番いうさぎのふんわり饅頭【神】

文字数 5,000文字

「確か……この辺りだったような……」
 白銀の髪の少年─エンデガは記憶を頼りに足を動かしていた。少し動いては辺りを見渡し、また歩いては見渡しを繰り返し、見覚えのある景色を見つける度に胸を撫でおろしていた。
「よかった。間違ってなさそうだ」
 以前、ここに来たときはエンデガは道に倒れていたのをとある二人に助けられた。大きな山小屋の中には二人が仕留めた獣の皮やコレクションで溢れていたのを今でも覚えている。コレクションもそうだが、何より二人が仕留めた自然の恵みの味が印象的だった。香ばしくもどこか独特の風味が口いっぱいに広がり、今までに食べたことのない味に心が満たされたのを覚えている。大きな暖炉や木の温もりを感じるテーブルやイス、そのほかエンデガが体を休ませていたベッドまでが全て手作りだったのを思うと、あの二人は相当手馴れている様子だったと思い返していると、エンデガはふと足を止めた。目の前には記憶の中にあったあの家と寸分違わない家が建っていた。中にいるのか賑やかな話し声が聞こえてきていて、エンデガはすっと息を吸い込んだ。
(帰ってきたんだ。ぼくの

のもとに)
 ふうと息を吐き、家の扉をこんこんと叩きながら扉を引き、顔を出した。
「こんにちは」
「あんれ? 誰か来たべ。オキクルミ、ちょっと見てきてほしいべ」
「あいよ。はーい、今出ま……あああああっ!!」
 出迎えてくれたのは真っ白な雪を思わせる白い髪に民族の衣装を身に纏った少年─オキクルミだった。手が濡れていたのか、服の袖で手を拭きながら現れたオキクルミはエンデガの顔を見るや大きな声を挙げた。そして嬉しそうにスキップしながらエンデガに中に入るよう手招きし挨拶の抱擁を交わした。
「ひさしぶり」
「え……エンデガ。エンデガだよな。久しぶりじゃねぇか! 元気にしてたか?」
「もちろん。オキクルミも元気そうだね」
「おう! おれは元気だけが取り柄だからな。あ、中でキムンカムイもいるから入ってくれ」
「お邪魔しても……いいかな」
「もちろんだ! 遠慮しないで入ってくれ」
「ありがとう。お邪魔します」
 久しぶりの再会に嬉しくなったオキクルミは、声を弾ませながら中で調理をしているキムンカムイに友達の訪問を伝えた。
「友達? 誰だべ?」
 調理の手を止め、エプロンの袖で手を拭きながらキッチンから顔を出したキムンカムイは見覚えのある顔を見るや、エンデガに向かって直進した。
「え……エンデガだべ? エンデガだべな?! なぁ?!」
「そうだよ。久しぶりだね」
「え……エンデガぁあ……うわあぁあ。また会えて嬉しいべぇ! あぁああぁ!」
 キムンカムイは感極まり、エンデガの抱きつきながら号泣しはじめた。それをエンデガは慣れない手つきでキムンカムイの頭をそっと撫でた。エンデガは「そんなに泣かなくても」と言ってみるも、キムンカムイは首を横に激しく振り「泣くべさー」といい、更に声をあげて泣いてしまった。こうなってはしばらく落ち着くまでそっとするしかなさそうだと判断したエンデガは、キムンカムイが落ち着くまで背中を優しくさすり続けた。

「ごめんだべ。まさかエンデガが来てくれるだなんて思ってなかったから……」
「ああ。ごめん」
「謝ることねぇだろ。こうして会いに来てくれたんだから。な?」
「……うん」
「それにしてもエンデガ……」
「ん? どうかした?」
「なんか……いいことあったのか?」
「? 特にないけど」
「そうか? なんかこう……肩の荷が下りたというかすっきりしたというか……そんな感じがするんだ」
「ああ……そのことなんだけど」
 オキクルミから言われて初めて気が付いた。以前、ここに運ばれたときのエンデガはこの付近で気絶をしていて、オキクルミたちのお世話になっていた。そこでのエンデガはどこかトゲトゲしく、あまり触れてほしくないというような雰囲気を出していた。それは、エンデガがかつて経験したことに由来していた。
 ─時空操術。その秘術を得たものは時の流れを変えることができてしまうという。エンデガは失ってしまった家族を救うため、必死になりその秘術を習得し展開したのだが……。そこで待っていたのは

という事実だった。何度も何度も時空操術を展開するも、そこから先には戻すことができずエンデガは絶望した。
 それからというもの、エンデガは何か気に食わないことがあると時を戻しなかったことにしていた。それを繰り返す度に努力をしても無駄だということを感じ、虚無しかない日常にうんざりしていた。そこで意識が途切れ、目が覚めるとオキクルミとキムンカムイの住む家で目を覚まし、ごちそうなったという経緯だ。そこでエンデガはあまり触れてほしくないという雰囲気を出しつつ、二人の質問に答えていった。次第に苛立ちが募ったエンデガは当時吹雪いている外へと出ていこうとした。それをオキクルミが必死に説得をし、エンデガを落ち着かせようとした。そのとき、オキクルミは努力をしないで後悔はしたくないと発したのを機にエンデガは少しだけ前を向いた。前を向いたとき、都合悪く現れた氷竜ユルルングル。邪魔な存在は出会う前に戻そうとしたのをオキクルミが止め、立ち向かうことにした。途中、キムンカムイのサポートもありみんなの力を合わせてユルルングルを退けることができ、エンデガは少しだけ自分の気持ちに向き合うことができた。
 オキクルミたちと別れてからしばらくして、あの光る鳥に出会い更に自分と向き合い受け入れることができた。それにより、エンデガの中に眠っていた力が目を覚まし、更なる力を得ることができた。こうして過去の自分に向き合えたのは、今ここにいる二人のおかげだと思ったエンデガは、どうしても挨拶をしたいと思い足を運んだと結んだ。
「そう……だったのか。なんか、落ち着いた雰囲気だったから少し驚いたけど、エンデガはエンデガなんだよな」
「なんか丸くなったべな。それに話してくれている間、エンデガはずっと笑顔だったべ」
「そ……そうかな?」
 全く気にしていなかったのだが、キムンカムイにそう言われ急に恥ずかしくなったエンデガは頬に手を当てた。
「こうしちゃいられねぇべ! オキクルミ! 追加で食材狩ってくるべさ!」
「おう! 今だったらアペフチカムイもいるかもしれねぇし、手伝ってくれるかもな」
「そんじゃ、いくべ! あ、エンデガは悪いけどここでお留守番してて欲しいべさ。すぐに戻るから心配いらないべ」
 そういうや否や、二人は狩りの道具を持って颯爽と出かけて行った。

「……行っちゃった」
 用意されたお茶をすすりながらエンデガは呟いた。少し顔を出すだけのつもりだったが、そうもういかなくなってしまいエンデガは言われるがまま留守番をすることにした。ポットに入ったお茶が少し温くなりかけたとき、玄関の扉から音がした。もしかして二人が帰ってきたのかと思ったエンデガは何も気にすることなく扉を開けると、そこには見慣れない女性が立っていた。
「おや、見かけない顔だね。二人は?」
「あ……えっと……」
「そういえば君の名前を聞いてなかったね。名前は?」
「あ……その」
「あ、ごめん。あたしから名乗らないとね。あたしはアペフチカムイさ。狩りすぎちゃったからおすそ分けしに来たんだけど……」
「ふ……二人なら狩りをしていると思います。それと、ぼくはエンデガといいます」
「あ、そうなんだ。それなら待たせてもらおうかな。よろしくね、エンデガ」
 こうして活気溢れる女性─アペフチカムイとしばらく会話をしながら二人を待っていると、玄関の扉が少し荒っぽく開かれ疲弊の声が続いた。
「ひゃ~、まさか落とし穴にはまるとは思わなかったべ……」
「なんとか助かったな……あ、アペフチカムイ。来てたのか」
「おかえり~。お邪魔させてもらってるよ。それに、エンデガから話は聞いてるよ」
 すっかり寛いでいるアペフチカムイをちらりと見た二人は、さっそくキッチンに立ち仕留めたばかりの自然の恵みを捌き始めた。二人は慣れた手つきで捌いてくと、アペフチカムイがすっと立ちキッチンへと入っていった。
「仕上げは、あたしに任せな!」
 どこから取り出したか、アペフチカムイは炎を操り自然の恵みを調理し始めた。短時間で調理を済ませ、テーブルの上には乗りきらないくらいのごちそうがずらりと並んだ。
「ささ、冷めないうちに食べるべ!」
「エンデガが帰ってきてくれたお祝いも兼ねて」
「「「乾杯っ」」」
「か……乾杯」
 周りに圧されながらもエンデガもカップを高く掲げた。真っ赤なベリーをたくさん使ったドリンクはエンデガの喉を優しく潤し、気持ちまで解していった。ごちそうに手を伸ばすと、早くもオキクルミとキムンカムイの争奪戦が始まり、その様子をアペフチカムイは楽しそうに笑ってみていた。エンデガもそのやりとりがなんだか温かく感じ、アペフチカムイと一緒に笑っていた。途中、オキクルミの歌やキムンカムイの踊り、アペフチカムイの炎を使った踊りが行われ終始賑やかな夜が過ぎていった。

 楽しい時間はあっという間に過ぎ、外はすでに太陽が昇っていた。目を覚ましたエンデガは身支度を済ませ外に出ると、そこには笑顔の三人が立っていた。
「おはようエンデガ」
「何も言わないで行こうだなんて、そうはいかねぇからな」
「昨日はぐっすり眠れたかい?」
「みんな……」
 まさか見送ってくれるだなんて思っていなかったエンデガは、呆気に取られているとキムンカムイから小さな包みを受け取った。
「お腹空いたら食べるべ。噛めば噛むほど柔らかくなるから、じっくり食べられる保存食だべ」
 それは手作りの非常食だった。携帯に便利な小さな包みである上に長期間保存もきくという、いいことばかりが詰まった物だった。
「おれからは……これだ」
 オキクルミは獣の牙で作られたペンダントをエンデガに手渡した。オキクルミ曰く魔除けの効果があるとのこと。それを早速自分の首からさげると、オキクルミは満足そうに笑った。
「最後はあたし。これをどうぞ」
 アペフチカムイからは丁寧に編まれた布だった。適度の長さのその布は首に巻き付けるもよし、寝るときに使ってもよしと汎用性が非常に高いものだった。
「あたしもね、エンデガが無事でありますようにっていーっぱい思いを込めて織ったんだ。大切にしてくれると嬉しいな」
「みんな……どうもありがとう。でも、ぼくは何もあげるものがない」
 エンデガが嬉しくも悔しそうな顔をすると、三人は小さく首を横に振った。
「おれたちはエンデガからいーっぱい貰ってるぜ」
「うんうん」
「そうだよ。逆にあたしたちのは足りないくらいだね」
 エンデガが首を傾げていると、三人は顔を見合わせにっと笑った。
「時間を共有できた。それだけで嬉しいよ」
「エンデガから来てくれて嬉しかったし、変わったエンデガを見れて嬉しかったべ」
「またいつでもおいでね。いつでも歓迎するからさ」
「みんな……ありがとう」
 昔の自分だったらあまりの恥ずかしさに時を戻してしまうかもしれない。だけど、今の自分ならこの時間は二度とこないとわかっているから。大事にできる。噛みしめることができる。つくづく時を戻そうとした自分が情けないと思ってしまう。なんで時を戻そうという行為ばかりに走ったのか……昔の自分を叱りつけてやりたいと思ったが、それはできない。できないかわりに、今を大事に進んでいく。それだけだ。
「それじゃあ……」
「おっと。さよならは言うなよ」
「んだ。それは言わないべ」
「そうよね。ここは……あれしかないわよね」
 三人が悪戯っぽく笑いながらエンデガを見る。その顔を見たエンデガはしばらく考え、思い浮かんだのかふっと笑い微笑んだ。
「そうだね。


「「「いってらっしゃい! 気を付けて」」」
 挨拶をしに来ただけだというのに、この満足感はなんだろう。その答えを知っていながらエンデガは口にすることなく、胸の奥にそっとしまった。本当は言いたくて仕方がないくらいに胸がむずむずしているが、敢えて言わなかった。

 だって

 言ってしまったら、きっと名残惜しくなってしまうから。そうならない為にも、口にしないよう前を向いて歩いていく。遠くなっていく三人の声が聞こえなくなるまで、そう時間はかからなかった。
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