怪しいけど味は最高?! 魔界ポップベリージュレ【魔】

文字数 3,715文字

 まずは目的の人物にプレゼントを渡す(?)ことができたノエルは、神々の住まう世界から今度は魑魅魍魎が蔓延る世界─魔の世界へとそりを滑らせた。ノエルも図鑑などでしか見たことがないが、魔の世界には人間界や神の世界にはいないような少し変わった生き物が存在するそうな。例えば、額から角を生やしていたり、相手の生命力を奪いそれを糧として生きているもの、冥界と呼ばれる世界があるとか……。そんな魔界でノエルは気になっている人物がいるというから驚き。
「今回、魔の世界でプレゼントを渡したいのは……アドラメレクさんです!」
 アドラメレク。地獄の王と呼ばれる炎を操る悪魔の名前である。性格は比較的好戦的で、自分が一番でないと気が済まない。また、とある人物と最近仲がいいという噂もあるとかないとか……。まだ本格的にサンタのお仕事をする前に、アドラメレクのことを調査をしていた紫色の髪をした女性がそう言っていたような。その時はそんなに気に留めていなかったのだが、もしかしたらきっとそうなのかもしれない。
「アドラメレクさんだけでなく、ほかの人にもプレゼントを渡せたらいいなぁ」
 普通、魔界は怖いところという短絡的な考えしかないのだが、今のノエルにとってはそんなことは微塵も感じていなかった。むしろ、

程度にしか思っていないようだ。

 アドラメレクがいると噂されている、魔界の地下にある炎国。下を覗くとぼこぼこと赤い泡ぶくが吹き出し、熱気だけで顔が火傷を負ってしまうのではないかという熱量。加えてあちらこちらで不規則に火柱があがり、まるで侵入者を拒むかのように吹き上がる。その炎を避けながらなんとかたどり着いた洞穴へと足を運ぶノエルは怖いというよりはワクワク感に満たされながら一歩ずつ確実に進んでいった。自分の足音だけが響く洞穴にさらに胸の高鳴りは激しくなり、お腹のあたりがちょっとずつくすぐったくなってきたノエルは、それを必死に堪えながら前へと進んでいく。
 やがて少し天井の高い場所へと出たノエルの目の前には、あの炎を操る悪魔─アドラメレクが規則正しい寝息を立てていた。起こさないようにそっと近付き、袋の中からプレゼントを取り出してあとは置くだけ……なのだが、プレゼントを置こうとしたときにバランスを崩してしまい、そのせいで転がっている石がぶつかり音が出てしまった。その音に気が付いたアドラメレクは目をかっと開き、安眠を妨害した人物を睨みつけた。
「あんた。あたしの安眠を邪魔するなんていい度胸してるじゃない……」
 右手からは勢いよく炎が噴き出しており、いつでもノエルに向けることができる状態となっていた。さすがに恐怖を覚えたノエルは全身でそういうつもりではないことを伝えると、アドラメレクはしばらく考えるとごうごうと音を立てて燃え盛っていた炎を握りつぶすように消した。
「……いいわ。その代わり、あたしを満足させなかったら……どうなるかわかるわよね?」
 ノエルを解放したアドラメレクは、手をひらひらさせながら交換条件を持ち出した。なんでも、退屈で仕方がなかったそうだ。それならばと思い、転んだ拍子に落ちてしまったプレゼントを拾いアドラメレクに手渡した。角が少しだけ潰れていたがそんなことをアドラメレクは気にすることもなく、四角い箱に興味を示した。
「なにかしら。その箱は」
「アドラメレクさんのために用意した、クリスマスプレゼントです!」
「く……クリスマスプレゼントぉ?? あ、あたしに??」
 まさか興味を持った四角い箱が自分に向けられたものだと知ったアドラメレクは、素っ頓狂な声を上げた。それに対し満面の笑顔で返事をするノエルに、さっきまでの怒りはどこへやら。アドラメレクは受け取るとリボンを解き箱を開けた。すると出てきたのは、

だった。
「これ……まさか……あ、あたし??」
「はい!」
 箱の中から出てきたのは、まるで「ばぁ!!」と開けた人を驚かすような仕草をしたアドラメレクのぬいぐるみだった。特徴をよく捉えたそのぬいぐるみは、アドラメレクのお気に召したようで終始手に取り笑っていた。
「あんた。これ、まさか手作り??」
「はい! 心を込めて手作りさせていただきました!」
「わぁ……すごいわねぇ。あたし、こういう細かい作業飽きっぽいからできないのよ。できる人を尊敬しちゃうわ」
「喜んでいただきありがとうございます!」
「なににそんな喜んでいるのだ?」
 ノエルの背後から聞きなれない声がし、振り返るとそこには鋭い目つきをした女性が立っていた。さらに長く伸びた爪に、大音量の羽音……これはまさかと思ったノエルは思い当たる名前を震える唇で紡いだ。
「まさか……べ……ベルゼブブさん……ですか?」
「……? そうだが……。お前は一体だれだ」
 七罪の「暴食」を司る悪魔─ベルゼブブ。なんでも彼女の操る虫はありとあらゆるものを食べてしまうのだとか……。まさかそんなベルゼブブと出くわすなんて思いもしなかったノエルは、緊張と恐怖からか足ががくがくと震え、口をぱくぱくとさせていた。
「あ! ベルゼ! 遅かったじゃないの! こっちは退屈してたんだからね!」
「……どこをどう見たら退屈していたというのだ。わたしにははしゃいでいるようにしか見えないのだが……」
「だー! もう! そんなの気にしなくていいのよ! あ、ねぇねぇ。この子のプレゼントすっごいのよ!!」
 上機嫌なアドラメレクに促されたノエルは、袋からプレゼントを取り出すとそれをベルゼブブに手渡した。首を傾げながらリボンを解き、箱を開けると……。
「こ……これは……! わたし……なのか?」
「どれどれ? ぶっはははは!!! なにこれ! あんたそっくりじゃない! この嫌らしい目元なんかほーーんとそっくりで……ぶふふふふっ!!」
「なっ!! アドラっ! お前の手にある人形だってお前にそっくりではないか!」
「あら嬉しいこと言ってくれるじゃないのぉ?」
 二人のやりとりを見ていたノエルは、始め緊張と恐怖で支配されていたが段々とベルゼブブの意外な一面を見ることで、その緊張も解れていった。はらはらと解けていく緊張感はやがてノエルを安心させるのと同時に笑顔を咲かせた。
「よかった……」
 笑顔が咲いてからしばらく、足に力が入らなくなってしまったノエルはその場に座り込み顔を伏せてしまった。驚いたアドラメレクはノエルの体を揺らしながら「大丈夫?」と気にかけてくれ、それにこくんと頷いて返事をするとどうしたらいいかわからないベルゼブブは、アドラメレクに首で指示を受けるとノエルの傍に寄り声をかけた。
「その……驚かせてしまったのなら申し訳ない。わたしはこういうのを貰いなれていなくてだな……」
「あー。もうまどろっこしいわね。ノエル……だっけ? こいつは単純にありがとうって言いたいのよ。それが中々言えなくてもごもごしてるだけなの。気にしないであげて」
「なっ!! 貴様……!!」
「そうやっていちいち怒るから紛らわしいんでしょうが!! ちったぁ申し訳ないって気持ちがあればそんなにまどろっこしくならないわよ!!」
 アドラメレクの一括に何も反論できなくなってしまったベルゼブブは、ゆっくりと顔をあげるノエルに微笑を浮かべながら「ありがとう。大事にするよ」と言った。優しい口調にノエルは安心し、涙を浮かべながらではあるがこくんと頷くと、ベルゼブブの背後でひきつった表情をしているアドラメレクに目がいった。ノエルが不思議そうに首を傾げていると、それに気が付いたベルゼブブはノエルの視線の先にいるアドラメレクを見て更に首を傾げた。
「アドラ……なんという間抜けな顔をしているんだ……」
「だって……あの……強情なあんたが……『ありがとう』だなんて……」
「っ!! さすがのわたしもそこまで薄情ではない!!」
 またアドラメレクとベルゼブブのやりとりが始まると、ノエルは声に出して笑った。その笑い声に気が付いた二人も顔を見合わせて笑い始めた。

「もう行ってしまうのか」
「はい。本当はもう少しお話を聞きたかったのですが……」
「いいじゃない。あんたなら大歓迎よ。もし今度来るようなことがあったら、こいつも呼んでおくから。それで、女子会しましょ! 女子会!!」
「じょ……女子会……ううん。それも……悪くないな。女子会……うん」
「ぜひ!! ひと段落したらまた遊びに来ます!!」
 ノエルは力強く頷き、二人に別れを告げる代わりにそりの手綱をぐいと引いた。ふわりと浮いたそりはやがて二人を見下ろす程の高さまで上がると、しばらくして小さな扉が現れた。そして、そのそりは迷いもなくその扉へと突っ込むと、あとには何も残らずいつもと変わらない魔界の空が広がっていた。
「……いい子じゃない」
「そうだな」
「また会えるわよね」
「きっと会えるさ」
「んじゃあ、そのときはベルゼの恥ずかしい話で盛り上がろうかしらねぇ」
「なっ!! 貴様……いい加減にっ!!」
 こうしてしばらく、魔界の炎国には二人の嬉しそうにやりとりする声が響いた。束の間の平和……とでも言おうか。
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