★クリスプチョコボール【竜】

文字数 4,788文字

カンカンカン カンカンカン カンカンカン

カンカンカン カンカンカン カンカンカン キンッ!

「おっ! これは手応えあり!」
 身の丈よりも大きなつるはしを放り投げ、音のした周辺を慎重に崩していくとやがて赤色の鉱石が顔を覗かせる。そこからさらにお手製の道具でかきだしていくと、掌におさまる程の小さな鉱石が手に入った。少女は残念そうな顔はするがすぐに気を取り直し、またつるはしをもって採掘を始めた。
「出なかったらもう一回掘る! 掘ればいつか出る! 単純だよ」
 彼女はまたリズミカルにつるはしをふるうだけだった。


彼女─ミニエラは代々採掘を生業として生活をしている。採掘しているこの鉱山も、彼女曰くひいひいひいひいひいじいちゃんから受け継いでいるとのことだ。普段はミニエラの父親が採掘作業をしているのだが、無理をして腰を痛めてしまい代わりにミニエラが採掘をしているというわけだ。代理に採掘をしているといっても、そこは代々採掘をしているだけあってか、掘り方のコツや音の聞き分け方、細かい作業などは全て仕込まれており、ミニエラ単体でも採掘作業は難なくこなすことができる。竜の血を引いている代々は自分の身の丈よりも大きなつるはしを持ってほぼ無尽蔵な体力を武器に奥へまた奥へと掘り進めていく。
「あたしが父ちゃんの分までガンガン採掘してやるんだ」
 陽気に鼻歌を歌いながらミニエラは今日も豪快につるはしを振るっていく。

 数日が経過したある日、ミニエラが自宅で食事を摂っていると外がなんだか騒がしいことに気が付く。ミニエラはスプーンを置き、様子を確認するため外に出た。木々がざわめき、ここ数年感じたことのない生ぬるい風がミニエラの体に吹き付ける。
「なんだろう。この風……」
 普段は明るいミニエラなのだが、この時ばかりは不安の色を滲ませていた。しばらくするとその風は止み、いつもの静かな炭鉱へと戻った。まあ悩んでも仕方ないかと割り切り自宅へと戻り、食べかけの野菜シチューをもぐもぐと頬張る。最後の一口まできれいにすくい食べ終わると、すぐに洗い物をして片付ける。ロッキングチェアに体を預けると、心地よい揺れとともにやってくる眠気。このまま体を委ねてもいいのだが、さすがにここで寝るのはまずい。眠気がもう少しこっちに近付いてきたら自室で休もうと決め、それまではロッキングチェアの優しい誘惑に甘えることにした。
 ロッキングチェアにたっぷりと甘えたミニエラは就寝準備を済ませ、自室のベッドへと飛び込んだ。ふわふわの布団から香る仄かなお日様の匂いに小さく笑うミニエラは、反転し天井を仰いだ。
「さっきの風は一体なんだろう……」
 あの生ぬるい風。体にまとわりつくようなじっとり感もあったし、背筋もなんとなくひやりとした。ずっとここに住んでいるのに感じたことのなかったあの風は……。どんなに考えても答えが出てこないとわかると、ミニエラはすぐに切り替えてお日様の匂いのする寝具にくるまった。
「それはそれ。明日は明日だ!」
 お日様に抱かれている気分のミニエラが寝付くまでにそう時間はかからなかった。

 翌朝。すっきりと目が覚めたミニエラはうんと背伸びをし、窓から刺すお日様にあいさつをした。身支度をし、キッチンで朝食を作り食事を摂る。腰を痛めている父親の分も作り、部屋まで持っていくと父親は既に起きていて読書をしていた。
「ミニエラか、おはよう」
「お父さんおはよう!」
 サイドテーブルに朝食を置くと、父親はそれを美味しそうに食べる。卵の黄身が破れ流れてしまったが、それをパンできれいに拭って食べ手を前で合わせごちそうさまとあいさつをした。耐え終わった食器を片付けようと皿に手を伸ばしたとき、父親が口を開いた。
「ミニエラ。絶対に無理はするな」
 最初、何を言っているかわからなかったミニエラは首を傾げた。すると父親はいつになく真剣な眼差しでミニエラを見据えると、忠告だと言わんばかりの表情で続けた。
「お前、昨日何かを感じたんだろ?」
 素直にうんと頷くと父親は眼鏡をかけ、引き出しからなにやら書物を取り出しミニエラに見せた。
「俺の予想が正しければの話だが……その嫌な気配の正体はこいつかもしれない」
 所定のページには「生気を貪るもの」と書かれていた。その文字の下には黒いレースで目隠しをしているように見える女性が描かれていた。そしてその隣には霧のように薄く、闇のように濃いドクロが描かれている。
「書物だけの話なんだが、こいつは遥か昔に封印されたのだが。どうやらこいつ、蘇ってしまったらしい。それもこいつだけという……」
「お父さん、どういうこと?」
「こいつは反魂の秘法─つまり、誰かを復活させる魔術を独占したいがために自分の種族を根絶やしにしたらしい。自分だけがこれを持っていればいいというあまりに利己的な考えでな」
 思わず突拍子な話でこんがらがるミニエラは思わず固唾を飲む。さらに父親は話しを続ける。
「昨日、感じた風はたぶんそいつが通過したときに生じた瘴気だろう。幸い、俺らの種族はあまり瘴気に影響はされないようだが……だが、一瞬でも気を抜いたら奴らに魂を持っていかれるから気を付けろ。それに……」
「それに……?」
「そいつだけがここに来たわけじゃなさそうだ……だから、採掘も大事だが身の危険が迫ったら逃げるのも忘れるな」
「う、うん……」
 普段、こんなに真剣な顔で話をする父親を見たことがあったか……いや、ない。それほどまでに危機迫る状況にミニエラの表情にいつもの明るさは隠れてしまった。脅かすつもりはなかったと父親はいうが、それはかえってミニエラの不安を助長させているだけでなんのフォローにもなっていない。すっかり表情が曇り切ってしまった我が娘を見るのも辛いとは思っていても、これは起こっているかもしれないという事実を言っておくのは決して悪いことではない。しかし、父親はなにを間違ってしまったかまではわからなかった。

 父親の部屋を出たミニエラは今日の採掘をどうしようか迷っていると、ものの数秒で行くことを決定した。確かに父親の言っていたことは恐怖であるが、それはあくまで可能性の問題。それに出会わなければいいという結論になり、ミニエラは父親の朝食を手早く片付け愛用のつるはしを持って鉱山へと走っていった。なんでさっき、あたしはあんな顔をしてたんだっけと自問するもこれまた答えがわからないまま、今日も元気につるはしを振り下ろす。
 順調に採掘をしていると、お腹からきゅうと何かが鳴った。この音が鳴るという事はお昼の時間だと気づいたミニエラはつるはしを投げ、自分で作ったお弁当を広げる。今日は大好きな大粒の赤い果肉を入れたおにぎり。
「いただきまぁす!」
 大きく口を開き、おにぎりにのてっぺんにかぶりつく。白米の甘みのあとにやってくるじゅんと酸っぱい味がおいかけてきて、思わず顔から汗が噴き出してくる。
「うー! すっぱぁい! けど、この酸っぱさが癖になるぅ!」
 おかずに手を伸ばしたそのとき、バランスをくずしたおにぎりが手から零れ落ちてしまう。それを追いかけるミニエラ。食べた場所が少し坂道だったことを思い出したミニエラは少しだけ後悔した。やがてなにかにぶつかったおにぎりは勢いを殺され、その場で止まる。
「あー、やっと止まったぁ! よし、今度は平らな場所で食べよう」
 戻ろうとした時、拾ったおにぎりから発せられる粘性の高いなにかにでミニエラは大声で驚く。べたべたとそしてなにか腐ったような臭いの元がこちらにゆっくりと向き直る。目は退化しているのか無く、代わりに大きな口からびっしりと生えている鋭い牙。口の周りからの臭気を放つそれは思わず顔をしかめるには十分すぎるくらいだった。
「な……なにこいつ! 昨日までいなかったのに! って、あー! あたしのおにぎりが!」
 臭気よりも自分のおにぎりを台無しにされたことの方にショックを受けたミニエラは、大急ぎで愛用のつるはしを抱え戻ってきた。
「こんのー! あたしの大好物になにするんだぁ! とぅっ!!」
 ミニエラがつるはしを振るうと、その物体はいとも容易く吹っ飛び採掘途中の壁に叩きつけられる。その時の衝撃が強すぎたのか、物体は負荷に耐え切れず粘液を発しながら息絶えた。
「よぉっし! 倒した! ……でも、こいつくっさー!」
 得体のしれない物体を撃破したのはいいのだが、そのあとの臭気にげんなりする。倒したことに満足したミニエラが戻ろうとしたとき、その物体周辺で何かが光った。とても小さい発光ではあったが、ミニエラは確かに光っているのを見た。
「この……辺……かな」
 得体のしれない物体を適当に追いやり、光ったかと思われる場所を探す。注意深く探していると、さっきと同じ光を見つけたミニエラは一点集中の一振り入魂。
「ここだぁ! よぉ~く狙ってぇ……どーん!」
 勢いに任せてつるはしを振るうと、光っている周辺の岩がぽろぽろと崩れ光の正体が少しずつ露わになる。これじゃまだだと判断したミニエラは力を絶妙に加減しながら掘り続けると、見えてきたものがある。クリスタルブルーの色をしたそれは、ミニエラの目の中に飛んできたかと思えば今度は周囲一帯をまばゆい光で包み込んだ。
「おおおおおー! これはまさか……大当たりの予感がするぞー!」
 やる気を出したミニエラはガンガンと掘り進めていくと、光る鉱石が次第に姿を現していく。
「これでどうだぁー!」
 ミニエラが振るったつるはしが光る鉱石をぽろりと落ちる。昨日見た赤い鉱石よりもずっと大きく重い。その輝きはまるで希望を象徴しているかのような輝き。その輝きは夢が詰まった結晶。ミニエラにとっても父親にとっても、そして、ひいひいひいひいひいじいちゃんにとっても……。
 ミニエラは一つも零さないように抱きかかえるように鉱石を持ち帰ると、ノックもなしに父親の部屋へ飛び込んだ。
「お父さん! これ!」
「ミニエ……え! うぉ!? なんだそれ、その臭いは……うぉおお??」
 嬉しい反面とてつもなく臭いなにかに驚く父親は、まずなにから突っ込めばいいかわからず、ベッドの上でじたばたと暴れる。暴れる度に腰へダメージがいくのだが、これを暴れずしてどうするか。
「でっかい鉱石、見つけちゃったぁ!! えっへへー!」
「わ、わかった! わかったからまずは落ち着け」
「え? なんで??」
「あーーー! 近寄るなぁ!! くっさい!!!」
 父親に言われて気が付いたミニエラは、すぐに風呂場へ行くと泥と臭気でまみれた体をきれいに流した。特に手は念入りに洗い、何度も臭いがしないか確認し三回目でようやく臭わなくなったのを確認し、風呂場から出る。体を拭き上げ、父親にこの鉱石が手に入った経緯をかいつまんで話した。すると父親は大層驚き、ミニエラを称賛した。
「これを売れば、しばらく金銭面に困らない位の値打ちのあるものだ……よくやったなぁ……」
「その前に、父さんの腰を直すのが先だってばぁ!」
「あぁ、そうか。それにしれも……その……さっきの臭いのはなんだったんだ」
 それもかいつまんで話すと、今度は厳しい顔へと変わった。なんでも噛みついた相手の体液を吸いつくすといわれている魔物らしい。それをつるはしで撃破した先でこの鉱石が手に入ったので、ある意味ラッキーではあった。
「喜んでいいのか怒った方がいいのか……微妙だなぁ」
「喜ぶのに一択でしょ! じゃあ、あたしはこれを売ってくるからお父さんはもう少し待っててね」
「あ、おい! ミニエラ! 待ちな……いったたたたぁあ! ああぁぁ! 腰がぁああ!!」
 ミニエラは父親の治療費のためだと意気込み、大きな鉱石を持って街へと向かっていった。それを止める父親の悲鳴など欠片も届いていなかった。
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