瞬時に尖る!バラのシャープナー風ミント【魔】

文字数 2,384文字

 まだ生徒が登校するよりも早く、一人の生徒が花壇の手入れをしていた。秋口になってきたとはいえ、まだ寝苦しい日が続いている最中、その生徒は両腕にしっかりとアームカバーをして花壇の土替え作業に精を出していた。ひとつひとつ丁寧に土を入れ替え、新しい土をふんわりと盛り、そこに色鮮やかな花の球根を静かに置いてから土を被せた。
「よしっ! あとは……っと」
 長い長い金色のツインテールに金色に輝くスコップを持っている姿がとても印象的な生徒─ローゼ。どこかの屋敷の庭師をしていたという噂のあるローゼは、瞬く間に学園内に広まりその姿を見ようと他クラスからの生徒でローゼのクラスの扉が壊れる事態にまで発展したとか。
 そんなことを全く気にする様子もなく、今日もローゼは登校前の土替え作業を終えた。あとは適量の水を撒いて完了というところに、ひとつだけ花壇が余ってしまっていることに気が付いた。だけど、学園から支給された球根はからっぽ。さてどうしたものかと考えていると、ローゼは「あっ」と声を上げ上機嫌になりながら園芸部のロッカーを開けた。そこには小さな紙袋がいくつかあり、そのうちのひとつを掴んで空いている花壇にいそいそと植えた。
「きれいなお花が咲きますように♪」
 こうしてローゼは登校前の活動を終え、簡単な報告書を作成し顧問であるフレイヤ先生に提出した。そういえば、入部の際に提出したはずの入部届がいつの間にか消えていた。確かにフレイヤ先生のデスクに置いたはずなのだが……。まぁ、フレイヤ先生がまとめてどこかに保管しているということだろうと思い、ローゼは職員室を後にした。
 後日。朝の活動報告書を提出する際、偶然フレイヤ先生と鉢合わせをしたローゼは、先日の入部届の件を話した。すると、フレイヤ先生は少し考えてから「ああ」と言い眠そうに答えた。
「出して貰った入部届、この子たちが遊んで丸めてしまったので……また印刷しておかないとですね。あ、安心してください。ローゼさんの入部は確認できているので。はい」
 この子と呼ばれて出てきたのは、白色と黒色の猫だった。その猫たちがおもちゃだと思い、入部届や他の書類などを丸めて遊んでしまったという。デスクの上で楽しそうに遊んでいるこの子達を見ているとなんとも言えない気持ちを抱きながらも、それでも入部を認められている以上は何も言えないローゼは「ありがとうございます」と言うのが精いっぱいだった。入部はできてると何度も自分に言い聞かせ、ローゼは教室へと戻っていった。

 球根を植えてから数日。花壇の手入れをしていると、ふんわり盛られた土から小さく芽を出す姿にローゼは歓喜の声をあげた。これからどんどんと大きくなる姿に胸躍らせながら、ローゼは適量の水をかけた。そしてローゼが部室から持ってきたあの球根もまた、同じように成長をしていた。心なしか、植えた時期は同じなのだがこちらの方が成長速度が早くもうすぐ花が咲きそうなまでになっていた。
「わぁ。この子は

早いわね。あと二日くらいかしらね」
 ローゼはまるで早く育つことを知っていたかのような口ぶりで、経過を観察していた。全部の花壇の様子を確認したローゼは満足気に鼻歌を歌いながら部室へと戻り活動報告書を作成し、いつもの通りフレイヤ先生のデスクに提出した。

 そして、ローゼがあと二日と言ったまさに二日後。学園内でちょっとした騒動が起きた。それは、ローゼが植えた花壇から目に見える程大きな花粉がもわもわと漂っていた。その日、たまたまローゼは寝坊をしてしまい、早朝の手入れには間に合わなかったのだが、学園の門を開けにきた先生に一人が異変に気が付いたらしい。そしてその先生曰く、花壇に近づいたら涙と鼻水は止まらない、のどに痛みを感じるなど不調を訴えていたという。
 そんなことなど知らずにローゼは校門を潜ると、花壇の方にたくさんの人だかりができているのに気が付いた。何かと思い確認をすると、そこには自分が植えた球根(紙袋から取り出した球根)から異常発生している花粉が漂っていた。
「なんだこれは。吸い込んじゃだめです」
「ごほっ。ごほっ。のどが……」
「不調を感じた生徒は至急、保健室へ」
 ばたばたと駆けていく先生、不調を訴え苦しそうにしている生徒たちを見てローゼははっとした。
(まさか……この前の球根!)
 それを確認するため、ローゼは人だかりをかき分け花壇を一目見て声を上げた。間違いなく、それはあの球根を植えた花壇から発生していた。原因がわかったローゼはすぐさま部室からマイスコップを持ち出し、球根が植えられている箇所を的確に狙いすくった。すると、あれだけもわもわとしていた花粉はさっと霧散し消えていった。
「ふぅ……」
 どういう原理かは不明だが、ローゼが手にしたスコップにより事態は収拾した……かのようにも思えたのだが、そこからが大変だった。なんであのような事態になってしまったのかを先生に言われ、ローゼは観念して話した。
 あの球根は独自で配合した薬を使用し、品種改良の球根だと前置いた。そして、そのから稀に生体本能がむき出しになり目に見える花粉を発する場合があるということ。幸い、軽度の痛みで済んだから良かったものの、これでローゼの到着が遅かったら被害は拡大し大変なことになっていたとこっぴどく叱られた。
 以降、ローゼは心を入れ替え学園から支給された球根を心を込めて植え込む作業に集中することにし、余った花壇を見つけても決して自作の球根を植えることはなくなった。その懸命な姿に先生たちも許し、必要な球根や備品があったら言ってほしいとまで信頼回復をすることができた。今は学園の生徒のみならず、来校する保護者からも花壇の評判は高く、ローゼは今まで以上に学園に訪れる多くの来客を目や香りで楽しませようと、日々努力している。
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