ゴールドアップルのシュガーパイ【神】

文字数 3,079文字

 冬の風がまだ残る春の入り口。悪戯に吹いた風にさらさらとした金色の髪を弄ばれた青年は、空を仰いだ。きりりとした目元に整った顔立ち。夜空を思わせる深い青のコートを羽織り、腰には一本の剣を差している。彼の名前はブレストソーディアン。自らの魔力を剣に注ぎ込むことで魔法剣を生み出し、敵を討つ。
「少し肌寒いですが、それもまた心地よいですね」
 ブレストソーディアンはくすくすと自嘲しながらのどかな田園地帯を歩いている。とある城下町に住んでいた彼の家系は、先祖代々継ぐ剣技の使い手であった。両親も剣の扱いに長け幼い頃から剣の修行をしていたブレストソーディアンはいくらか心得はあるものの、同じ城下町で剣の指導者から「まだまだだ」と言われ、それ以降、親元を離れ剣の修行の旅に出ていた。魔力の放出量や制御しなければいけないことなど、気を付けなければいけないことはたくさんあり戦闘の度に意識をそちらに向けている。
「わたしもまだまだですね」
 いつかは魔力も制御し、苦戦することなく魔物などを退治ができればいいなと思っていたブレストソーディアンは弱々しく拳を握った。
「父上にも母上にも……このままでは迷惑をかけてしまいますね。そうならないよう、しっかりと実践を積んでいかないといけませんね」
 もっと精進せねばと自分をきつく戒めていると、どこからか叫び声が聞こえた。その声にすぐにはっとしたブレストソーディアンはすぐに剣を抜き、駆けた。それと同時にすぐに魔物に攻撃ができるよう魔力で形成した剣を自分の周りに漂わせ、戦闘態勢を整えていた。

「だ……誰かぁ!!」
 声のする方へと向かうと、そこは悪戯好きなピクシーたちが村の人たちに悪戯をしていた。悪戯といえば可愛く聞こえるが、実際はそこに住んでいる村の人たちの生活すらも変えてしまうほどの悪戯なのでそう笑ってもいられなかった。
「今、参ります! はぁっ!」
 魔力で形成した剣の一つをピクシー目掛け投げつけると、ピクシーは悲鳴を上げながら消えていった。残ったピクシーたちを鋭く睨むブレストソーディアンは一歩も譲らないといった構えを取っているとピクシーの一匹が「あぁ」とつまらなそうに声を上げ「なんかしらけちゃったぁ。せっかく遊んでいたのに」と声にも顔にもがっかりといった気持ちをのせ吐き捨てた。その態度が許せなかったブレストソーディアンは声を上げたピクシーの喉元に剣をそっと添えると冷たく睨み、口を開いた。
「もう一度、言ってごらんなさい」
 その覇気におされたピクシーは半ば自棄に「冗談だってば」と言いながら消え去った。それに続いてほかのピクシーたちも次々と消えていき、村には静寂が帰ってきた。
「ふぅ……皆さん、お怪我などありませんか?」
 剣を鞘に収め、村の住民たちの安否を確認するブレストソーディアン。幸い、誰も怪我をすることなく終えることができたのを知ると、ブレストソーディアンはほっと胸を撫でおろした。
「おお。旅のお方、ありがとうござます!」
「おかげで助かりました」
「お兄ちゃん、ありがとう!」
 村の人たちからの感謝の声に、ブレストソーディアンは「いやいや。間に合ってよかったです」と謙遜をすると、町長と思われる人物が深く何度も頭を下げているとその脇から少女が顔を覗かせていた。少女は一歩また一歩とブレストソーディアンに近付くと、手にしていた花束を手渡した。
「あの……助けていただいてありがとうございます。これは、その……お礼です」
 色とりどりの花を詰め込んだ花束からは爽やかな香りが漂い、ブレストソーディアンの鼻腔をくすぐった。
「これは……なんとも素敵な贈り物だ。ありがとう」
 少女にお礼を言い、ブレストソーディアンは村を後にした。その間も、花束からは爽やかな香りが舞い続けていた。

 村を後にしたブレストソーディアンは日が暮れる前に、別に街へと到着していた。まずは宿を確保してから賑わう市場広場へと向かった。すでに市場広場は沢山の人で賑わっており特に飲食店が並ぶ場所では酒を飲みながら楽し気な会話をしている人たちで溢れていた。笑いながら酒を酌み交わしている人たちの間を縫うように移動するブレストソーディアンの目に、気になるものがずらりと並ぶお店があった。何度も謝りながら進んでいくと、そこはギフトショップだった。ハンカチやタオル、お菓子やおもちゃなど幅広い商品を取り扱っていた。
「この品数は……素晴らしいですね」
 思わずあちこちに視線を泳がせていると、店員がブレストソーディアンに声をかけた。
「こんばんは。何かお探しですか?」
「え? ああ。気になるものがたくさんあったので、つい」
「ありがとうございます。種類豊富に用意してますので、ゆっくり見ていってくださいね」
 店員はそういうと、レジカウンターへと戻り会計を待つお客の対応をしていた。どうやらラッピングを依頼されたようで、慣れた手つきでラッピングをしている店員はなんだか生き生きしているように見えた。
「ラッピング……ですか」
 何を思いついたかブレストソーディアンは、とあるものを抱えレジカウンターへと向かい声をかけてくれた店員にラッピングを依頼した。
「かしこまりました♪」
 弾ける笑顔で応えた店員は、引き出しから大きな透明な袋を取り出し丁寧に入れると、とあるものと同じ色のリボンできゅっと結んだ。
「お待たせしました♪ 素敵な贈り物ですね♪」
「ええ。喜んで貰えるでしょうか……」
「ええ。きっと喜んでもらえると思います!」
 優しく手渡されたとあるものを抱え、ブレストソーディアンは店員に深く感謝の意を伝えると賑わう市場を再び縫うように歩き宿屋へと向かい、少し早めに体を休めた。

 翌朝。いつもより少し早めに起き、身支度を済ませ早めに宿を出て昨日立ち寄った村へと向かったブレストソーディアン。その道中、喜んでもらえるかどうかが不安で表情はずっと曇り模様だった。やがて村が見えてくると、ブレストソーディアンの胸はどきどきと音を立てて暴れだした。普段、こんなことは滅多にないのにと思いながら村へと入る。
「おはようございます」
 朝早くに畑仕事に精を出している男性に挨拶をし、昨日花束をくれた少女の所在を尋ねた。すると男性はブレストソーディアンの後ろを指さした。そこには町長とその少女が立っていた。
「お、おはようございます」
「お若いのに早いのお。何かあったのかい?」
 ブレストソーディアンは簡単に経緯を話すと、町長は笑い少女は驚いていた。さっそくブレストソーディアンは手にしたあるものを少女に手渡すと、薄く笑みを浮かべた。
「これは昨日いただいたお花のお礼です。受け取っていただけると嬉しいのですが……」
 透明な袋に入っていたのは首にブレストソーディアンのコートと同じ夜空のようなリボンをした真っ白な熊のぬいぐるみだった。そういえば、今日はホワイトデーだということに気が付いた少女は「い……いいのですか? こんな素敵なお人形」と満面の笑顔をしつつも小さな声で尋ねると、ブレストソーディアンは無言で首を縦に動かした。
「あ……ありがとうございます。その……うれしいです」
「こちらこそ。ありがとうございます」
「わざわざ渡すために寄っていただいて……ありがとうございます」
「いえいえ。では、わたしはこれで」
 軽く挨拶をしてからブレストソーディアンは村を後にした。村を出て、次はどこへ向かおうかと当てもなく足を動かしている間、受け取ったときの少女の笑みがブレストソーディアンの脳裏に焼き付き、しばらく離れなかった。
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