じんわり甘いミルク餅【神】

文字数 3,208文字

 新年を下界で迎えたい。そんなわがままが通るのかと心配していたが、あっさりと通ってしまったことに、未だ信じられないといった表情の天使がいた。変わった十字架のついた帽子を被り、カスタードクリームのような髪に透き通るような白い肌。スカイブルーの瞳はまるで本物の空と勘違いしてしまいそうな程、澄み切っていた。名前はアシュナリー。すべての人の未来を守りたいという信念を抱くとても心優しい天使である。普段は教会などで訪れた人々に慈愛の言葉を贈ったり、一緒にお祈りをしたりと、まるでシスターといわんばかりの活動を行っている。
 そんなアシュナリーだが、いつもなら天界で人間たちの様子を窺っているのだが、今年はそうではなく実際に人間界で過ごしてみるのも経験になるだろうと思い、上司に掛け合った結果すんなりと通ってしまった。もしかしたら断られるのではと心配していたアシュナリーだが、まさかの二つ返事で許可が下りきょとんとした様子で立ち尽くしていた。
「まさか……本当に人間界に来れるとは思っていませんでした」
 アシュナリーの隣で色々とお世話をしてくれる、あまり表情を表に出さない陶器色の使徒─アドヴェンター。言葉は発さずとも、アシュナリーにはなんとなく言いたいことがわかるなくてはならない存在である。これは上司の天使がアシュナリーが使命を果たせるように授かった力で、これまでも数々の天使はもちろん、人間をも救いその成果は上司も唸るほど。
 人間界の文化にも親しみたいという強い思いを上司にぶつけ、その思いが通った今。アシュナリーの暮らしている家の周りでは色々と準備を進めている人たちで溢れていた。おずおずと聞いてみると、どうやら人間界では新しい年になる準備をしているという。新しい神様を迎え、心新たに過ごすと隣に住んでいる女性から教えてもらったアシュナリーは、さっそくそれに倣おうとアドヴェンターたちと協力し新年を迎える準備を始めた。

 あちこちで買い物を済ませ、お正月という特別な日に食べる料理を作りいつでも新年を迎える準備ができたアシュナリー。ふと部屋にあった姿見の鏡を見て、何かが足りないと感じたのかアシュナリーはさっき隣の人からいただいたものを思い出し、押し入れを開けた。白色の箱を押し入れから出し、開けると今までアシュナリーが見たことのない衣装が入っていた。
「わぁ……素敵です」
 確か隣の人は「ふりそで」って言ってたかしらとアシュナリーは首を傾げると、アドヴェンターは小さく頷いた。合っていたことに喜ぶアシュナリーだが、着方がわからなくて苦戦をしていると、部屋の中にいつの間にか隣に住む女性が入ってきていた。事情はアドヴェンターが簡単に伝えてくれていたようで、把握した女性は「任せなさい!」とばかりに腕まくりをし、アシュナリーを着付けていった。ものの数分で着付けが終わると、女性は「おなかはきつくないかい?」と聞くとアシュナリーは「ちょうどよいです」と答え満足そうに笑った。色鮮やかな着物にアシュナリー、そしてアドヴェンターはすっかり魅了されしばらく何も言わずに振袖姿を楽しんでいると、着付けをしてくれた女性が「ちょっと待っててね」と言い、アシュナリーの住居から出ていき数分後に何かを持って戻ってきた。
「新年の遊びでね、かるたっていうのがあるんだ。みんなで遊べばきっと楽しいよ。簡単に遊び方を説明しておくね」
 そういうと女性は簡単にかるたの遊び方を説明した。一人は読み札と呼ばれる札を読み、ほかの人は取り札と呼ばれるイラストが描かれた札を探して取る。一番枚数の多い人の勝ちというものだと説明をすると、アシュナリーとアドヴェンターたちは顔を合わせ「楽しそう」とばかりに顔を輝かせた。女性も一緒に誘うとしたが、女性は「鍋に火をかけたままだからこのまま失礼するよ」と言い、にんまりと笑いながら出て行った。残ったアシュナリーとアドヴェンターたちは、ルールを忘れないうちにさっそく遊んでみることにした。

「……」
「はいっ!」
「……」
「ほっ! なんとなくコツが掴めてきました!」
 アドヴェンターの一人が札を読み、アシュナリーが取る。かれこれ一時間くらいなのだが、アシュナリーは読み札がもう頭に入っているのか、最初の音を聞いた瞬間にすでに体が取り札へと動いていた。
「反射神経も大事な遊びのようですね」
 アシュナリーの隣には山のように積まれた取り札があり、にこにこのアシュナリーの元に一枚の羽根が舞い降りた。
「これはこれは。楽しそうですね」
「……ファヌエル様!?」
 アシュナリーの住まいにやってきたのは、天界の審判者─ファヌエル。生けるものに試練を与え、その試練を乗り越えた者に大いなる祝福を与える天使の中でもかなり上位にあたる。そんなファヌエルがなぜここに……という疑問はすぐにわかった。
「アシュナリー。その「かるた」で我々と勝負致しましょう」
「し……勝負ですか??」
 いきなり申し込まれたかるた勝負。アシュナリーとアドヴェンターたちは驚愕の顔をしていると、ファヌエルの背後から目元を黄金色のマスクで隠した通称エスペランサーズが現れた。しかし、ここでアシュナリーは疑問に感じ、すぐさまファヌエルに問うた。
「すみません。わたしたちは三人なのですが、そちらはファヌエル様を含めると四人です。これでは……その……フェアではありません」
 ファヌエルは「そのご指摘はごもっともです」と頷いてから、アシュナリーに提案をした。
「ここで一つ提案です。二対二での勝負です。それも、お互いの使徒だけです」
「それならば、ファヌエル様が読み手でエスペランサーズ様三人対わたしたちはどうでしょう」
「ほう……それは面白いですね。では、そのルールで対戦です」
 かくして、高位天使とその使徒とのかるた対戦が幕を開けた。アシュナリーは腕まくりをし、袖が邪魔にならないように紐で結わうと本気モードで取り札とにらめっこを始めた。ファヌエルは読み札を丁寧に混ぜ、整えて自分の目の前で準備をすると軽く咳払いをした後「では、参ります」と言い、場を鎮めた。

─ はやすぎる 手駒圧迫 エンデガヴァイセ

「はいっ!」

─ 終盤戦 まさかの絶望 手駒ロック

「とりました!」

─ さぁバトル いきなり手駒が すべてS

「はいっ!」

─ 超デバフ お願い来ないで 鼓舞スキル

「やりましたぁ!」

─ これで勝つ! 信じた一手 ミリ残し

「はいっ!」

─ これでどう 仕掛けた罠駒 貫かれ

「やったぁ!」

 互角の戦いが進んでいき、最後の一枚が取られ場には何も残っていない状態となり集計を始めた一同。取り札を整え終え、数を発表すると……。
「なんと……」
「同点……ですか」
 取り札がきれいに半分という結果だった。これにはアシュナリーやアドヴェンター、ファヌエルやエスペランサーズも驚きを隠せなかった。
「決着は着きませんでしたか……」
「これもまた結果の一つ……なのですね」
 いまいち消化しきれなかったのか、アシュナリーは少し悔しそうな顔をまま下を向いているとアシュナリーの頭にふわりとした風が舞った。
「今回は引き分けでしたが、次は負けません」
「わたしも……負けませんっ!」
「……とても有意義な時間をありがとう。また対戦しましょう」
 ファヌエルはそういうと、背中の羽を広げエスペランサーズを引き連れ空へと飛翔した。残されたアシュナリーとアドヴェンターたちはファヌエルの残した羽を見つめながら、小さく頷いた。
「アドヴェンター。わたし、もっと強くなりたい! 力を貸してくれませんか?」
 アシュナリーの言葉に「もちろん」とばかりに応えると、アシュナリーは取り札をかき集め場に広げていった。そして、アドヴェンターも読み札を整え終えるとアシュナリーは元気よくこう言った。
「お願いします!」
 この日、アシュナリーの元気な声が止むことはなかった。
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