白の幸せ

文字数 5,416文字

 冬。木枯らしが吹き始め、季節はいよいよ四季最後を迎えた。ここ毎日寒い風が吹き、シュクレのお店の前を通る人は皆、分厚いコートにふかふかの手袋、首元はしっかりとマフラーを巻き、少しでも温かくして移動をしようという気持ちの人ばかりだった。
 いつもなら、お店の中はたくさんのお客さんで賑わっているのだが寒さのせいか、店内はがらがら。毎日忙しくも充実していることからかけ離れてしまっている今に、シュクレはただ窓の外をのぞき込むことしかできなかった。
「……今日も寒そうですね。温かいスイーツでも何か考えようかな……」
 結露した窓に悪戯書きをしながら、シュクレは呟いた。今、冷蔵庫の中にあるものはと考えながらキッチンへと戻ると中にはいつものケーキの材料。そして、大好きな紅茶だった。両方を見比べながらシュクレは何か閃き、鼻歌を歌いながらエプロンを身に着け、製作に取り掛かった。
「何もクリームが主体じゃなくてもいいですよね……それなら……」
 パンケーキを作る工程の中に、大好きな紅茶の茶葉を入れて軽く混ぜ合わせオーブンでこんがり焼いて……完成。
「うん。紅茶の香りふんわりのスコーンの完成です!!」
 オーブンから焼き立てのスコーンを取り出し、息を吹きかけながら適度に冷ましてから味見。さくさくした食感の後に、口の中に広がる紅茶の香りがなんとも上品だった。それに、濃いめのミルクティーを淹れて試食してみたら……シュクレはキッチンで一人はしゃいでいた。
「おいしい! 今日は急遽ですけど、これのセット販売を行いましょう!!」
 かくして、シュクレは今ある材料でできるだけ多くのスコーンを作り、たくさんのミルクティーを淹れて店外販売を行った。すると、たくさんのお客が列を作りシュクレお手製スコーンとミルクティーを購入していった。思い付きで販売したスコーンはものの数分で完売となり、一人でも温かくなってほしいという思いから作った緊急スイーツ作戦は成功した。

 翌日。ケーキに使用する材料の買い出しをしているとき、看板に書かれていることにシュクレの目は釘付けになった。

─もうすぐクリスマス! クリスマスケーキの準備はお早めに♪─

「……そっか。もうそんな時期……。こうしちゃいられない!!」
 また何か閃いたのか、シュクレは予算ぎりぎりまでケーキに使う材料の買い巡りをした。きっとこれはまた素敵なイベントになりそうだと胸を躍らせながら、シュクレはスキップをしていった。
 たくさん買い込んだシュクレは、キッチンに材料を置き早速どういったものにしようかと構想を練り始めた。クリスマス……その単語がシュクレの気持ちを高ぶらせ、様々なアイデアが浮かんでは消え、更に浮かんでは消えを繰り返していった。最終的には、お客さんを招いてのイベントということに落ち着き、今度はそれには何が必要かを考えていくとペンの速度は増し、アイデアも膨らみ整理しつつ紙に書きだしていく。
「よし! これに決めました!!」
 練りに練ったイベントは、特大ケーキを作りその場で食べてもらうというものだった。そして、今回は紅茶もセットで提供してお客さんに楽しんでもらおうというものだ。そして店内の飾りつけも雰囲気を出そうと張り切るシュクレは、すぐに近くの雑貨屋へと走りオーナメントやスプレーを買い漁った。
 購入し終え、戻ってからすぐに店内の飾りつけに取り掛かり、自分自身の気分を高めるところから始めた。黙々と作業を進め、店内はすっかりクリスマスモードに切り替わり、シュクレのテンションも上がりっぱなしだった。そしてそのテンションのまま、試作品を作ろうとキッチンへと向かった。お気に入りのボウルに材料を加え、リズムよくかき混ぜ型に流し込んでいく。オーブンを温めている間にケーキをデコレーションする果物をカットしていく。ちょうど切り終えたときにオーブンが温まったことを知らせるアラームが鳴り、零さないよう慎重にオーブンの中へと入れスイッチを押した。オーブンの中で少しずつ膨らんでいく様子を楽しそうに見つめながら焼き上がりを待つシュクレは、まるで出来上がりを待つ無邪気な子供のようだった。
 オーブンから焼き上がりを知らせるアラームが鳴り、ミトンをつけてゆっくりと型を取り出し、今度は荒熱をとるためバットの上で軽く揺すりながら生地を型から抜いていく。生地に手を近付けて熱を感じない程まで冷めたら、今度は甘くて軽やかなクリームをたっぷり塗り付けていく。全体が真っ白になるまで塗り終えたら、今度は季節の果物をきれいに並べていき最後にチョコレートでできたプレートを載せて完成。
「試作品、完成です!」
 完成品をじっくりと眺めながら、何か足りないところはないかチェックをしていくと、シュクレの顔は一気に曇りだした。
「完成はしたけど……なんだろう。ワクワク感が伝わってこないというのかな……うーん」
 テンションを上げて作ったのだが、その割にはこうケーキからは何も伝わってこない感覚にシュクレはもう一回と言い、製作を始めた。今度は胸がときめくようなきらきらしたケーキを作るんだと意気込み、集中して一つ一つ丁寧に作っていった。完成はしたものの、こちらもさきほどと同様、何かが足りないと感じてしまったシュクレはがくりと肩を落とした。
「そんなぁ……なんでだろう。何も感じないよ……」
 すっかり落ち込んでしまったシュクレは、製作を中止し今日は閉店することに決めた。このままお店に出てもお客さんに不安を与えてしまうだけだからといい、シュクレは店を後にした。

 イベントまで残り一週間をきった日。シュクレはどうしようと根詰めた様子のままスイーツの製作をしていた。焦る気持ちとは裏腹に、自分自身がワクワクするようなケーキが思いつかずにいた。そんな浮かない表情のまま、シュクレはエクレアにクリームを絞っていた。たっぷりとクリームを絞ったあとは、チョコレートを塗り付けるのだが、手順を間違えていることに気付きすぐに手を引っ込めたのだが、チョコレートはホイッパーを伝い一滴落ちてしまった。
「あっ! どうしよう……」
 じわりとチョコレートが染み込んでいく様子を見たシュクレは、残念な気持ちに染まっていくのかと思った矢先、頭に何かが落とされたような衝撃を受けた。なんで忘れていたんだろうという思いがシュクレの腕を動かし形にしていく。今は材料のことを気にしないでいいからと自分に言い聞かせ、閃いた形を作っていくとシュクレの顔に笑顔が戻った。
「……完成。これだ!! うん……わたし、ワクワク感じてる!!」
 できたのはウサギの形をしたエクレアだった。可愛いけどちょっとだけ凛々しいウサギのエクレアが完成したとき、シュクレの頭の中にはたくさんのアイデアが濁流のように溢れ、次々と可愛い動物を模したスイーツを完成させていく。
「そうだ。最初に出会ったのは……この子だ」
 あれは春の出来事だった。落ち込んでいたときに出会った一つのクッキー。ワクワクを感じたときに出会ったちょっとおしゃべりなあの子。今だったらきっと……。
「オオー!! シュクレ!! ヒサシブリダナ!! ゲンキダッタカ!」
 バットから元気よく飛びあがったのはタツノオトシゴを模したクッキー。そして、シュクレの気持ちが高まるとそのスイーツは生命を吹き込まれたように動き回る。
「こんにちは! お久しぶりです!」
 シュクレの元気な声をきっかけに、たくさんのクッキーが宙に浮きシュクレに挨拶をする。それを見たシュクレは笑顔で溢れ、今度はその気持ちを維持したままウサギ型のエクレアを製作した。すると、そのエクレアもシュクレの顔をみるや、嬉しそうな表情をしてぴょんぴょんと跳ね回った。
「ウサギさん! こんにちは! 次はこの子だ!」
 シュークリームに愛らしい顔を付けると、ゆっくりとした動きでシュクレの顔をみるとにっこり微笑んだ。
「カメさんもこんにちは!」
 三種類の素敵な動くスイーツに囲まれながら、シュクレのテンションは跳ね上がりイベントで提供するケーキを瞬時に作っていった。
「シュクレノケーキヲミルト、ナンダカゲンキガデル!」
「タツノコさん……」
「ソンナケーキニソエテクレタラ、オレモウレシイ!!」
「……うん!!」
 シュクレは一段目にカメさん、二段目にタツノコさん、三段目にはウサギさんを添えて全体像を見て固まった。ワクワクとドキドキ、そしてシュクレの思うトキメキがすべて詰まったスペシャルなケーキが完成した。
「できた……できた……できたよぉーー……」
 できなかったらどうしようという不安に苛まれていた中、完成したシュクレの最大にして最高傑作のスペシャルケーキ。膝ががくんと落ち、目からは安堵の涙が流れた。それを見たタツノコクッキーはシュクレの肩にそっと寄り添った。
「シュクレ……イッパイナヤンデイタンダナ……ツラカッタナ」
「うん……うん……でも、今はとっても幸せだよ。タツノコさんやウサギさん、カメさんと一緒にこのケーキを作ることができたんだもん……ありがと……ありがとう……」
 ウサギ型のエクレアはぴょんぴょんとキッチンを跳ね、まるで自分も嬉しいというのを表現しているようだった。カメ型のシュークリームもにっこりと微笑み、完成した喜びを一緒に感じ取っていた。
「シュクレ……ワラッテ! シュクレガワラッテイルト、ミンナガシアワセ!!」
「タツノコさん……うん。ありがとう。わたし、このケーキで皆を幸せにしてみせる!!」
「トウジツガタノシミダ!!」
 シュクレの笑顔という魔法にかかったスイーツたちとの楽しいお喋りは夜中まで続いた。

 そしてイベント当日。スイーツたちとの会話をヒントにシュクレが出したスペシャルケーキは、イベントがあると聞きつけたお客さん全員を圧倒させた。天井に届くほどの高さに雪を思わせるふわふわのクリームに、そこで遊ぶ可愛い動物たち。お菓子でできた家や砂糖で作ったリボンなど、大きさもそうだがそのケーキから伝わるストーリー性に一同から拍手が巻き起こった。
「皆様! 今日はご来店ありがとうございます。ただいまより、クリスマスイベントを開催します!」
 並んでいる人たち全員平等にいきわたる様切り分けられたケーキは、見ているだけでもワクワクする仕上がりとなり、受け取ったお客さんは皆幸せそうな笑顔でいっぱいだった。
「デザートとしてもですけど、お疲れのときは甘いケーキもいいですよ」
 ケーキを渡し終え、次は淹れたての紅茶を全員に振る舞うシュクレ。紅茶は好みでストレートやミルクにできるよう敢えて何もしないで渡し、特別に設えたテーブルで好きに変えてもらう仕様にした。
「紅茶もどうぞ!」
 今日も外は寒かったのか、紅茶を受け取ったお客さんはカップを両手で持つと紅茶の熱で両手を温め始めた。一口含み、その味わいを楽しんだあとはミルクティーにする人もいればストレートで楽しむ人もいた。
「お腹いっぱい召し上がれ!」
 ケーキを食べたお客さんの顔は皆とろけ、紅茶の飲んでさらにとろけた。交互に楽しんでいるお客さんからは幸せのため息が聞こえた。
「シュクレちゃん。ありがとう。とっても美味しいよ」
「ほんとですか! よかったぁ!!」
 店内にいるお客さんすべてが、シュクレのケーキを食べて幸せそうな顔をしている。その幸せそうな顔をみたシュクレの胸にじんと温かい何かを感じた。
(最初は完成するかとっても不安だったけど、動物さんたちのおかげでできてよかった……)
 シュクレはお代わりの紅茶の準備でキッチンに戻ると、その様子を見ていたタツノコクッキーがぴょこんとシュクレの肩に乗り、嬉しい声を上げた。
「シュクレ! ミンナウレシソウナカオシテル! オレモウレシイ!」
「あ、タツノコさん! うん……わたしもとっても幸せだよ。今日はクリスマス。みんなが幸せになる日だもの……」
「ソウダナ。オレモミンナヲシアワセニシテクル。マタシュクレニアエルヒヲタノシミニシテル」
「タツノコさん……またね」
「ソンナカオシナイデ! キットスグニアエルカラ!」
 そういって、タツノコクッキーはカランという乾いた音と共にテーブルに転がった。呼びかけても返事をしないということは……。
「うん……わたし。もっともっとみんなを笑顔にしてみせるから……そうしたら、また一緒にお話ししようね」
 淹れたての紅茶を片手にシュクレは店内へと戻ると、気持ちを瞬時に切り替えてお客さんに楽しんでもらおうと元気な声を出した。
「紅茶のお代わり、ご用意しました! 今日はたっくさん楽しんでいってくださいね!」
 その日のシュクレのお店は、ケーキを配り終えた後もたくさんの笑顔で溢れていた。

(ダイジョウブ。シュクレハミンナヲモットシアワセニデキルカラ。オレ、シンジテル)

 ふと何かが聞こえた気がしたシュクレは後ろを振り返った。しかし、そこには楽しそうにお喋りをしているお客さんしかいなかった。不思議そうに首を傾げながらもシュクレは、幸せに包まれながらお客さんとの時間を過ごした。
 そして、外ではいつの間にか白いふわふわとしたものが降っていた。それに気が付いたお客さんはそれを見て声高に喜んでいた。やがてそれは町を真っ白に染め上げ、さながらシュクレの特製クリームが町をデコレーションしているようだった。
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