完熟ブドウのタルトレット

文字数 2,651文字

 様々な出来事が重なったが、グラウンドではそれを払拭するかのような熱狂に包まれていた。保護者が加わっての玉入れ(審議の結果、反則と判断しその選手は失格)、二人の呼吸が問われる二人三脚など誰もが参加できる競技で飛び入り参加の生徒も現れたほどだ。参加した生徒の顔はどれも輝いていて、校長の頬は緩みっぱなしだった。

 すべての競技が終了し、全校生徒はグラウンドに集まり校長の言葉を待っていた。全てを出し尽くして満足している者や、ぐったりしている者、仲を深めた者など様々だがどの顔も共通して見えるのは、「満たされた」というものだった。
 時間になり、校長はマイクに向かってまずは生徒たちに労いの言葉をかける。その後、体育祭で感じたことや思ったことを今後の学生生活で活かすようにと締め、体育祭は無事に終わりを告げた。体育祭実行委員の指揮の下、生徒全員でグラウンドの整備やテントの撤収などを行い最後にゴミが落ちていないかの点検を済ませてから生徒たちは各教室へ戻っていった。簡単なホームルームを行ったあと、生徒たちは帰宅し明日からはまた学生生活へと戻る。
 さっきまで賑やかだったグラウンドを見つめる校長は、既に来年の体育祭はどのような演目にしようかと考えており、一つ思い浮かべば笑い二つ思い浮かべば自分に満足して頷いたりと忙しい様子。誰も見ていないということを理由に、校長は好き勝手に想像し好き勝手にはしゃいでその様はまるで子供のようだった。そんなはしゃいでいる校長を正気に戻したのが、少し冷たく感じた風だった。小さく体を震わせた校長は名残惜しそうにグラウンドを後にし、校長室へと走っていった。

「おや。来たかい。さぁ、もう誰もいないんだ。打ち明けちまいな」
 誰もいない教室に、古典担当の静音とさっき借り物競争で悩みがあるという生徒だけが沈みかけの夕日に照らされている。生徒は少しもじもじとしながら口を開いた。
「なんだい……恋の悩みかい。言ってごらん」
 静音は生徒が言うことに耳を傾け、時々相槌を打ったりと真剣に悩みを解決しようという気持ちで溢れていた。生徒も段々自分の気持ちを自分の言葉で言うことができたころ、その生徒の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「それがあんたの心の答えさ。あとは、あんたが行動するかどうか……だね」
 口にすることで気持ちの整理はできた……しかし、行動となるとまた話は別かもしれないという生徒に静音は薄く笑った。
「そこまで自分の気持ちに気が付いているのなら、答えは簡単さ。それとも、あんたの思いっていうのは、そこで諦めがつくようなものだったのかい?」
 優しくも厳しい言葉が生徒を打つ。静音は泣き始めた生徒を敢えて慰めようとはせず、ただ静観していた。自分の思いは他人が言うものではないと誰かから教わったような記憶があるが……はて、それは誰だったかねぇ。静音は自分がおかしくて笑いそうなのを堪え、生徒が気持ちを吐き出すまで待っていた。
 落ち着きを取り戻した生徒は、今度その人に手紙を書いてみますと答えると静音は満足そうに微笑んで生徒の背中を優しく擦った。
「よく言ったじゃないか。あんたのその思い、ホンモノだよ。大事にしな」
 頷く生徒を元気づけるかのように、背中を強めに叩く。生徒は驚くも叩かれた後からくるじんわりとした痛みに改めて手紙を書くことを決心した。最後にしっかりやりなと静音から激励の言葉を受け取った生徒の目には、一切の迷いはなく思いを伝えようとする気持ちで溢れていた。
(なんだい。やればできるじゃないか。若いからこそなのかもしれないねぇ)
 早速、思い人に手紙を書いている生徒を見た静音は書き終えるまでここにいるのは違うと判断し、教室から静かに出ていった。誰もいない廊下に響くのは、静音の歩く音なのか静音の背後に突如現れた煙竜の吐息なのか……。それは静音本人にしかわからない。

 後日、手紙を完成させた生徒はその人の靴箱にそっと忍ばせると何とも言えないムズムズ感に震えていた。手紙の最後には指定した場所にきてくださいときちんと書いたから、この手紙を読んだらきっと来てくれる……そう信じて今日の放課後を心待ちにするのであった。
 そんな生徒がいるとはつゆ知らず、下駄箱を開ける一人の生徒─デネヴ。さらさらの黄金色の髪に少し尖った耳。すらりとした体躯に低くも優しい声で女性のみならず男性にも話す様は、面倒見のいい先輩だともっぱらの噂。そんなデネヴの上履きの上にそっと置かれた一通の封筒。表を見ても裏を返しても差出人は書いてはいない……ふむと小さく唸りながら封を切ると中から可愛らしい便箋に達筆の文字が走っていた。
「ラブレターとは……随分とシャイな真似をするんだな。待っていろよ……お嬢さん」
 肩に止まる小さな竜─アルとビレオは不思議そうに手紙を覗き込んでいた。二匹の竜はちいちいと鳴きながら校舎の天井を気持ちよく泳ぐのを、デネヴははしゃぎすぎるなよと小さく制した。
 授業が終わり、デネヴは手紙に書いてあった場所へ向かう。確かここだなと目的地周辺に到着すると、そこには部分的に見える赤い服を着た人物を発見。手紙にも「赤い服を着て待っています」と書かれていたので間違いないと思ったデネヴはそっと近づき声をかける。
「お待たせお嬢……さん。あれ……もしかして差出人は……君……なのかい……??」
「二年F組のガルガンチュアでっすぅ! 先輩の漢気に惚れたっすぅぅうっ!」
「っ!!!!!!」
 確かに赤い服を着ていた。しかし、それはオセロニア学園アメフト部のユニフォームだった。そしてその場にいたのはアメフト部に所属しているガルガンチュアと名乗る男子生徒。読んで字の如く岩石のような巨躯で頬はうっすらと桃色を帯びていた。
(こ……これは……まさか……何やらまずいな……)
 女の子からの誘いかと思ってきたのだが……まさかの展開に身の危険を感じたデネヴはゆっくりと……ゆっくりと後ずさりをしながらその場から去ろうとするがガルガンチュアもゆっくり、ゆっくりと近づいてくる。
 先に動いたのはデネヴだった。全速力で校舎裏を駆けるがそれを巨躯が追いかける。
「せんっぱぁあぁぁい!」
「勘弁してくれっ! そっちは専門外なんだ!!」
 全力疾走をするデネヴにそれを追いかける巨躯。更にそれを職員室から見ている一人の教師。おやおやといいながらその顔はどこか嬉しそうだった。
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