粗ごしピーチたっぷり♪とろろんジュレ【神】

文字数 4,265文字

 ─地上の暮らしをもっと知りたい
 彼女はそう一言書き置きをして、神々の世界を飛び出した。人間の暮らしている地上の噂や書物などでは色々と見聞きはしたけど、一番は現地に赴きその様子を肌で直接感じることがなによりだと感じた美と幸運の女神─ラクシュミーは地上に降り立った。ラズベリー色の豊かな髪に恐ろしいほどに整った肢体は、性別問わず誰しもが振り返る美しさだった。そんなラクシュミーが降り立ったのは雪が降る小さな田舎町だった。ラクシュミー本人はさほど寒さを感じていないようなのだが、その村人たちはラクシュミーの姿を見て頬を赤く染めるもの、くしゃみを頻発するものの二択だった。さすがにくしゃみを何度も散見したラクシュミーもその異変に気が付き、村人に何か身に着けるものがないか尋ねた。すると、一人の村人が分厚い毛皮のコートを手渡してくれた。肩にかけるとじんわりとした温もりがラクシュミーを包み、気持ちをほっと和らげた。
「お嬢ちゃん。もしよかったらこれから音楽堂でハンドベルの演奏会があるんだけど、どうだい?」
「ハンド……ベル……ですか? ハンドベルとは一体どのようなものなのでしょうか?」
「まぁ、来てみればわかるよ。ほら、そこの大きな建物の中でやるんだ」
 村人の一人が指さした先には、雪と同色の大きな建物があった。その建物の中にたくさんの村人が入っていくのについていくようにラクシュミーは中へと入っていった。中へ入ってすぐ、ラクシュミーの表情はぱっと明るくなった。まず目の前に飛び込んできたのは大きなステンドグラスだった。大きく翼を広げて民を守ろうとする様子が描かれたそれは、見たことのないラクシュミーにとって感動も倍増だった。そしてそのステンドグラスは、一枚だけでなく、ほかの窓にもあり一枚一枚ときめくラクシュミーに村の人はちょっと嬉しい面持ちだった。
「そんなに珍しいかい?」
 ラクシュミーの背後に座っている男性にそう聞かれ、ラクシュミーは大きく首を縦に動かした。その理由を聞いた村の人は「あぁ、そういうことか」と口々に言いながら頷いていた。やがて白い大き目なローブを着た人物が中心に現れると、まずは深くお辞儀をして引き出しから何かを出し始めた。それは小さなベルだった。小さなベルがベルベッドのような布の上に並べられていき、ローブを着た人物が手袋を嵌め両手にベルを持って構えた。



 まるで様々な音の出るグラスのような軽やかなベルの音色に、ラクシュミーは息を飲んだ。それも数多くの音の違うベルを一人で操り、こんなにも美しい音色を奏でているということにラクシュミーは感動し、しばしその美しい音色の時間を楽しんだ。
 演奏が終わり、全員が拍手を送る中ラクシュミーはまだその余韻に浸り気持ちが少しふわふわとしていた。なんて素敵な時間だったのだろう……それがラクシュミーの感想だった。そして、その素敵な時間を作ってみたいと思い、ラクシュミーはすっくと立ちあがり感謝の気持ちを込めて大きな拍手を送った。次々に建物から出ていく人を後目に、ラクシュミーはさきほどハンドベルを演奏した人物に声をかけた。
「さきほどは素敵な音色をありがとうございました。わたし、いたく感動致しました」
「ほう。これは美しい方。お褒めに預かり光栄です」
「あの……そのハンドベルという楽器なのですが、わたしも挑戦してみても良いでしょうか」
 いきなりの言葉に演奏した人物も、最初は驚いていたが彼女の熱意が本物だとわかるとその人物は何も言わずに歩き出すと、さきほど演奏をしていた場所で立ち止まり屈んだ。立ち上がったとき、その人物の手には箱がありそれを持ってラクシュミーのところまで戻ってきた。
「少し前までここで演奏をしていた者のだが……よければ、これを使ってください」
 箱を受け取り中を開けると、使っていたとは思えないほど綺麗に手入れをしてあるハンドベルが入っていた。思わず息を飲んだラクシュミーは本当に受け取っていいのかを尋ねると、その男性はもちろんと言い頷いた。
「これも何かの縁だ。よければここで演奏をしていってくれないかね」
「わ……わたしが……ですか……」
「あなたはきっと、私より素敵な音色を奏でてくれるはず……どうかな」
 表情は少し陰り、悩むラクシュミーだったがすぐにうんと頷き「やらせていただきます」と元気よく答えた。その表情と声に確信を得た人物はうんうんと頷き、この近くにある家を貸してくれるという申し出にラクシュミーは心苦しいというも、宿無しではこの寒さは堪えると返しすぐに住まいの手配をしてくれた。ラクシュミーは演奏者の厚意に甘え、一時的ではあるがこの村に住むことになった。手続きはものの数分で終わり、終わったあとは演奏者の家で食事を摂り一夜を過ごした。翌日から紹介された家で過ごしながら、ハンドベルの練習をすることにしたラクシュミーは新しい発見が次々とあることに胸の高鳴りが収まらなかった。

 数日後。ラクシュミー単独のハンドベルコンサートが開催されると知った村の人々は、家事をほっぽり出し白い建物へと集まっていた。ラクシュミーの存在を知らないものはもういない程の有名になり、今ではすっかり村に馴染んでいた。困っている人がいれば手伝い、悩んでいる人がいれば相談にのり、まるでこの村の母のような存在へとなっていた。そんな母のような存在のラクシュミーがコンサートを開くとなれば誰も彼も放っておくわけがなかった。
 建物を開放してものの数分で満員となり、座席が足りずに外から演奏を聴くということになってしまった事態に、今回の演奏者であるラクシュミーは緊張感と高揚感が入り混じる不思議な感覚を味わっていた。
「まさかこれほどまでに集まっていただけるなんて……」
 胸のあたりに手をあて、自分の気持ちを再度確認。
(あぁ、こんな感覚は神々の世界では感じたことがなかった……突発的ではあったけど、今回このような体験ができたことを感謝します)
 じわりと湧き上がる感謝の念がラクシュミーを包み、ついには緊張感より高揚感が勝りなにも心配することがない気持ちになったラクシュミーは会場袖からゆっくりと歩き、ハンドベルを机の上に並べ……なかった。

おい。あの嬢ちゃん。ハンドベルを机に置かないぞ……。
どうやって演奏するのかしら。
早く聴きたいよー。まだかなー。

 会場から期待と不安が入り混じった声が出始めるも、演奏者であるラクシュミーは動じなかった。だけど、ほんの少しだけ謝罪の念を言葉に載せた。
「本日はこのような催しに参加させていただき、本当にありがとうございます。演奏の前にひとつ、皆様に謝罪しなければならないことがございます」
 なんだなんだと村の人たちは騒ぎはじめ、会場がどよめくなかラクシュミーは気持ちを緩めて小さく手を叩いた。弾ける音とともにどこからともなく満開の蓮の花が現れ、その中からラクシュミーのものと思われる美しい腕が覗いていた。

きゃ! う……腕が!!
なんだあの花は……! それに腕も!!

「わたしは神々の世界より参りました、ラクシュミーと申します。今回、自分への見聞を広げるためにここへと降り立ちました。驚かせてしまったこと、それとわたしが神であることを隠していたこと……謝罪させていただきます。まことに申し訳ございませんでした」
 ラクシュミーが自身を紹介している間、さっきまでのどよめきは嘘のように静まり、誰もがラクシュミーの言葉を一言一句耳へと入れていた。そして誰かが「謝罪することないよ。むしろ、ここにきてくれてありがとう」や「たくさん助けてもらったのに、あなたが謝るなんておかしなことよ」、「少し不思議な雰囲気があったなとは思ったけど……神様だったなんて」という言葉が会場を埋め尽くした。
「その代わり、わたしの演奏を楽しんでいただけたら……嬉しいです。では、聴いてください」
 それぞれがハンドベルを持ち、ラクシュミーが体を動かすと会場内にあの様々な音の出るグラスのような軽やかな音色が響いた。一音一音、きれいな余韻を残しながらも次へと繋ぐ動作もスムーズに行えているその姿に誰もが魅了され、村の人全員口を開けたまま聴き入っていた。
(こんな素敵なことに巡り合えたのも、なにかの縁。この縁を大事にしていきたい)
 ラクシュミーはそう考えながらハンドベルを奏でると、その気持ちが音色へと変わり村の人の耳や心へとしみ込んでいく。そしてしみ込んだ音色は村の人の心を豊かにし、頬に一筋の光が伝った。

 最後のベルを鳴らし終え、会場が静まりかえった。数秒後、その静けさを打ち破ったのは盛大な拍手だった。それも演奏していた時間と同じくらい長さの拍手だった。
「皆様……ありがとうございました」

 素敵な演奏、ありがとう!!
 思わず聞きほれちゃったよ!!
 神様の世界にいっても、また来てくれるよね!
 そうだったら、また遊びにきて!! 待ってるから!! 絶対だよ!!

 村の人からの言葉に、感極まったラクシュミーは袖で涙を拭い涙声ながらも「はい」と返事をし頭を垂れた。ラクシュミーが退場してもなお拍手は鳴りやまず、その拍手は村の外にまで響いていた。

 コンサートの翌日。ラクシュミーは村の人全員に見送られる形で別れの言葉を述べていた。たった数日ではあるが、ラクシュミーのいた時間は誰にとっても特別で、誰しもがまたこの村に遊びに来てほしいと願っていた。
「そろそろ……戻らないと……」
 いくら見聞を広げたいという理由であれ、あまりに長い時間席を空けていては有事の際対応ができなくなってしまう。わかっている……わかっている……んだけど。足が思うように動かなった。これが……「別れ」というものなのだろうか。
「ラクシュミー様。また……またきてください!」
「おいしいごちそう、用意して待ってます!」
「ラクシュミー様……またお話聞かせてください」
「またハンドベルを聴かせてください!」
「……はい。必ず……必ずまた皆様にお会いすると約束します。それまで、皆様どうぞご無事で……さようなら」
 ラクシュミーは涙を零しながら村の人に別れを告げ、知を蹴った。するとラクシュミーの体から満開の蓮の花が現れ、ラクシュミーを包み込むとまるで花を閉じるかのように縮むとさっきまでそこにラクシュミーがいた場所には誰もいなくなり、代わりに蓮の花が空から舞いながら落ちてきた。その花を手の取った村の人々は泣きながらも、どこか嬉しそうな表情で空を仰いでいた。
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