クリスタルアイスクリーム【魔】

文字数 2,630文字

 高くそびえる白い山々。一年中白い雪で覆われたここは極寒地としてはもちろんだが、アウトドアとしても有名な地だった。重たい装備を背負って山に挑む人々に、白い風は容赦なく吹き付ける。それでも屈せず姿はなんとも勇ましさを感じるものがある。
 そんな極寒の地に住んでいる青年─スナイフィル。氷魔の父と人間の母の間に生まれ、人間と変わらない容姿をしている。父親譲りの強大な魔力は氷を操ることが可能であり、スナイフィルはその力を利用し自分の靴に魔力を宿し、自分の住処から少し離れた巨大な湖の上でアイススケートをすることを楽しんでいる。時折、楽しそうに滑っているスナイフィルの姿を目撃が報告されている。
 今日も今日とて、トレッキングを楽しもうとするたくさんの人間が山に入ってきた。なんとなくそんな気配を感じたスナイフィルは様子を見に、氷の上をすいすい滑っていくと、そこには六人組の男女が元気よく装備の点検をしていた。スナイフィルは「なんだいつもの光景か」と思いながら様子を伺っていると、ほかのトレッキングの人たちとが違い元気がありあまっているように感じたスナイフィルはほんの少しだけ嫌な予感がした。それは大したものではないかもしれないと思いたいのだが……なんだか嫌な胸騒ぎは止まらなかった。

 六人組が山に入って間もなく数時間が経過しようとしているとき、天気は急変していた。入るときは穏やかな風が吹いていたのが、目の前が真っ白になるくらい激しい白い嵐がやってきていた。こんなに天気が悪くなることはスナイフィルも驚いていて、これはいよいよ危ないのではと心配してきた。そして数時間前に感じていたスナイフィルの嫌な予感は的中していて、六人組はいつの間にか半分になっていた。
「サランー! どこー!」
「グランディー! 返事しろー!」
「ウェンディー! お願い、返事をしてーー!」
 どうやら急変した天気に飲み込まれ、離れ離れになってしまったようだ。白い嵐の中、何度も行方が分からなくなってしまった人の名を叫ぶその姿を見たスナイフィルは、すっと背中を見せた。
(これもいつもの光景じゃないか。別に見慣れて……)
 スナイフィルはこの光景を無視しようにも、その背後で何度も何度も名前を呼び続けている彼らの悲痛な思いはひしひしとスナイフィルの胸に届いていた。
(もう……仕方ないなぁ)
 これ以上騒がれて大きな獣が現れるかもしれないと思ったスナイフィルは、さっそく自身の魔力を足元に集中させるとさらさらの雪の上を軽快に滑り出した。顔に吹き付ける雪もなんのその、スナイフィルは自分の記憶を頼りに三人を探すことに。昨日の装いや編成などを考えある程度の予想を立てたスナイフィルはその地点へと向かって滑った。やがて目的地周辺に近づくと、一旦魔力の放出を行いスケート状態から徒歩へと変え、これからは足元を確認しながら進むことにした。ふわふわの雪の上を歩くこと数十分、なにやら妙な膨らみを足の裏に感じスナイフィルは注意深く調べると、そこには昨日見た六人組の内の三人だった。スナイフィルはすぐに三人の状態を確認すると、命に別状はなくただ意識を失っている状態だった。
「さて、どうしようか」
 氷のように澄んだ声で呟くスナイフィル。一人ならなんら問題はないのだが三人となると少し難しいかもしれない。しばらく唸りながら考えた結果、スナイフィルは自分の魔力を利用して三人を運ぶことにした。
「服は撥水性だから大丈夫だとは思うけど……濡れたらごめんね」
 意識のない三人に小さく謝罪をした後、スナイフィルは意識を集中しさっききた道を薄くしっかりと凍らせた。そして三人を氷の上で滑らせると、そのまま自分に向かってくるよう誘導した。曲がるときは氷の壁をたてればなんら問題はなかったの、スナイフィルは三人が傷つかないよう細心の注意を払いながら滑らせていった。

 一方その頃。懸命に探してた三人は白い嵐の中、声を張りながら捜索を続けていたが、風の唸り声に何度もかき消されていた。それでも声の出る限り叫び探し続けていたが、徐々に体力も底をつき始め立っていることもままならなかった。
「もう……見つからないよ……」
「ちくしょう。あいつら……どこいったんだよ」
「そんな……そんな……」
 声の限り何度も叫んでいたせいか、もう声が出なくなった三人は肩を落とし絶望に染まった顔を見合わせていた。昨日までのはきはきした顔からは想像できないくらいに衰弱しきった顔、睡眠不足による目の下にはひどいくま、かさかさした唇からはうっすらと血が滲んでいた。
「少し……休憩したら探しにいこ」
「そう……だな」
「あたし、ちょっと様子見てくる」
 二人は弱々しく岩の上に座り、体を休めていると遠くから「あっ」という声が聞こえた。何事かと思い向かうとそこにははぐれた三人が横たわっていた。
「おい……うそだろ」
「まさか……」
「ちょっと待って。……大丈夫。心臓は動いてるわ」
 一人が心臓に耳をあて、生存を確認すると二人は安堵の息を漏らした。白い嵐が止み、風の唸り声も聞こえなくなった頃、三人はゆっくりと目を開いた。
「……ん……ここは」
「……あれ……」
「……ん?」
 三人が目覚めると、探していた三人は目を潤ませながら三人に抱き着いた。
「よかった。本当によかった……」
「あぁ……よかった……」
「心配したんだからな……」
 全員がひしと抱き合い、生の実感を噛みしめていると一人が疑問を口にした。
「お前たち、どこにいたんだ? それに……背中、なんでそんなに濡れてるんだ?」
 背中を見ると確かにぐっしょりと濡れていて、そのあとにどこにいたかははっきりと覚えていないが、三人は共通の夢を見ていたのか出てくる単語は一緒だった。それは「男の子を見た」だった。
「もしかして、ここに入る前の小屋にあった報告書に書いてあった男の子のことかな?」
「わからない……でも、その男の子がここまで運んでくれたんだとしたら……」
「可能性はあるわね。でも、それと背中がびちゃびちゃなのはどう結びつくのかしら?」
「それは……うーん……」
 いくら考えても答えが見つけることができなかった六人組は、とにもかくにも助けてくれた男の子に大きな声でありがとうと伝えると、また白い嵐が来る前に下山をした。
「別に……ぼくの住処近くで倒れてもらったら困るだけだから……」
 六人組の後ろ姿を見送るスナイフィルの顔は、恥ずかしそうに頬を赤らめていた。
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