すっきりジューシー♪ベリーフレーバー

文字数 2,437文字

 ドキシール。この名前を知らないものはいない程、この辺一帯では有名な調香師。それも

で。先日、新作のアロマキャンドルができたと称し、この村全員分を用意し半ば強引に渡し去っていく。アロマキャンドルが大好きな村の一人が自宅でアロマキャンドルを使用した際に違和感を感じ、それから数時間後に意識を失ってしまい村中が大騒ぎしたそうな。その村人はなんとか一命をとりとめたが、後日そのアロマキャンドルの作成者自らがお見舞いといいその被害者宅へ訪れた。しばらくしてドキシールが深々とお辞儀をして被害者宅を出たのを確認した村人が、どんなことを聞かれたかを尋ねると「どんな気分になったか」だとか「どのくらい意識をなくしていましたか」とか「体の自由はききましたか」とか、質問の内容は少し変わっていたとのこと。
 しかし、事情を聴かれた村人が一番違和感を感じたのは質問ではなく、それを聞いているドキシールの表情だった。普通なら、申し訳ない様子を見せるのだがそのときのドキシールの表情はなぜか

そうだ。それを聞いた村人は次に来たときは追い返そうと決め、村中にその旨を伝えた。

 あれから数か月の時が流れた。被害者の体調もすっかり良くなり、今まで休んでいた分を取り戻すかのように働いていた。その被害者に負けまいと、村人たちはまた活気を取り戻し畑作業や民芸品作りに精を出していた。
 ある日、被害者が作成している民芸品の材料が足りなくなり困っていた。窓の外を見ると日が傾き間もなく夜が訪れる時間なのだが……どうしても仕上げたかったので村の外へ資材を調達しに出かけた。あれこれ探して数時間。日はとっくに暮れ、あたりは暗闇に覆われていた。そこまで時間をかけた成果なのか、籠いっぱいに資材を詰め込みこれでしばらくは困らないと胸を躍らせながら村へと戻る道を歩いていた先に、人影を見つけた被害者はこんな時間にと疑問に思いつつも後を追った。人影がさがさと音を出しながら歩いているので、その音を頼りに追いかけるとその人影がぴたりと立ち止まり振り返る。その顔を見た男性は驚きのあまり、目を見開く。
「こんばんは。わたしを覚えていますか? 先日お渡ししたアロマキャンドルがお体に合わないということで……新しく調香してきましたわ。

。はい、どうぞ」
 この女のせいで苦しい思いをしたんだと頭ではわかっているのだが、なぜだか体が言うことを聞かず意思に反しそのアロマキャンドルを受け取ってしまう、もうあんな思いは嫌だと思えば思うほどそのアロマキャンドルは自分の鼻まで近付け、直にその狂った香りを楽しもうとする。
「きっと喜んでもらえる香りになっていると思います。さ、心行くまで楽しんでくださいな」
 そういってドキシールが火を近付け、アロマキャンドルに火が灯る。熟したオレンジの色をしたそれがじわりとキャンドルに熱を加え、狂気に満ちた香りを発生させる。
「さぁ……ゆっくりと楽しんでください。わたしの可愛い


 微かな香りに被害者の意識はありながらも無限とも思える不快感へと引きずり込まれていった。そしてそれは、二度と正常な意識には戻ってこれないことを意味していた。

「あら。調整したのに……刺激強すぎたかしら。まぁ、いいわ。素敵なデータが取れたし、ここには実験体が豊富だから困らないわ」
 口から泡を吹きながら息絶えた被害者を見たドキシールは、メモに何かを書き込み次の調香への意欲を燃やしていた。次はあれにしようかこれにしようかと笑いながら、ついででやってきたこの場所で調香の材料を摘んでいた。
「ユメミダケはもう少し弱くして、ヒメガサタケをもう少し多くして……あとは……うふふ」
 楽しそうにレシピを考えながら材料を摘んでいるドキシール。たとえこのアロマキャンドルがきっかけでトラブルになっても我関せずを貫き、あれこれいってくる人たちを実験体としか見ておらず最終的には「わたしが満足するアロマキャンドルができればそれでいいの」というなんとも自己中心的な考えを持っている。
「さて、新作ができたらまた持って行ってあげようかしら……それとも……」
 ぶつぶつ言いながら、ドキシールは自分の工房へと帰っていった。

 新しいアロマキャンドルの調香をしていたとき、ドキシールの工房にツンとした臭いが紛れ込んだ。何かが腐ったような臭い……心当たりがないのに臭うのはと思ったドキシールは作業を一旦中止し、工房の外へと出た。まず感じたのはさっきのあの何かが腐ったような臭いだった。思わず鼻を覆い、顔を歪ませる。
「一体何の臭いなのかしら……でも、これはこれでいい材料になりそうね」
 顔をしかめながら、ドキシールは一体何が起こっているかを確認するため近くの村へと向かった。
 村では城からの遣いが立て看板を設置し、声を張って何かを言っていた。それを聞いた村人たちはさっさと退散していく様子をドキシールは見ていた。立て看板をには簡単にこう書かれていた。

 付近の沼にて巨大な怪物を確認 討伐に協力してくれる者募集

(なぁんか……面白そうじゃない)
 ドキシールは唇の端を持ち上げると、すぐに工房へ戻り必要な物を鞄へと詰め込み城からの遣いに声をかけた。
「あのぉ……わたし、参加したいのですが……」
 か細い声をかけられた遣いは何度もドキシールを見て、鼻で笑いながら追い返そうとした。それに対しドキシールは調香師と名乗り、傷の手当を担当しますというと遣いの態度は一変しすぐに応接間に案内された。
(なぁんてね。こんなにたくさん実験体がいることなんてそんなにないじゃない。このアロマキャンドルの実験とデータ採取のために活用させてもらうわ。それと、あわよくば新しい材料も調達したいわね。あぁ、良い事尽くめじゃない……なんて素敵なんでしょう)
 出来立てのアロマキャンドルの成果と、その効果を確認するためドキシールは突如沼に出現した怪物討伐(実験)に参加するのであった。
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