芳醇カカオたっぷりのチョコオムレット【魔】

文字数 2,039文字

 誰もいない路地裏を一人歩いている。闇と見間違えるほど暗い色のフード、同色の腹から胸元まで開いたローブ、腰元には様々な暗器がぶらさがっていた。不思議なことに、その人物が歩いても暗器同士がぶつかっても音がでていない。それはそういう暗器なのかどうなのかはわからない。
 男─フルーファーは魔族であり呪術師でもある。言の葉に魔力を籠めて、人だけでなく物にも呪いをかける能力を持っている。例えば、フルーファーが対象にしている人物に『止まれ』と言えば、対象にされた人物は指一本動かすことができなくなる位、強力な呪いとなっている。それを間近で見た同族の仲間からは度々「お前は怖い」と恐れられている。フルーファーはそんなことはお構いなしとばかりに受け流し、黙々と確実に依頼をこなしていった。
 とある日。依頼所に立ち寄ったとき、既に何人かの同業者で賑わっていた。酒の入ったグラスを片手に楽しそうに笑っているのを冷たい眼差しで見ていると、同業者の一人がその目が気に食わないという理由でフルーファーのフードを掴んだ。
「おいやめろ! 気にすんなって」
「いいや。お前のその目、なんか文句あんのか? 文句あるならはっきりと言いやがれ」
 酒の勢いで怖いもの知らずになっている男に、知り合いたちが何度もなだめようと取り繕うも男はそれを振り払い、フルーファーに罵声を浴びせ続けた。目つきが気にいらないから始まり、態度も気に入らないなど難癖をつけてフルーファーを罵倒し続ける男に、ついにフルーファーはふうと小さな溜息を吐いた。
「あ? なんか言ったか?」
「……別に」
「言ったよな。今、なんか言ったよな? あぁ?」
「お前さん、その辺にしておいたいい。そろそろ、オレも限界だ」
「あぁ? 限界だぁ? そんなもんまだまだこっちは言い足りないんだよ」
 言っても聞かないかと諦めたフルーファーは、長めに息を吐きだしながら男を睨みつけた。
「……警告はした。次はない」
「生意気言ってんじゃねぇぞ! こんの小僧がぁ!」
「おい! やめろって!」
 最後まで仲間の忠告、フルーファーからの警告を無視した男はふらふらな足取りのままフルーファーに近付き拳を振り上げた。完全に振り下ろされる前にフルーファーは小さく囁いた。
『動くな』
 そう言うと、男は拳を振り下ろす途中でぴたりと固まるように動かなくなった。仲間の男たちはもちろん、当の本人も驚きのあまり言葉を失っていた。
「な……なんだ……体が……動かねぇ」
「だ……だから言ったじゃねぇかよ。こいつは……フルーファーだよ」
「ふ、フルーファーだと。おいてめぇ! なんで早く言わねぇんだ!」
「言ったじゃねぇかよ。でも、お前は聞かなかったじゃねぇか!」
 仲間同士で醜い言い争いが始まり、辟易したフルーファーは男たちをそのままにし、マスターに仕事の依頼がないか尋ねた。するとだるそうに一枚の依頼書を摘み投げるようにして寄越した。内容を確認したフルーファーは特に頷くことなくその依頼書を懐に入れ、依頼所から出ようとしたとき、さきほどの男の怒鳴り声が響いた。
「おいてめぇ! どうにかしろ!」
「……フルーファーさん、申し訳ない。こいつの代わりにおれらが謝るよ。だから、こいつの呪いを解いてくれないか?」
 必死に懇願され、やれやれと言わんばかりに首を振りながら指を鳴らした。すると急に体の自由を許された男は振り上げたときの勢いを殺せないまま、前へと倒れた。そして今度は怯えた顔を浮かべながら一目散に依頼所を出て行った。静けさを取り戻した依頼所を見たマスターは、口をへの字に曲げながらもどこかほっとした表情をしていた。

 依頼書に書かれている場所へ向かう途中、フルーファーはフードを外し銀色に輝く髪をかき上げた。闇に浮かぶ薄い光がフルーファーの彫りの深い顔を仄かに映していた。最近手入れをしていないなと呟きながら顎に触ると、少しちくちくした感覚が右手に伝った。その理由は、ここ最近不休で調べものをしていたからだ。そしてその調べものの中で、フルーファーは確実にそれを手に入れてやろうと決心した。
 手に入れてやろうとしているもの。いや、実際にはものではなく、呪法といった方がわかりやすいだろうか。今のフルーファーの魔力では人やものに呪力を注ぎ込むことはなんら問題はない。だが、それ以上の存在があるとするなら……例えば、おとぎ話にでてくる竜。もし竜が現れてしまったら、人間の力では太刀打ちできずに屠られるだけなのは目に見えている。だが、そこで巨大な竜すらも縛り付ける呪術があるとしたら……それを手にしないわけにはいかない。今のフルーファーにとって、依頼というのはそれを達成するための橋渡しに過ぎず、機会があればいつでも依頼を投げ捨てでもその呪法を取得しに行くだろう。
 たとえ、その呪法が強ぎて周りから孤立してしまおうと構わない。今はただ、あらゆる存在の魂に干渉ができる呪法を求めて、フルーファーは今日も闇に紛れ、生きていく。
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