とろりまったり♪濃厚グリーンティー【竜】

文字数 2,320文字

 晴天が続く日和。風に吹かれるだけで、こんなにも気持ちが跳ねるだなんてことがあるのだろうか。それは新しい季節がやってきたからだろうかそれとも……。
 大きな桜並木がある土手では、たくさんの人が新しい季節の訪れを楽しんでいた。仲の良い友達と一緒に体を動かしている人や、読書を楽しんでいる人。あちこちで桜を見ながら談笑している人たちなど様々で、その光景を見ただけで春の訪れを実感できる。
 そんな春の陽気に誘われた竜の演奏家─トゥアン。独弦琴(どくげんきん)という、弦が一本しかない琴を演奏する彼女。定期的に彼女の演奏会が開かれるのだが、その演奏会での光景はみんな眠ってしまうということだ。というのも、トゥアンが奏でる独弦琴には聴いた者を睡眠状態に導くという呪いがかけられている。見た目も美しく、手に馴染んできているのもあってか手放すのも勿体ないと感じているトゥアンは、事前にこのことを断ってから演奏会に臨むようにしている。
 なるべく春の訪れを楽しんでいる人たちから離れた場所で敷物を敷き、独弦琴を広げた。そして、春風を受けながら気持ちの赴くまま、弦を爪弾いた。丸みのある音はどこか異国情緒を思わせる不思議な音色で、これまでたくさんの楽器を目にしてきたトゥアンでもこの音は中々だせないなと思っている。そよそよとそよぐ春風の中で演奏をしていると、どこからか鈴のような音が聞こえたトゥアンは一旦演奏する手を止め、あたりを見回した。すると、同じ竜人が足首に金属のアクセサリーをつけながら楽しそうにステップを踏んでいるのが見えた。風の笑い声、水のひそひそ話、今の自分の気持ちなど自然の音を味方につけた、即興の踊りを踊っていた。
「なんて素敵なステップなのかしら……」
 トゥアンはその華麗なステップに魅入られ、しばらくの間そのステップを見ていると踊っている人の動きがぴたりと止まり、トゥアンと目が合った。一瞬どきりとしたトゥアンだったが、すぐに笑顔でその人物と挨拶をした。
「こんにちは。素敵なステップですね。あ、あたしはトゥアンと申します」
「えへへ。ありがとう。わたしはルイーテっていいます。踊るのが大好きなんです」
 簡単な自己紹介のあと、二人が語らっているとこれまた遠くで柔らかい踊りを踊っている少女がいた。その踊りもどこか異国情緒を感じるゆったりとしていてどこか厳かな雰囲気を醸し出していた。
「あっ、あの子も踊ってる! ねぇ、声かけてこよっか」
「え……ちょっ……ちょっと!」
 トゥアンの制止も聞かずにルイーテはスキップをするかのようにその少女のもとへと向かうと、その少女は恥ずかしそうに顔を扇で隠しながら何やら話をしていた。やがて話がついたのか、ルイーテとその少女は手をつないでこちらへとやってきた。
「えへへぇ。さほ姫ちゃんっていうんだって」
「あ……あの……さほ姫と申します……」
「あたしはトゥアンと申します。ごめんなさいね。いきなり声をかけてしまったようで」
「い……いえ。あまり声をかけらたことがなくて……ちょっとだけびっくりしましたけど、平気です」
 緊張しているさほ姫も、二人と会話を重ねていくことにより、徐々に笑顔が戻り最後は声に出して笑うまでになった。その笑顔を見たルイーテは何かを閃いたらしく、トゥアンに「ねぇトゥアン。お願いがあるんだけど」と話を切り出した。
「どうしたの? そんなに目をきらきらさせて」
「えへへ。そう見える? あのね、わたしトゥアンの演奏を聴きながら踊ってみたいな」
「え……? あたしの?」
「うん! なんか今までとは違ったステップが踏めそうな気がするの♪」
「え……でも……あたしのこの楽器の音、聴くと眠くなっちゃうんだけど……」
 トゥアンがこの楽器にかけられている呪いのことを簡単に話すと、それでもいいよとばかりにルイーテは首を横に振った。
「そんなの気にしない気にしない♪ 眠たくなるまで踊ってみたいんだ。ね? さほ姫ちゃん」
「え? ああ……ええっと……」
 さほ姫が迷っているのも構わず、ルイーテはさほ姫の手を取りトゥアンの目の前で舞い始めた。まずは目が覚めたばかりの春の草木をイメージしたような舞から、さほ姫の神聖な舞へと続くと今度はその舞で草木たちが一斉に目が覚めたとばかりに、ルイーテが目が覚めた喜びを舞に込めた。
「さ、トゥアン。あなたも一緒に!」
「い……いくわよっ!」
 トゥアンが心を込めて弦を弾くと、踊りに華が添えられたように二人の踊りにも一層華やかになり、次第に三人は無言で息を合わせていた。
(さほ姫ちゃん、いけるかしら?)
(は……はいっ!)
(ここは緩急つけて……盛り上げるわよ!)
 何の打ち合わせもしていない、即興の舞踏会の締めはトゥアンの独弦琴だった。「ぽぉん」という音と共に締められた舞踏会は大成功で、メインで踊っていたルイーテはもちろん、さほ姫もトゥアンも最後は満面の笑顔で成功を分かち合っていた。
「あっははは! 最高だったー! こんなに心も踊れたのなんて久しぶりです!」
「わ……わたしも楽しかったです。うまく踊れるか心配でしたが、ルイーテさんとトゥアンさんのおかげで楽しく踊れました」
「あたしも……こんなに楽しい演奏は一人では味わえませんでした……お二人とも、素敵な踊りを……あれ……おかしいな……眠たく……」
「わ……わたしも……」
「なんだか気持ちよくなってきました……ちょっとだけ……おひるね……すぅ」
 いつもなら眠くならないのに、今日に限ってはトゥアンも琴の音色に誘われて瞼を閉じた。あぁ、またこんなに楽しい演奏ができたらいいなぁと思いながら、心地良い春風に吹かれながらしばし独弦琴の呪いに身を委ねた。
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