コクうま♡新鮮卵たっぷり濃厚プディング【神】

文字数 2,576文字

「ふわぁあ……もう朝か……よいしょ」
 まだ眠たそうに目をこすりながら体を起こす小さなシェフ─ヴェスタ。澄んだ青空色の髪に、頬あたりにある小さなそばかすがチャームポイント。数年前にここに引っ越して稼業であるレストランを切り盛りしているオーナーである。従業員を雇いたいという気持ちはあるものの、それを支払える程の売り上げがないため、辛いが今は一人でこなしている。辛いとは言うものの、好きでこの仕事に就いたので別に文句を言うわけではない。ただ、食事を楽しみにしてくれているお客さんの笑顔や会話を大事にしたいという気持ちが日に日に強くなっていった。お話できるときもあれば、一日会話もなく終わる場合もある。そんな売り上げの上下運動を繰り返した何度目かの朝。今日も変わらず元気にお店の準備を始めるため、ヴェスタは洗面所で顔を洗った。冷たい水が眠気を一気に吹き飛ばし、代わりにやる気を注入してくれるような感じがしたヴェスタは気持ちを切り替え真っ白なコック服に着替え、最後にエプロンを着けて自分自身に「よし!」と意気込みキッチンに立った。
「そうは言っても、まずはお掃除から始めないとね」
 エプロンを着けたばかりなのだが、汚れてはならないと思ったヴェスタはエプロンを椅子にかけ外へ出た。文句なしの雲一つない晴天。気持ちの良い日差しがヴェスタの体に降り注ぎ、思わず背筋をぴんと伸ばした。早速ヴェスタは物置から箒を取り出し、お店周りの掃き掃除を始めた。季節の変わり目なのか、お店周りにある木々から木の葉が舞い落ちる日が多くなってきた。あんなに暑かったのに今度は寒くなるなんて信じられないなぁなんて思いながら掃き掃除を進めていると、レストランのちょうど裏側に位置するところに囲いの中に小さな小屋がある。小屋の中から鶏がひょこっと顔を出し元気に鳴いた。
「あ、コッコ君。おはよう。今日もいい天気だよ」
「コケー!」
 ヴェスタに答えるように鳴くコッコ君と呼ばれた鶏は、翼を大きく広げのっしのっしと囲いの中を歩く。その姿を見て何か閃いたのか、ヴェスタは「あっ!」と声を上げたかと思うと、掃き掃除を手早く済ませキッチンへと戻っていった。正確にはキッチン裏側の出口から自分で育てた菜園へと向かっていった。
「そうだ! 今日は美味しい野菜サラダを作ろうっと!」
 菜園内ではすくすくと育った大きなレタスを、まるで我が子のようになでぐりまわしながら一個ずつ丁寧に収穫。野菜サラダとはいえ、レタスだけでは寂しいので他の野菜もこれまた丁寧に収穫していき大きな籠の中にどんどん入れていった。
「トマトにキュウリに……ちょっと苦いかもしれないけどたまねぎもいっぱい入れよう♪」
 鼻歌を歌いながら収穫し、いざキッチンへ。さっきまで土の中で眠っていた野菜たちを丁寧に水洗いをして綺麗にしたら、ぎらりと光る包丁を取り出し野菜たちを食べやすい大きさに刻んでいく。
「ドレッシングも自家製にしたらもっと美味しくなるかなぁ」
 野菜たちを刻み終え綺麗に盛り付けていきながら、ヴェスタは一人悩み始めた。どうやったらぴったりなドレッシングが作れるか。唸りながらキッチンを右往左往していると、ヴェスタの頭にまた何か閃き、今度は掃き掃除をした場所までどたどたと走っていった。

「今日の野菜サラダにピッタリなんだよねぇ。あるかなぁ……」
 辿り着いた先はコッコ君が住んでいる小屋だった。ちょうどコッコ君はどこかに行っているらしく、囲いの中にはいなかったことをいいことにヴェスタはコッコ君の小屋の中に手を突っ込んだ。ごそごそと手を動かしていると、ちょうど手のひらに収まる小さな球体らしきものに触れるとそろりそろりと手を引いて確認した。
「よかった! コッコ君、卵産んでくれてたみたい♪」
 それは産みたて新鮮コッコ君の卵だった。ほのかに温もりを感じるところから、ついさっき産んだものと思われる。それを慈しむようにポケットに入れ、さらに中をまさぐる。すると四個の卵を手に入れることができ、ほくほくの気持ちで小屋を出ようとしたときだった。背後からなにやら気配を感じたヴェスタは体を硬直させた。
(……なぁんか嫌な予感……ごくり)
 ゆっくり……ゆっくりとその視線を感じる方へと体を向けると、そこにはさっきまでいなかったコッコ君がいた。それも異様なオーラを纏いながらじっとヴェスタを睨んでいた。
(おいコラ。何勝手に卵取ってるんじゃ)
 そう言わんばかりのコッコ君の視線に、思わずヴェスタは悲鳴を上げてキッチンへと猛ダッシュした。
「ごめぇえん!! コッコ君の卵はお客さんに楽しんでもらうから許してぇえ!」
(んなもん知ったこっちゃねぇ。とっとと返さんかい!!)
 翼をばさばさと動かしながらヴェスタを追いかけるコッコ君。卵泥棒のヴェスタに突っつくか蹴り飛ばさないと気が晴れないとばかりに執拗に追いかけたのだが、ヴェスタに扉を閉められてしまい、仕方なく扉にがんがんと八つ当たりをするしかなかった。
 数分にわたり扉を蹴り飛ばしていたコッコ君は諦めたのか、執拗に叩く音は聞こえなくなった。それにほっとしたヴェスタは貴重なコッコ君の卵をポケットから取り出し仕上げに取り掛かった。まずは固めに茹でた卵を作り、熱々のうちに殻を剥き塩と胡椒で軽く味をつける。マッシャーで軽く潰し食感を出すため細かく刻んだ玉ねぎを入れてざっくりとかき混ぜる。今度は時間差で半熟卵を作り、軽く混ぜる。最後にマヨネーズを加え丁寧に混ぜれば自家製のタルタルソースの完成。半熟卵のとろりとした黄身がマヨネーズと合わさり深いコクを演出する。
「よっし! できたぁ!!」
 丁寧にドレッシングをかけ、完成したヴェスタ特製の野菜サラダが完成した。完成するまでに時間はかかったが、それに見合った(?)料理を完成させることができたヴェスタはえっへんと胸を張った。

「いらっしゃいませー! 本日おすすめは自家製の野菜サラダですー!」
 野菜サラダしかない……ということはさておいて、ヴェスタのレストランは大いに賑わった。開店してからしばらく。用意しておいた野菜サラダも底をつき、最後のお客さんを満面の笑顔で見送った。そしてその背後にはもう一人(一羽)、憎悪しかない目で満足そうに手を振っているオーナーをじっと見つめていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み