★熟成プルーンのとろとろジャムサンド【魔】

文字数 2,951文字

 変な噂を聞いたことがあった。なんでも、おれが目指す町の間にある森の中には人を惑わす魔物が住んでいるのだと。その魔物は言葉巧みに通行人を誘惑し、食べてしまうという恐ろしいものだった。まさかそんな話があるのかとおれは最初、鼻で笑っていた。だが、次の言葉を聞いておれの顔は凍り付いた。

 お前の相方がそいつにやられたそうだ。

 おれには昔から二つ年の離れた相棒がいた。いつも元気な声であいさつして、なんにでも興味を持って、なんにでも首を突っ込んで厄介ごとをお土産にしてくるようなやつだけど、どこか憎めないそんな奴だった。つい先日、その相棒と喧嘩をしてしまい、体を休めていた宿でそいつが出て行ったのを最後に連絡が途絶えていた。きっとどこかの町で暮らしているだろうなんて軽い気持ちでいたのだが、その報告を聞いたおれは深い後悔と悲しみに打ちひしがれた。
 情報によると、その森の中に住む魔物にやられたとあった。警戒心の強かった相棒ですらもその魔物の毒牙にかかってしまったとなると、これはいよいよ本気で警戒しなくてはいけないようだ。あまり長く宿に滞在していても仕方がないと思い、気持ちを切り替え荷物を手早くまとめて森を抜けることを決めた。必要最低限の荷物の中には一応、緊急時に備えて刃物は携帯しているが……一本しかなく刃渡りも短い為、なんとも心許なかった。宿を出てしばらく歩いた先に、冒険者を飲み込もうと大きな口を開いているかのように森が開けていた。おれはごくりと喉を鳴らし、中へと入った。

 森の中は鬱蒼としていて、今は昼のはずなのだが日の光は殆ど入らず薄暗かった。道もあちこちでこぼこしていて、非常に足場も悪く気を抜いたら足を挫いてしまいそうな程不安定だった。そんな足場に弄ばれながら少し開けた場所に到着したおれは、手頃な岩に腰をかけて一休みすることにした。鞄から水筒を取り出し一気に飲み干すと、心なしか気持ちがちょっとだけ落ち着いたように思えた。確かにここまでずっと気を張り詰めた状態だったから、水を飲んだことで少し緊張が解れたのだろうと勝手に解釈し、水筒に蓋をして鞄にしまった。
 それにしても……。この森にはおれ以外の人間の姿はもちろん、鳥すらも見かけない。聞こえてくるのは風で揺らぐ木々のざわめきだけだった。入ったときはそんなに感じなかったが、こうして意識をして辺りを見回すと異様な空間だということが理解できる。そして、この異様な空間で相棒は……。ふと相棒のことを思い出し、唇を強く噛みしめてしたとき。どこからか声が聞こえた。それも今にも消えそうなか細いもので、おれははっとし注意深く耳をそばだてた。そう遠くない所で聞こえた声はおれを体をすぐにその場へと動かすには十分だった。こんな薄暗い気味の悪いところで迷ったらひとたまりもない。そう思えば思うほどに駆ける速度は増していった。
 木々を縫うように駆け、声のする方へと向かう途中木の枝で頬を切られても、不安定な足場に弄ばれようとも必死にその声のする方へと向かって行くと足を抑えるようにして倒れている少女がいた。動かすのも辛いのか、その場で動くことなく必死に助けを求めている姿に、おれは一切の迷いはなかった。一刻もここから救助し、ちゃんとした施設で診てもらったほうがいい。
「だれ……カ……いません……カ。ドウ……か……」
 たどたどしい言葉でどれだけ弱っているかわかったおれは、とにかく少女を救出しようと駆け寄った。おれの姿をみた少女は安堵したのか、頬を緩ませて力なく笑った。おれが鞄を下ろし、中から治療キットを取り出そうとしたとき、足元がぐらつきだした。地震かと思い足に力を込めると足と足の間から鋭い何かが見えた。おれは直観で危険を察知すると鞄を手放しその場から転がるように離れた。すると、さっきまでおれがいた場所には鋭いぎざぎざした刃のようなものがおれの鞄に食らいついていた。なんだあれは……おれは一瞬の出来事に理解が追いついておらず、しばらく混乱しているとさっきまで足を抑えていた少女はゆっくりと立ち上がりおれを見た。
「あっは。あっはぁあ。エサ……だぁあ」
 少女を中心とし、その周りにはさっきのぎざぎざした刃のようなものがついたぶにょぶにょした物体が現れていた。まるで巨大なミミズのようなその物体はゆっくりとおれの正面に立ち、少女の声で近付いてきた。
「いたミは……イッシュンだから……おとナシく……シテ」
 魔物の体から延びている複数の触手には、今までこいつにやられてしまった人の骨や遺品が巻き付いていた。その中に見慣れたものがあった。それは相棒の靴だった。相棒の靴には確か不自然な傷があったのを覚えている。それをこの魔物が持っているということは……その瞬間、相棒がこの魔物にやられてしまったという証拠になった。それを理解したおれは恐怖よりも悔しい気持ちが勝りおれはその魔物をぎっと睨みつけた。絶対こんなやつに食われてたまるかという気持ちと少しでもこいつに痛手を負わせることができればと考えたおれは、まずはこいつから距離を取り何か使えるものがないか森の中を探すことにした。迷ってしまうことは必須だが、ここでリタイアするよりはマシだ。魔物に背を向けて走ったおれは、さっきよりも早く走り使えそうなものがないか目を右に左に動かした。だが、そう簡単には見つからず魔物はおれのすぐ後ろまでやってきていた。
「おとナシク……してよ。おとナシク、シテ……テヨッ!」
 餌に在りつけない苛立ちからか、声には怒気が含まれていた。これはチャンスだと思ったおれは巨大な岩の影に身を潜めた。おれの姿を見失った魔物は更に荒れ狂うだろうが、またとないチャンスに賭けた。潜めてからしばらく、耳障りな音と共にやってきた魔物は辺りを見回すも、おれの姿が見えないとなると、ヒステリックに叫びだした。よほどおれを食べたかったのだろうが、おれもそう簡単に食べられるわけにはいかない。魔物が叫んでいる間におれは簡単な罠を作成した。音が出ないよう慎重に作業を進め、完成させるとおれは岩陰から身を乗り出し魔物に自分の居場所を知らせた。それに反応した魔物は歓喜と怒気が混じった声でおれの方へと向かってくると、その大きな体が突然吹っ飛んだ。
 所謂、スリングショットを応用したもので、しなやかな蔦に巨大な岩を絡ませ魔物が走ってきてその仕掛けの紐を切れば岩が発射されるという単純なものだった。だが、その魔物には十分すぎるくらい効果があったようで、おれが予想してた距離の倍以上吹っ飛んでいった。この隙におれは森を抜けることができた。あの魔物に痛手を負わせることで、少しでも相棒の仇がとれたのかなと思っていると背後からあの魔物が大きな声で叫んでいるのが聞こえた。
「エサ……エサエサエサエサぁあああああっ!!!!!」
 おれは心の中で相棒へ謝罪と弔いの言葉を並べながら町へと急いだ。本当ならもっと早く謝罪ができたはずなのだが……こうなってしまったのは自分の未熟さが招いてしまったことだという罰を背負い、相棒の分まで生きていこうじゃないか。そっちにいったら、お前が言いたかったこと何時間でも聞いてやるから……それまで待っててくれな。
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