておこう」
「……ええ。そうね」
 崩れた足場を慎重に歩きながら、二人はその場を後にした。無事にエクローシアと出会った場所まで戻ると、ベルーガは手配書をひらひらさせながら「協力してくれて助かったよ」と言い、自分の世界へと帰っていった。それを見送ったエクローシアの心はどこか寂しさを感じていた。
「……何なのよ。ベルーガ」

「そんなこともあったわね」
 過去にあったことを思い返したエクローシアは、含み笑いをしながら頬杖をついた。今までに会ったことのないタイプの人物に戸惑いを感じたものの、協力して魔物を退治することができたのはいい思い出だ。そしてそんな彼女がいないことにほんの少し寂しさを感じたエクローシアは誰もいないことをいいことに、思わず愚痴を零した。
「ベルーガ……一体いつ来るのよ。まったく……」
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