蒸したて! ふかふかこし餡饅頭

文字数 2,950文字

「たのも~」
 間延びした声が道場の門の前に響いた。チャイナ服を着た山羊族の少女─ユエファは小さな拳で扉をごんごんと叩くが、それでも応答がなく困り果てていた。しばらく考えた末、導き出した答えは全力で突進し扉をぶち破るに至った。
「どーん!!」
 ガラスが割れる音も何のその、ユエファは衣服についた破片をぱっぱと払うと中で稽古をしていた門下生を見つけてにやりとする。
「なぁんだ。中にいるんじゃぁん。ねぇねぇ、わたしと組手をしてくれないかな?」
 見た目は十歳中頃だろうか。幼い喋り口調と体格で近くにいた門下生に稽古をつけてくれとお願いをするも、ごめんそれどころじゃないと断られてしまう。それでもめげずに次から次へと尋ねていくも相手にされず、ぷくっと頬を膨らませているところにユエファと何倍もの対格差のある大男が現れがははと笑った。
「おうおう。おちびちゃん。ここはお子ちゃまがくるようなところじゃないぜ。とっとと帰んな」
「あらぁ。わたしのこと見た目で判断しちゃった? まぁ、実際こんなんだから仕方ないんだけどねぇ」
「お前は片手で十分だ。ほら、俺様が稽古つけてやる。有難いと思え」
「それは嬉しいね。ほんじゃ、遠慮なくぅ」
 ユエファは緩く構え、相手の出方を窺った。すると大男はのっしのっしと歩み寄り腕を横に薙いだ。その攻撃をユエファは細い腕で受け流し、代わりに強烈な一撃をお見舞いした。
「お腹ががら空きだよぉ~。 そぉれぇ!」
「ぐっ! こ……こいつ!!」
「あれ、怒っちゃった?? 短気は損気だよぉ~?」
「うるせぇ!!」
 頭に血が上った大男は両手を突き出し、ユエファに襲い掛かってきた。それをやれやれといった様子で肩を竦めたユエファはしゃがみ込みからの足払いを放つと、大男はバランスを崩し大きな音を立てて倒れた。大男はいったい何が起こったかわからずしばらく呆然としていると、ユエファは満足そうに頷きながら道場を出て行った。その際、ユエファはにたりと笑いながらこう言った。
「山羊族ってみぃんな小さいからねぇ。騙されない方がいいよぉ??」
 鼻歌を歌いながら出ていくユエファを、ただ見送ることしかできない門下生。そして、未だ呆然としている大男のいる道場は、少し前の覇気迫る掛け声はどこへ行ってしまったのかと思うくらいとても静かだった。

 帰宅したユエファはお茶をすすりながら、今日繰り出した技について考えていた。あそこはもう少し構えてからにした方がとか、最後はあれでよかったのかとか……。それでも楽しかったからいっかという結論になり、ユエファは湯呑を置き、また外へと出て行った。軽い足取りで進んでいると、自宅からほんの数分先に見たことのない道場があった。新しくできたものなのだろうか、壁からの塗料の匂いにユエファはそう確信した。
「おぉ……これは楽しそう予感が……! では早速お邪魔しようかねぇ」
 ユエファは半開きになっている道場の扉から大きな声を発すると、中から眠たそうな返事が聞こえた。しばらくして欠伸をしながら長身の男性が現れ、どなたですかとユエファに尋ねた。
「拳法習いに来ましたぁ~!」
「ん? 拳法?? あぁ、体験学習希望かな。悪いけど、今は募集していないんだ」
「えぇ? そうなんですかぁ??」
「ごめんね。代わりと言ってはなんだけど、ちょっとだけ中を覗いてくだけならいいよ」
「おぉ! それは嬉しい! おっじゃましま~す!」
 ぴょんぴょんと跳ねながら道場の中へと入るユエファ。新築特有の匂いにうっとりとしていると、長身の男性は眠気覚ましに双節棍を取り出しぶんぶんと振り回し始めた。本人は軽く振り回しているつもりなのだろうが、振り回しているときの音は空気を切り裂くように鋭く、当たったら痛いではすまないということを物語っていた。本来ならその音を聞いただけで近付きたくないというのだが、ユエファはその音を聞いて長身の男性に近付きぐにゃりとした動きで躱し始めた。
「こんな感じかなぁ~?」
「あ、危ないよ。そこから離れた方がいいよ」
「ぜぇんぜぇん。むしろ楽しいからもっとやって欲しいくらいだよ~?」
 そう言われた長身の男性は少し躊躇しながらも、双節棍を回すスピードを速めた。危険だからと離れてもユエファはぴったりとくっつき危なげながらも全てを躱してく様子に、男性は少しずつ楽しさが芽生え始めた。
「君、なかなか面白い動きをするね」
「そ~? ま、適当に動いてるだけなんだけどねぇ」
「じゃあ……これは避けられるかい?」
 不規則に双節棍を動かし、わざと避けにくくしてもそれを難なく躱していくユエファに男性は驚きの声を漏らした。
「すごいねぇ。もし、君がよかったら……手合わせお願いできるかな。今度はちょっとだけ本気になるかもしれないけど……」
「おお! 嬉しい~! そんじゃ、お願いしまぁ~す!」
 長身の男性が双節棍を振り回しながら接近し、それをユエファはひらりと避ける。男性も避ける場所を予測しそこへ双節棍を動かして捉えたと思っていたのだが、ユエファは今度もそれを避け代わりに強烈な蹴りを腹に叩き込んだ。
「うっ! 油断したなぁ。でも、今度はそうはいかない」
「まぁまぁ。てきとーにやってみるのもいいんじゃない??」
 今度はユエファが先に動き、足払いをする……と見せかけて回転した反動を利用し両手で床を押して両足で男性に蹴りを放つ。真正面から受けた男性はのけ反り、一歩二歩後ずさるとユエファは間髪おかずに裏拳を叩き込んだ。小柄な体からは想像もできない速く重い一撃に、男性は思わず膝をついた。
「ま……参った。ここまで強いとは思わなかったよ……ぼくの負けだ」
「あれ。これからだったのになぁ。ま、いっか」
「ははは。これ以上はぼくが倒れちゃう。それだと困るからね。無理言って付き合わせてしまってごめんね」
「ううん。楽しかったから全然おっけ~! また稽古してくれると嬉しいんだけどなぁ~?」
「あはは。その時は考えるよ」
「諦めないよ~? だって、わたしの家、すぐそこだし。明日も来ちゃうかもしれないよ~?」
「そうなのかい? それは困ったなぁ」
「あはは。じょーだん。でも、また来るかもしれないっていうのは、ほんとだから」
「そうかい。それまでにぼくもまた体を動かしておかないとな」
「寝起きだったっぽいもんねぇ。次はもっと本気でお願いしますねぇ~」
 ユエファはぐふふと笑い、長身の男性に別れを告げ自宅へと帰った。それから何度も道場へと通っているうちに、その長身の男性よりも強くなってしまったため、ユエファは物足りなさを感じてしまった。どうしようかと悩み、お茶をすすっていると頭に電気のようなものが走った。湯呑を置き、こうしちゃいられないと言いながら適当に荷物をまとめてものの数分。強い人物へと出会う旅を始めた。それまで自宅はしっかりと施錠し、次にここへ帰ってくるときはなんだろうなと思いながら風の導くまま足を動かした。
「ま、てきとーに生きるのも悪くないよ。もっと緩く考えてもいいかもねぇ」
 ユエファは自分の持ち味であるのんびりした気分を利用し、どこかで強者と出会えることを楽しみに故郷を離れた。ユエファの楽し気な鼻歌は新緑眩しい木々の間に吸い込まれ、消えていった。
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