あまあまチョコたっぷりのロールケーキ【魔】

文字数 3,642文字

「うぅぅうう……さっぶいわねぇ……へっくち」
 雪がしんしんと降り積もる町の中。がたがたと体を震わせながらあるものを待っている人たちで一人、明らかに足元ががくがくと震えている少女がいた。深みのある緑色の髪から覗く小さな角にはうっすらと雪が積もっており、そんなことなどどうでもいいとばかりに見開いたベリー色の瞳。雪のように白い肌の上には濃紺色のゆったりしたドレスを着ている。
 名前はマモン。七罪の強欲を司る彼女は一見普通の女の子なのだが、自分の大好きなグッズのことになると力を発揮するのである。一度欲しいと決めたら

を使っても入手し、入手した暁には存分にそのグッズを愛でるというなんともグッズ愛に溢れている。ぞれはマモンの友人も口を揃えて言うらしく、中には「マモン以上にキャラクターグッズに愛を注いでいる人物を見たことがない」という位、彼女にとってはキャラクターグッズへの愛が止まらないのである。
 しかし最近、そんなキャラクターグッズ愛好家の間ではこんな噂が流れていた。「高額で転売がされている」と。それを同じキャラクターグッズ愛好家から知ったマモンは憤慨。なんでみんなが大好きなキャラクターグッズを独り占めし、あろうことかそれを高値で売りつけるとか……マモンは自室で頭を抱えながら叫びまくった。
「そんなの……そんなの許されるわけないじゃない。あぁ……あたし、絶対に許さないから!」
 そう決意したマモンは、キャラクターグッズ愛好家の友達と情報交換をしつつ転売をする愚かな輩に鉄槌を下すべく立ち上がった。

 そしてその日。それはマモンも欲しいと思っていたキャラクターグッズ。期間限定と数量限定というコレクターには魅惑的な言葉のダブルコンボに欲しいという欲求を抑えられず、マモンは我先にと列へと並んだ。発売されるのは深夜というなんとも変わった条件だが、ここで並ばないわけにはいかない。いくら寒かろうといくらライバルが多かろうと、マモンは防寒対策をそこそこに待機した。
 深夜までの間に何人もの人はマモンたちの列を見て不思議そうに首を傾げ、通り過ぎていく。そんな視線をもろともせずマモンはがちがちと歯を震わせながらひたすら待ち続けた。マモンの後ろに並んでいる人も同じように体を小刻みに震わせながら待っているのを見ると「あ、この人も一緒なんだ」と思い、マモンはちょっとだけ心が安らいだ。声をかけたいのだが、なんて声をかけたらいいかわからないマモンはただ唇をきゅっと噛み締めることしかできなかった。とそこへ、マモンの従者がとことこと歩いてきて、淹れたてのお茶を運んできてくれた。寒空の下、カップから溢れる湯気はそれだけで安心感を与えてくれる。従者からカップを受け取り火傷をしないよう口をつけると、体中にじんわりとした温もりが伝わってくるのが分かった。
「はぁ……美味しい。淹れてくれてありがと」
 従者は何も言わずとことこと新しいお茶を用意しに屋敷へと戻っていった。おかわりの分を用意してくれていたらしく、小さな容器の中にさっきと同じお茶が入っていたのをマモンは後ろに並んでいる女の子にそっと手渡した。
「よ……よかったら、どどどど……どうぞ」
「あ……ありがとう。いただきます」
 あまり人とコミュニケーションをとることが得意ではないマモンは不慣れながらにすすめると、それを有難く受け取る女の子のほっとした表情を見て自分も安堵した。
「はぁ……美味しいですね。それにとっても甘くて。このお茶、どこで手に入れたのですか?」
「あ……えぇっと、この町なんだけど……おっきな時計のあるお店なんだけど……」
「ああ!! わかります! わたし、よく通ってるところなので今度行ってみますね!」
「う……うん。あそこのクッキーも美味しいからおすすめよ」
「クッキーもですか! 素敵な情報ありがとうございます! 楽しみが増えました!」
 少女と話していくうちにマモンの心も徐々に解れ、話題は期間限定&数量限定のキャラクターグッズの件に。
「あなたもあのグッズを……?」
「はい! お母さんに無理言って並ばせて貰ってるから……」
「そうなのね。じゃあ、一緒にゲットしましょ!」
「はい!!」
 こうして二人で笑っていると、マモンの耳にあまり聞きたくない言葉が飛び込んできた。
「あれぇ? これって今日販売なんだ? って、並んでる人全員これ目的かぁ」
「しかも限定だからな。結構いいんじゃねぇか?」
「小遣い稼ぎってか? お前ってそんなんばっかだよなー」
出てきたのは三人組の若い男性だった。グッズのポスターを見てなにやら話しているのだが、その内容はあまりにも綺麗なものではなかった。ましてや、そのグッズが大好きで並んでいる人たちの気持ちも知らないでずけずけというその態度にもマモンは腹が立っていた。
(もしかして、こいつら転売する人??? だとしたら……許せないわ)
 怒りを面に出さないよう、マモンは必死に耐えていたが聞こえてくる言葉の一つ一つがマモンの逆鱗に触れ、ついに我慢ができなくなったマモンは深呼吸をしてから少女に一言。
「あ、あたし。ちょっと忘れ物取りに行ってくるんだけど、こ、ここ取っておいてもらっていいかしら……?」
 すると少女は快く引き受けてくれ、マモンは何度も有難うと言った後にお店の出入り口付近でげらげらと笑っている三人組の中へと踏み込んでいった。その足は寒さと恐怖で震えており、うまく言えるかどうかもわからないという緊張も相まって、マモンを委縮させていた。だが、ここで言わないとこれを欲しがっている人たちが可哀そう。そう決意しマモンは勇気を振り絞り声を出した。
「あ……あのっ! それ、買ってどうするんですか……。大事にしてくれるんですか?」
 思いのほか大きな声が出たことにマモン自身が驚きながらも、男性三人組は顔を見合わせにやりと笑った。
「おうおう嬢ちゃん。おれたちが買ったものだからどうしようと勝手じゃねぇか」
「そこまで言われる筋合いないし」
「なんだ? お前も欲しいのか。だったらおれたちが買ったものをやるよ」
 げははと笑う三人に、遂にマモンの怒りは頂点に達した。思い切り息を吸い勢い良く音をのせた。
「これは! 欲しい人たちが! 自分で買うから意味があるんです! 愛がない人に言われたくありませんっ!!!」
 生まれてこんなに大声を出したことがあっただろうか。しかし、それほどまでにマモンの怒りは凄まじく、さっきまでの少女と言葉を交わしていたときのほんわかとした顔とは別に、今は七罪の悪魔マモンとしての顔をのぞかせていた。
「こ……これ以上、侮辱するなら……ゆゆゆ、許しませんから!!」
 ドレスの裾がマモンの放つ魔力でふわふわと揺れているのを見た三人は、「なに本気になってんの?」とおどけながらもマモンに、いやこのキャラクターグッズを愛している人たちを悪態をついた。ついには唇の端から血が滲むまで噛み締め、震える腕で三人をどこかの路地裏まで引っ張っていった。そして数十分後、マモンは何食わぬ顔で列へと戻った。
「あ、おかえりなさい。忘れ物は見つかったのですか?」
「わ……忘れ物。あ、うん。見つかったわ。ありがとうね」
「それはよかったわ! それと……さっき、大きな声で話してた人たちはどうしました?」
 あんだけ大きな声をあげたのだから、気にならないわけがなかった。どう言い訳しようか悩んだ結果、一番妥当なものを口から紡いだ。
「あ……あぁあぁ。あの人たち、話したらちゃんとわかってくれたわ……」
「そうなんだ! ねぇ、わたしまた一緒にお話したいわ。今度、あそこの紅茶屋さんでもっとお話しましょ!」
「え……あ、あ、あたしと?」
「うん! あなたとなら素敵な時間になりそう! もうわたしたちは友達よ」
 舌をぺろりと出しながら笑う少女に、マモンは涙を浮かべながら何度も頷いた。自分にもこうして友達と呼べる存在ができたのだ。悪魔以外で友達なんてできるのか心配であったマモンだったが、こうして共通の趣味を通じて友達ができたことが何よりも嬉しかった。
「皆様。大変お待たせして申し訳ございません。まもなく、開店いたします!」
「あっ! もうすぐオープンですって! 楽しみね!」
「え……あ……うんっ!」
 こうして見知らぬ少女と共に買い物を済ませてから後日、お茶をする約束をしたマモン。その帰り道、誰もいないところでちょっと物騒なことを言っていた。
「も……もう誰もいないわよね。はぁ……ようやくクリスマス限定商品げっとぉ! 転売目的の人を片っ端から塵にしておいてよかったぁ~! さぁ、帰って堪能するわよ~~!」
 欲しかったキャラクターグッズを手にしたマモンの顔は七罪の顔ではなく、大好きなキャラクターグッズを楽しみたいという一人の少女の顔になっていた。まだ雪が降っているが、マモンの気持ちはウキウキしている様子で、その証拠に鼻歌を歌いながら小さくスキップをしていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み