スパイス入れすぎたミルクチョコレート【魔】

文字数 2,434文字

「なんか今日は町が賑やかだなぁ」
「そうですねぇ。何があるのでしょう」
 母親に頼まれたお使いの帰り道、栗色の髪にお気に入りのカチューシャをさし、その艶やかな髪の間からほんのちょっぴり見える角、まだ丸みが残っているも尖り始めた耳。暖色系のゴシック調の衣服を身にまとった少女─ペーニャとお目付け役の魔導書セバスチャン。抱えた紙袋の中から顔を覗かせる野菜と果物に苦戦しながらも、自宅へと帰る途中で見かけた「バレンタインチョコレートは当店で」というサインを見つけた。そのサインを見てペーニャはようやく今日がバレンタインデーということに気が付く。
「そうか。今日はバレンタインデーか。ふむふむ」
「どうかされましたか? ペーニャ様」
 セバスチャンが声をかけるも、聞こえていないのかペーニャは反応をしなかった。しばらくして肩が小刻みに揺れたかと思えば顔をがばりとあげて大きな声で笑い始めた。
「そうかそうか。今日はいつもお世話になっている母上と父上にバレンタインチョコをプレゼントしようではないか」
「おお。なんという素晴らしいアイデア」
「そうと決まれば、さっそく材料を集めなくては! でも、その前に母上にこれを届けてから……」
 ふらふらになりながらなんとか母親のお使いを終え報告を済ませると、自室に戻り貯金箱からお小遣いを引っ掴み、町へと駆け出して行った。


「さぁて。どんなチョコを作ろうか」
 商店をあちこち見ながら思考を巡らせていると、ペーニャの頭に何やら良からぬ閃きが訪れた。閃きがペーニャの脳内に浸透すると、じわじわと広がるアイデアがペーニャの頬を緩ませる。しまいには堪えきれずに小さく「ぐふふ」と笑っていた。
「よっし! 今年のバレンタインデーのチョコレートは刺激的なものにするぞ!」
「さすがですペーニャ様!」
 作るものが決定したペーニャは、あちこちで材料を購入し家路へと向かった。買ったものを自宅のキッチンで広げると、ペーニャは両親に「入っちゃだめだからね」と釘を刺し勢いよく扉を閉めた。そして自分専用のエプロンを手に取り、身に着けると「よしっ!」と気合を入れた。
「ふっふっふ。これからペーニャ様の独壇場なのだ!」
「期待していますぞペーニャ様!」
 自室から持ってきた大きなレシピブックを広げ、栞を挟んだ。手順を確認しながら一個ずつ丁寧に工程をこなしていく。あとは型に入れて冷やして固めれば完成なのだが、ここでペーニャの手がぴたりと止まった。その様子に疑問に思ったセバスチャンがペーニャに問いかけると、ペーニャは口の端を持ち上げて不気味に微笑んでいた。
「ふっふっふ。ここで唐辛子を……!」
 どこからか取り出した色鮮やかな唐辛子をむんずと掴み、迷うことなくチョコレートの中へと突っ込んでいった。
「一掴みですね!」
「ぐーるぐーる混ぜて……ふふふ」
「鮮やかな手つきです!」
 ゴムベラで混ざっていく赤と緑の唐辛子とチョコレート。最初は甘い香りが漂っていたキッチンなのだが、次第にどこかスパイシーな香りが混じり始めペーニャはそんなことはお構いなしにさらにもう一掴み唐辛子を突っ込んでから型へと流し込んだ。チョコレートの型からはみ出ている緑色の唐辛子、赤色の唐辛子はどこか不気味で危険な香りすら感じるものをペーニャは鼻歌を歌いながら冷蔵庫へと入れ満足そうにエプロンを外した。
「冷えて固まるのが楽しみだなぁ」
「待ちきれませんね!」
 そう言いながら自分が汚した食器類をシンクへと放り投げ、自室へと戻っていった。

 チョコレート作りに疲れてしまったのか、ペーニャはいつの間にか眠っていた。ふと目を覚ますと窓の外はすっかり真っ黒に塗りつぶされていて、開けっ放しの窓から吹き込む冷たい風に思わずくしゃみを連発。
「くしゅんっ! っくっしゅん!」
「大丈夫ですかペーニャ様」
「へ……平気だ。あ、チョコレートの様子見に行かないと」
 カーディガンを羽織り、ペーニャはキッチンへ向かうとそこには晩御飯の用意をし終えた両親がペーニャを迎えた。
「あらペーニャ。ちょうどよかったわ。ご飯にしましょう」
「今日はお前の大好きなハンバーグだぞ」
「ハンバーグ! やったー!」
「ご褒美ですなペーニャ様!」
 席に着き、母親から大き目のハンバーグが入ったお皿を受け取ると目をきらきら輝かせながらじっと眺めていた。続いて野菜とソーセージがたっぷり入ったスープを受け取り、ペーニャはもう待ちきれないとばかりに目をぎらつかせていた。
「ペーニャ。そんなに見つめないの。お行儀悪いわよ」
「そうだぞ。もう少しなのだから、お行儀良くしていなさい」
「は……はーい。いけないけない。わたしとしたことが……」
「我慢ですぞペーニャ様!」
 全員分の料理が行き渡ると、母親は「お待たせ」とペーニャに言い両手を合わせた。次いでペーニャ、父親も手を合わせ一緒に「いただきます」と言いながら大好きな料理にありついた。

「はぁ……おなかいっぱいなのだ……」
「幸せそうですなペーニャ様!」
 頬にハンバーグのソースをつけたまま、満足そうにお腹をさするペーニャ。その横で両親は食器を片付けていた。その音で何か思い出したのか、ペーニャははっと顔を上げて席を立ち冷蔵庫を開けようとしたとき、父親から呼び止められ振り返った。
「ペーニャ。今日はバレンタインデーだね」
 父親がきれいにラッピングされた小箱をペーニャに手渡すと、ペーニャはきょとんとした様子で小箱を見つめていた。何かしようとしたのだが、父親に声をかけられたことにより飛んで行ってしまったペーニャは「ま、いっか」と心の中で諦め、小箱の包みを丁寧に開け始めた。そこには不格好ながらも色とりどりのチョコレートが入っていた。
「ち……父上……」
「ハッピーバレンタイン。ペーニャ。ほら、食べてごらん」
「あ……ありがとう。いただきます!」
 おもむろに一つ掴み躊躇なく食べたチョコレートは、甘味よりも目の前が真っ白になるくらい強烈な辛味だった。
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