ほっと安心 地獄緑茶
文字数 5,062文字
ガヤガヤ ガヤガヤ
薄暗い中、白く透明なものが順序良く並んでいる。額には三角を模したものを付けていて、足はなくふわふわと浮遊しているのがわかる。
(なぁ、これからどうなるんだおれたちは)
(し、知らねぇよ)
(おれたち、裁かれるのかな)
(そりゃあ悪さしたんだから裁かれるだろ)
(だよなぁ……はぁ)
ひそひそと話をする白い透明なもの─人魂たちはこれから待ち受ける裁きの順番を待っているのである。生前に犯した罪を自ら告白することにより、自分がしでかした事の重大さをはっきりとさせる。包み隠さず話せば裁きを下す者から正しき審判が下るという。ただ、自らの罪を告白するというのは中々難しいものである。一対一ならまだしも、見ず知らずの他の人魂たちがいるまで告白するなんて恥ずかしいと今から顔を赤らめている人魂もいる。
(ところで……その裁きを下す人ってのはどんな人なんだい)
(話でしか聞いたことないけど、閻魔大王っていう恐ろしい人物だって聞いてる)
(はぁ、おっかない人の前で告白なんて言えるものも言えなくなるなぁ……)
(おい、そんなこと言ってる間に進んでるんだ。さっさと詰めてくれ)
一定のリズムで進んでいき、人魂たちの目の前にはやがて大きな建物が見えてきた。その建物は人魂たちがかつて生活していた中で一度も目にしたことのない造りだった。屋根は炎のように赤く、それを支える柱も同様、建物を守る壁は闇のように黒かった。現に、今人魂たちがいるここも暗いのでよく見ないと壁だか空間だかがわからない。閻魔大王という人物に会うためには必ず門をくぐらないといけないのだが、その門はまるで怪物のように大きな口を開いてこれから裁かれる魂たちを飲み込み、二度と戻ってこれないようなそんな気がした。
そんなこんな考えているうち、ひそひそ話していた人魂たちがその門を潜ろうとしていた。ぎょろりと睨む獄卒にビビりながら恐る恐る中へと入ると、これまた不思議で天井には鮮やかな装飾がある照明、おどろおどろしい額縁に収まっている絵画、理解に苦しむ色使いの壺などオシャレとは程遠い内装だった。統一感のなさがそういった気持ちにさせるのだろう、人魂たちの恐怖値は下がるどころか段階的に上昇していった。見ず知らずのはずなのだがいつの間にかお互いがお互いを抱きながら進んでいて、そのことに何ら違和感は感じなかった。
(そ……そろそろじゃねぇか……)
(あぁ……このカーテンの奥だ……)
(声は……聞こえないな。防音なのかもしれな)
人魂の一つが目の前にあるカーテンに耳を当ててみるも、中の声は全く聞こえなかった。最悪、カーテンの外にいる人魂たちには聞かれなくてすむが一緒に入る人魂たちには聞かれてしまうようだ。まぁ、全員にというわけではないのが救いだがそれでも複数人に聞かれることに違いはない。
(あぁ……もうすぐだぁ……おっかねぇ)
(仕方ない……素直に白状するしかない)
深呼吸が済むのと同時にカーテンが自動的に開き、何か強いものに引っ張られていく感じがした人魂たちの意識は、(既に飛んでいるが)ここではないどこかに飛んで行ってしまいそうになった。適当数引っ張られると、カーテンはまた自動的に閉まり何事もなかったかのように佇む。
(ごほっごほ……こ、ここは……)
(うーん……)
(…………)
辺りを確認するもの、まだ気を失っているもの、放心状態のものと様々だが最初に意識を取り戻した人魂が見たものは……。
(あ……あなた様が……え……閻魔大王……?)
黒いハイヒールにショートタイプのスカート、白いブラウスとさながらキャリアウーマンのような女性がどっかと座っていた。頭髪の色と口紅の色は同じで、鮮やかな桃色で視線は剣のように鋭く、手にしているファイルを睨んでいる。
(あれ……なんか想像してた人となんか違う気がする……)
(お前もそう思ったか……)
(確か大男でもっとすごい形相だったような……)
「黙れ」
ひそひそ話している人魂たちをった一言で一括。注意された人魂は雷に打たれたように体を仰け反らせると、一切口開かなくなった。
「貴様ら、口を開いていいとは言った覚えがないのだが……」
(……!!)
(……!!)
口を開いてはいけないと思い、注意された人魂は無言のまま頷く。そこには申し訳ございませんという思いも含まれている(のかもしれない)。
「……まぁいい。私は閻魔大王。これから貴様らに審判を下す者だ」
足を組み替え、人魂たちをみやる。どれも罪に塗れ欲に溺れたものばかりだと思った閻魔大王は、背後からやってきた男性からいくつかのファイルを受け取る。
「早速、罪状を読み渡す。これに該当する愚か者は前へ出よ」
一体どんな罪が読み上げられるのか恐怖に震える人魂たち。必死に何かを祈っているようにするもそれにお構いなしに閻魔大王は冷たく言い放つ。
「罪状、食い逃げ、窃盗、下着泥棒……心当たりのある愚か者は前に出よ」
一瞬の静けさの後、一つの人魂が前へ出た。ちょっと訛りのある喋り方が特徴の人魂だった。恐る恐る前へと出て、閻魔大王を見上げる。逆に閻魔大王はそんな魂を氷よりも冷たい眼差しで射抜く。
「これは貴様の罪状で間違いないか。答えよ」
(……はい。間違いありません)
「声が小さい。もっと大きな声で」
(……間違いありません。これは、私の罪です)
恐怖からか声が裏返り、赤面するもそれより罪を告白されるのがもっと恥ずかしい。他の人魂たちは背後でぼそぼそとその人魂について囁いていた。
「食い逃げが五回、ひったくりが十三回、いたずら電話が……三十回……」
読み上げていた閻魔大王も数の多さに呆れたように息を漏らすと、ばしりとファイルを叩いた。その音に反射した魂は背筋をぴんと張り直す。
「以上が貴様の罪状だ。他に罪はないか、貴様の口から申してみよ」
まごついている人魂がやっとの思いで口を開き、罪を告白する。
(……風呂覗きを……数回……寝坊なんて数え切れません……)
(ええっ!! それも罪なの!?)
(……そしたら……おれなんかやばくね)
ざわつき始めたほかの人魂を無視し、閻魔大王はファイルの他に大型のタブレットを持ち出しその人魂を調べ始めた。
「なるほど……貴様はこれまでに覗きを八回、寝坊は優に三桁を超えているか……」
(……はい。申し訳ございません)
「……これで告白は最後だな。では審判を下す」
タブレットに何やら入力をすると、しばらくしてピコンと軽い音と共にその人魂の罪の重さの計算が終わった。
「貴様は……衆合地獄送りだ。そこで二百年悔いるがいい」
(……ありがとうございます……)
「しかし、貴様は更生の余地ありだ。場合によっては年数が少なるかもしれん」
ふっと緩んだ笑みで人魂を見やり、指を鳴らすと脇で控えていた獄卒たちに捉えられ、その人魂は抵抗することなく連れて行かれた。一つの人魂の裁きが終わり、次は誰かとおろおろしている最中、閻魔大王はおもむろに一つのファイルに手を伸ばした。
「次はこいつだ。嘘、酒塗れ、盗み……これはどいつだ」
誰だ誰だと該当する人魂たちは見るも、閻魔大王の目には誰が嘘をついているかは明白で、これでまた罪が重くなったなと小さく呟いた。
「言わないなら私が言わねばならぬか……そこのお前だ」
鋭い視線に射抜かれたのは、人魂たちにお前かお前かと疑いをかけまくっている人魂。閻魔大王の前でも平然と嘘をつくその性根に思わず閻魔大王の口の端が持ち上がる。そのことに気が付いていない嘘つきの人魂は仕方ないなとばかりに前へと出て、罪状を認めた。
「……これで罪状は以上だ。他にあるのなら貴様の口から申してみよ」
(いや、それで以上っす。はい)
「……本当にないのだな」
(ええ。ないっす)
あっけらかんとしている人魂に、他の人魂の顔は既に真っ白なのだがそれ以上に拍車をかけて白くなった。忠告とばかりに声色を低くして言った閻魔大王だったが、それも通じずこうして平然としているこの人魂。さて、どう料理してくれようか。舌なめずりをする閻魔大王にふつふつと力が湧きあがり、足元からじわりと妖気を蓄えていく。
「そうか……ないのか……わかった。貴様に審判を下そう」
言い放ち、閻魔大王はすっくと立ちその人魂まで歩みゆく。普段、職務中の閻魔大王は立たないのだが立ち上がるという事は……連行を終えた獄卒たちが固唾を飲みこむ。
「貴様……」
この一言をきっかけに閻魔大王にとてつもない妖気が集中する。禍々しく気を抜いたら持っていかれてしまいそうな妖気に関係のない人魂たちは巻き込まれないよう必死に堪えている。
ゴォッ
妖気を含んだ炎は閻魔大王の足元から燃え上がり、あっという間に閻魔大王の全身を包み込んだ。燃え上がった一部はぶすぶすと燻り、息苦しさや圧迫感を感じる不気味な空気を発していた。その空気を含んだ足で嘘を吐き続けた人魂を迷いなく踏みつける。
「貴様……この私の前で嘘を隠せると思うなよ……」
瞳が怪しく光ると、さっきまでのキャリアウーマンはどこへ、今は怪しい炎に包まれた異形のそれに変貌していた。声も更に低く視線は更に鋭くなった閻魔大王は笑いながら足をぐりぐりと動かす。
「貴様は叫喚地獄に加え、針の山綱渡り百往復追加だ。一度でも落ちてみろ。最初からやりなおしだからな……覚悟しておけ」
(え……マジっすか……や、やっべぇ……)
獄卒たちがその人魂を回収するより早く、怪しい霧とともに地を這う骸の手がその人魂をしっかりと掴んでいる。逃げられないようにしっかりと握られたその手の一つは、嘘をついて自ら罪を重くしてしまった人魂を慰めるかのように頬をつんつん突いていた。
「さぁ、嘘を隠し通そうとしたその腐った性根を地獄で後悔するがいい」
閻魔大王がカツンとヒールを鳴らすと、骸の手はその魂をゆっくりと沈めていく。怪しい霧がなくなるのと同時に骸の手とさっきまで掴まれていた人魂はどこかへ行ってしまった。異形のまま椅子に座った閻魔大王は瞬時にキャリアウーマンに戻ると、次の人魂を罪状を読み上げる。
「私の前で嘘を吐こうなんて思うなよ」
得物を狙う眼差しで人魂を見やると、また楽しそうに口の端を持ち上げた。
一通り審判を下し終えた閻魔大王、ふうと息を吐くとデスクにそっと置かれた飲み物に気が付く。さりげなく出してくるあたり、あいつが来ているのだなと思った。
「篁(たかむら)か……」
「はい。遅くなってしまい申し訳ございません」
「気にするな。お前はお前の世界での仕事というものがある。無理を言っているのはこちらなのだ」
「もったいないお言葉です」
篁(たかむら)と呼ばれた男の名は小野篁(おののたかむら)。あの世とこの世を行き来することができる冥途通いの井戸を使い、昼はこの世で夜はあの世で仕事をしているという根っからの仕事人間。その働きぶりはどちらの世界においても一歩でも二歩でも先を読み、行動ができる。閻魔大王は彼の寝不足を気にしていたが、当の本人はまったく気にしていない様子だった。むしろ、いきいきしているようにも見えた。
「それで、今日のレポートは如何しますか」
「あ……ああ。すまん。そうだな……」
閻魔大王はタブレットを操作し、どうしようか悩んでいた。すると、小野篁はそのタブレットをひょいと持ち上げ、さらさらと動かした。それらを参考に篁自身でレポートを次々と作成していく。
「お……お前……それは私の仕事だろう」
「いえいえ。閻魔様は今日、大量の妖力をお使いになったご様子です。なので、今日のレポートは私が作成します」
「……ったく。お前と言うやつは」
言っている間に今日の審判に関するレポートを書き終えた。それを綺麗に整え、閻魔大王に手渡すと眼鏡のブリッジをくいと持ち上げた。他に業務がないことを確認した篁はここでしかできない雑務をいくつかこなし、閻魔大王にこの世に戻ると告げた。
「あ……ああ。すまない。助かった」
「いえいえ。また来ます。今度は遅れないようにします」
そういって篁は深くお辞儀をして審判の間を後にした。静かに扉が閉まる音を聞いた閻魔大王は、彼が作成したレポートに一つずつ印鑑を捺していった。一つ一つ、愛しむように……。
薄暗い中、白く透明なものが順序良く並んでいる。額には三角を模したものを付けていて、足はなくふわふわと浮遊しているのがわかる。
(なぁ、これからどうなるんだおれたちは)
(し、知らねぇよ)
(おれたち、裁かれるのかな)
(そりゃあ悪さしたんだから裁かれるだろ)
(だよなぁ……はぁ)
ひそひそと話をする白い透明なもの─人魂たちはこれから待ち受ける裁きの順番を待っているのである。生前に犯した罪を自ら告白することにより、自分がしでかした事の重大さをはっきりとさせる。包み隠さず話せば裁きを下す者から正しき審判が下るという。ただ、自らの罪を告白するというのは中々難しいものである。一対一ならまだしも、見ず知らずの他の人魂たちがいるまで告白するなんて恥ずかしいと今から顔を赤らめている人魂もいる。
(ところで……その裁きを下す人ってのはどんな人なんだい)
(話でしか聞いたことないけど、閻魔大王っていう恐ろしい人物だって聞いてる)
(はぁ、おっかない人の前で告白なんて言えるものも言えなくなるなぁ……)
(おい、そんなこと言ってる間に進んでるんだ。さっさと詰めてくれ)
一定のリズムで進んでいき、人魂たちの目の前にはやがて大きな建物が見えてきた。その建物は人魂たちがかつて生活していた中で一度も目にしたことのない造りだった。屋根は炎のように赤く、それを支える柱も同様、建物を守る壁は闇のように黒かった。現に、今人魂たちがいるここも暗いのでよく見ないと壁だか空間だかがわからない。閻魔大王という人物に会うためには必ず門をくぐらないといけないのだが、その門はまるで怪物のように大きな口を開いてこれから裁かれる魂たちを飲み込み、二度と戻ってこれないようなそんな気がした。
そんなこんな考えているうち、ひそひそ話していた人魂たちがその門を潜ろうとしていた。ぎょろりと睨む獄卒にビビりながら恐る恐る中へと入ると、これまた不思議で天井には鮮やかな装飾がある照明、おどろおどろしい額縁に収まっている絵画、理解に苦しむ色使いの壺などオシャレとは程遠い内装だった。統一感のなさがそういった気持ちにさせるのだろう、人魂たちの恐怖値は下がるどころか段階的に上昇していった。見ず知らずのはずなのだがいつの間にかお互いがお互いを抱きながら進んでいて、そのことに何ら違和感は感じなかった。
(そ……そろそろじゃねぇか……)
(あぁ……このカーテンの奥だ……)
(声は……聞こえないな。防音なのかもしれな)
人魂の一つが目の前にあるカーテンに耳を当ててみるも、中の声は全く聞こえなかった。最悪、カーテンの外にいる人魂たちには聞かれなくてすむが一緒に入る人魂たちには聞かれてしまうようだ。まぁ、全員にというわけではないのが救いだがそれでも複数人に聞かれることに違いはない。
(あぁ……もうすぐだぁ……おっかねぇ)
(仕方ない……素直に白状するしかない)
深呼吸が済むのと同時にカーテンが自動的に開き、何か強いものに引っ張られていく感じがした人魂たちの意識は、(既に飛んでいるが)ここではないどこかに飛んで行ってしまいそうになった。適当数引っ張られると、カーテンはまた自動的に閉まり何事もなかったかのように佇む。
(ごほっごほ……こ、ここは……)
(うーん……)
(…………)
辺りを確認するもの、まだ気を失っているもの、放心状態のものと様々だが最初に意識を取り戻した人魂が見たものは……。
(あ……あなた様が……え……閻魔大王……?)
黒いハイヒールにショートタイプのスカート、白いブラウスとさながらキャリアウーマンのような女性がどっかと座っていた。頭髪の色と口紅の色は同じで、鮮やかな桃色で視線は剣のように鋭く、手にしているファイルを睨んでいる。
(あれ……なんか想像してた人となんか違う気がする……)
(お前もそう思ったか……)
(確か大男でもっとすごい形相だったような……)
「黙れ」
ひそひそ話している人魂たちをった一言で一括。注意された人魂は雷に打たれたように体を仰け反らせると、一切口開かなくなった。
「貴様ら、口を開いていいとは言った覚えがないのだが……」
(……!!)
(……!!)
口を開いてはいけないと思い、注意された人魂は無言のまま頷く。そこには申し訳ございませんという思いも含まれている(のかもしれない)。
「……まぁいい。私は閻魔大王。これから貴様らに審判を下す者だ」
足を組み替え、人魂たちをみやる。どれも罪に塗れ欲に溺れたものばかりだと思った閻魔大王は、背後からやってきた男性からいくつかのファイルを受け取る。
「早速、罪状を読み渡す。これに該当する愚か者は前へ出よ」
一体どんな罪が読み上げられるのか恐怖に震える人魂たち。必死に何かを祈っているようにするもそれにお構いなしに閻魔大王は冷たく言い放つ。
「罪状、食い逃げ、窃盗、下着泥棒……心当たりのある愚か者は前に出よ」
一瞬の静けさの後、一つの人魂が前へ出た。ちょっと訛りのある喋り方が特徴の人魂だった。恐る恐る前へと出て、閻魔大王を見上げる。逆に閻魔大王はそんな魂を氷よりも冷たい眼差しで射抜く。
「これは貴様の罪状で間違いないか。答えよ」
(……はい。間違いありません)
「声が小さい。もっと大きな声で」
(……間違いありません。これは、私の罪です)
恐怖からか声が裏返り、赤面するもそれより罪を告白されるのがもっと恥ずかしい。他の人魂たちは背後でぼそぼそとその人魂について囁いていた。
「食い逃げが五回、ひったくりが十三回、いたずら電話が……三十回……」
読み上げていた閻魔大王も数の多さに呆れたように息を漏らすと、ばしりとファイルを叩いた。その音に反射した魂は背筋をぴんと張り直す。
「以上が貴様の罪状だ。他に罪はないか、貴様の口から申してみよ」
まごついている人魂がやっとの思いで口を開き、罪を告白する。
(……風呂覗きを……数回……寝坊なんて数え切れません……)
(ええっ!! それも罪なの!?)
(……そしたら……おれなんかやばくね)
ざわつき始めたほかの人魂を無視し、閻魔大王はファイルの他に大型のタブレットを持ち出しその人魂を調べ始めた。
「なるほど……貴様はこれまでに覗きを八回、寝坊は優に三桁を超えているか……」
(……はい。申し訳ございません)
「……これで告白は最後だな。では審判を下す」
タブレットに何やら入力をすると、しばらくしてピコンと軽い音と共にその人魂の罪の重さの計算が終わった。
「貴様は……衆合地獄送りだ。そこで二百年悔いるがいい」
(……ありがとうございます……)
「しかし、貴様は更生の余地ありだ。場合によっては年数が少なるかもしれん」
ふっと緩んだ笑みで人魂を見やり、指を鳴らすと脇で控えていた獄卒たちに捉えられ、その人魂は抵抗することなく連れて行かれた。一つの人魂の裁きが終わり、次は誰かとおろおろしている最中、閻魔大王はおもむろに一つのファイルに手を伸ばした。
「次はこいつだ。嘘、酒塗れ、盗み……これはどいつだ」
誰だ誰だと該当する人魂たちは見るも、閻魔大王の目には誰が嘘をついているかは明白で、これでまた罪が重くなったなと小さく呟いた。
「言わないなら私が言わねばならぬか……そこのお前だ」
鋭い視線に射抜かれたのは、人魂たちにお前かお前かと疑いをかけまくっている人魂。閻魔大王の前でも平然と嘘をつくその性根に思わず閻魔大王の口の端が持ち上がる。そのことに気が付いていない嘘つきの人魂は仕方ないなとばかりに前へと出て、罪状を認めた。
「……これで罪状は以上だ。他にあるのなら貴様の口から申してみよ」
(いや、それで以上っす。はい)
「……本当にないのだな」
(ええ。ないっす)
あっけらかんとしている人魂に、他の人魂の顔は既に真っ白なのだがそれ以上に拍車をかけて白くなった。忠告とばかりに声色を低くして言った閻魔大王だったが、それも通じずこうして平然としているこの人魂。さて、どう料理してくれようか。舌なめずりをする閻魔大王にふつふつと力が湧きあがり、足元からじわりと妖気を蓄えていく。
「そうか……ないのか……わかった。貴様に審判を下そう」
言い放ち、閻魔大王はすっくと立ちその人魂まで歩みゆく。普段、職務中の閻魔大王は立たないのだが立ち上がるという事は……連行を終えた獄卒たちが固唾を飲みこむ。
「貴様……」
この一言をきっかけに閻魔大王にとてつもない妖気が集中する。禍々しく気を抜いたら持っていかれてしまいそうな妖気に関係のない人魂たちは巻き込まれないよう必死に堪えている。
ゴォッ
妖気を含んだ炎は閻魔大王の足元から燃え上がり、あっという間に閻魔大王の全身を包み込んだ。燃え上がった一部はぶすぶすと燻り、息苦しさや圧迫感を感じる不気味な空気を発していた。その空気を含んだ足で嘘を吐き続けた人魂を迷いなく踏みつける。
「貴様……この私の前で嘘を隠せると思うなよ……」
瞳が怪しく光ると、さっきまでのキャリアウーマンはどこへ、今は怪しい炎に包まれた異形のそれに変貌していた。声も更に低く視線は更に鋭くなった閻魔大王は笑いながら足をぐりぐりと動かす。
「貴様は叫喚地獄に加え、針の山綱渡り百往復追加だ。一度でも落ちてみろ。最初からやりなおしだからな……覚悟しておけ」
(え……マジっすか……や、やっべぇ……)
獄卒たちがその人魂を回収するより早く、怪しい霧とともに地を這う骸の手がその人魂をしっかりと掴んでいる。逃げられないようにしっかりと握られたその手の一つは、嘘をついて自ら罪を重くしてしまった人魂を慰めるかのように頬をつんつん突いていた。
「さぁ、嘘を隠し通そうとしたその腐った性根を地獄で後悔するがいい」
閻魔大王がカツンとヒールを鳴らすと、骸の手はその魂をゆっくりと沈めていく。怪しい霧がなくなるのと同時に骸の手とさっきまで掴まれていた人魂はどこかへ行ってしまった。異形のまま椅子に座った閻魔大王は瞬時にキャリアウーマンに戻ると、次の人魂を罪状を読み上げる。
「私の前で嘘を吐こうなんて思うなよ」
得物を狙う眼差しで人魂を見やると、また楽しそうに口の端を持ち上げた。
一通り審判を下し終えた閻魔大王、ふうと息を吐くとデスクにそっと置かれた飲み物に気が付く。さりげなく出してくるあたり、あいつが来ているのだなと思った。
「篁(たかむら)か……」
「はい。遅くなってしまい申し訳ございません」
「気にするな。お前はお前の世界での仕事というものがある。無理を言っているのはこちらなのだ」
「もったいないお言葉です」
篁(たかむら)と呼ばれた男の名は小野篁(おののたかむら)。あの世とこの世を行き来することができる冥途通いの井戸を使い、昼はこの世で夜はあの世で仕事をしているという根っからの仕事人間。その働きぶりはどちらの世界においても一歩でも二歩でも先を読み、行動ができる。閻魔大王は彼の寝不足を気にしていたが、当の本人はまったく気にしていない様子だった。むしろ、いきいきしているようにも見えた。
「それで、今日のレポートは如何しますか」
「あ……ああ。すまん。そうだな……」
閻魔大王はタブレットを操作し、どうしようか悩んでいた。すると、小野篁はそのタブレットをひょいと持ち上げ、さらさらと動かした。それらを参考に篁自身でレポートを次々と作成していく。
「お……お前……それは私の仕事だろう」
「いえいえ。閻魔様は今日、大量の妖力をお使いになったご様子です。なので、今日のレポートは私が作成します」
「……ったく。お前と言うやつは」
言っている間に今日の審判に関するレポートを書き終えた。それを綺麗に整え、閻魔大王に手渡すと眼鏡のブリッジをくいと持ち上げた。他に業務がないことを確認した篁はここでしかできない雑務をいくつかこなし、閻魔大王にこの世に戻ると告げた。
「あ……ああ。すまない。助かった」
「いえいえ。また来ます。今度は遅れないようにします」
そういって篁は深くお辞儀をして審判の間を後にした。静かに扉が閉まる音を聞いた閻魔大王は、彼が作成したレポートに一つずつ印鑑を捺していった。一つ一つ、愛しむように……。