カラフルハッピー☆オーナメントチョコ【竜】

文字数 2,727文字

「これで見回りは終わりかな」
 凛とした空気の中、すっかり暗くなった森を見渡しながら言った。山伏の恰好をし、一本歯の下駄を履いている少年─トモルは生まれてからずっとこの森を守り続けている。修行の一環として毎日の森の見回りを行いながら辺りの気配を探す練習をしたり、森の中に入る人間たちを優しく見守ったりと、活動は様々である。時々、森の中に不届き者が侵入した際は、その行いを確認次第、トモルの神通力をもって追い払ったりと、森を大事にしてくれている人間たちへの思いで溢れていた。
 そんなある日。トモルが毎日の日課である見回りをしているとき、ふと森の外が賑やかなのに気が付いた。いつもなら話し声さえ聞こえず、静寂がうるさいほどだと言うのにいったい何だろうとトモルは軽快な足取りで枝を伝い、上空から様子を伺った。
「うわぁ……きれい」
 それは眼下に広がる光の海のようだった。温かな光はそれだけできりっとした寒さから守ってくれそうなものさえ感じる。そんな光の海を見たトモルはしばらく言葉を発さず、ただ静かににぎやかな町の様子を凝視していた。
「今までこんな賑やかな町はみたことがないや。一体どうしたのだろう」
 トモルの住んでいる森は決して開けてはいない。だが、そこまで不便ではないという具合だった。そしてその森の麓にある町もそこまで不便はないが簡素な生活を好む人であれば難なく生活をすることができるだろうというものだった。トモルは胸のうちにある疑問を解消しようと、町へと降り立った。

 そこはまるで別世界だった。森の中で感じていた凛とした空気から一変、どこか温かさを感じる雰囲気にトモルは口を閉じるのを忘れ歩いていた。
「これは……なんとも素晴らしい光景だ」
 あっちでは電飾が点滅し、こっちでは薪ストーブの周りで暖をとっている子供たちの手には小さな箱が抱かれていた。
「……? あの箱はなんだろう」
 気になったトモルは気づかれないよう、気配を殺しながら窓越しのその様子を伺うと子供たちは次々に箱を開け、中に入っているものを見てぱぁっと顔を輝かせた。
「わぁーい! ママ、ありがとう!」
「うれしー!」
 中からは子供たちが欲しかったものが入っていたのだろうか、子供たちは大事そうに抱えながら飛び跳ねていた。その様子を見たトモルは、胸の奥にじんわりと温かいものがこみ上げ、思わず笑みをこぼした。
「なんて微笑ましい光景なんだ」
 今まで感じたことのない感情があふれ出し、トモルの目からうっすらと涙が零れた。それに気が付いたトモルは急いで涙をぬぐい、気が付かれる前にその場を後にした。

 その後も町の様子を眺めていると、どの家の中でも幸せに包まれていてこっちまで幸せになるような光景が続いていた。美味しそうな食事を口いっぱいに頬張り、満面の笑顔を浮かべている少女。そしてその少女の口元についた食べかすを嬉しそうに拭う母親。なんとも微笑ましい光景に胸が熱くなったトモルは、様子を見に来てよかったと小さく声を漏らした。
 程なくして町の様子を見終えたトモルは自分の住処に戻ろうかと踵を返したとき、ふと扉が半開きになっている家屋を見つけた。いくら温かな光に包まれているとはいえ、びゅうと風が吹けば身震いをしてしまう程冷えた夜風を家の中に入れてしまうのはよくない。トモルはその扉を閉めようと家屋に近付くと、中は誰もおらず代わりに必要最低限の家財が置かれていた。小さなテーブルの上にはなにやら美味しそうな食べ物が並べられており、ベッドには赤と白を基調とした衣と履物、そして茶色の角を模したした飾りが置いてあった。
「? これはいったいなんだろうか」
 気になって中へ入り探っていると、小さな便箋に可愛らしい字で「いつもみんなをまもってくれてありがとうございます。よかったらめしあがってください」と書かれていた。そろそろ戻らないといけないという思いと、この雰囲気をもっと楽しんでいきたいという気持ちがぶつかりあった結果、トモルはベッドに置かれている赤と白を基調とした衣に手に取り袖を通した。いつも着慣れている山伏の服とは違い、もこもことした着心地の衣はトモルの胸をこちょこちょとくすぐった。そして角を模した飾りも頭につけてみると、まるで森に住む獣のような見た目に変わった。その姿を鏡で見たトモルは「おぉ!」と声をあげ喜んだ。森の中で過ごしているときには感じないわくわく感がトモルを包むと、徐々にあがっていく興奮を抑えきれずにテーブルの上に置かれている食べ物へと視線を移した。こんがりと焼かれた大きな鶏肉、そしてきれいな円形をしたものには甘くて美味しそうな飾りつけがされていた。ごくりと喉を鳴らし、トモルはおおきな鶏肉に手を伸ばし、一口がぶり。
「!!」
 今までに味わったことのない、ぱりぱりした食感からアツアツな旨味がじゅわーっと口の中に広がっていく。
「お……美味しい!」
 修行を行っている間、口にしたことのない食べ物にすっかり夢中になったトモルは、口の周りがべたべたになろうが構わず大きな鶏肉をぺろりと平らげた。今度は円形の食べ物に手を伸ばしたトモルは、隣に添えられている先の尖ったものを使い食べやすいように切り分けてから口に運んだ。
「!!!」
 ふわっふわのくちどけの白いクリーム、大きく切られた果実が円形の中でかくれんぼをしていて、一口噛む度に違う果実が姿を現す。
「りんご……いや、みかん?」
 次々と顔を出す果実に嬉しい困惑を隠せないトモルは、周りを気にせず一人はしゃいでいた。味わったことのない食べ物のそうだけど、こうして雰囲気を味わうということをしたことがなかったトモルはみんなが感じている幸福感を体全体で感じていた。
「なんとも……人間の世界は興味がつきないな」
 口の周りのクリームだらけにしながらトモルは呟いた。これもきれいに平らげたトモルは、両手を合わせ「ご馳走様」と感謝の意を述べた。そしてできる限り片づけをし、終えると衣をきれいに畳み、今度はトモルが素敵な食事を提供してくれた町の人に感謝の言葉を綴った。赤と白の衣の上に便箋を添え、いつもの山伏の恰好に戻ったトモルは家屋を出た瞬間、一本歯の下駄で地を強く蹴り、飛翔した。空高く舞い上がり、ほんの少しだけ温もりに溢れる町を見た。
「……これ以上はだめだ」
 もう少しだけいたいという思いもあるが、これ以上甘えてはいけないと自分を戒めトモルは今度こそ自分の住処へと戻った。その帰り、トモルは今以上に森の見回りを強化し町の人が安全に森の中を歩けるようにしていこうと強く決意した。
 それが、あんなに美味しい料理を提供してくれた町の人への恩返しになるのなら……。
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