★ぷるしゅわ! 見た目涼やかサイダーゼリー【神】

文字数 5,264文字

「なに? 連日続くこのクソ暑い日をどうにかしてくれだと? なんともまぁざっくりとした依頼だ」
 発明家─アルキメデスが、天界の郵便配達員マルカから受け取った依頼書にはそう書かれていた。ここはアルキメデスの住居兼研究室。発明が彼女の生き甲斐であるということは、部屋の中を見ればすぐにわかるくらいに散らかっていた。あっちには発明した機械が転がり、こっちには設計図が散らばり生活感がまったく感じられない空間に彼女は依頼書とにらめっこをしていた。無機物なものがあっちこっちに転がる空間を器用にかいくぐりながら生活をしていると、時たまこういった依頼が彼女の元へと運ばれてくるのである。
「うーん……具体的にはどうしたらいいものか……そうだなぁ……」
 ざっくりすぎる内容に頭を抱えていると、突然アルキメデスは何かを閃き白紙の設計図にがりがりと書き始めた。その勢いは凄まじく、きっと誰かが声をかけても気が付かない位に彼女は集中してペンを走らせていた。
「これをこうして……ああすれば……よし! 理論上はこれで解決できるはずだ。しかし、これをこうするには……ああするしかないか。ならば、こうしようか」
 ぶつぶつと独り言を言いながら書き進めていくこと数十分。アルキメデスが描いている計画が完成した。あとは、これをさっき来たマルカに依頼をすれば下準備は完了。そして、期日までにきちんとした準備をすすめればきっと大成功間違いなしと確信したアルキメデスは、早速依頼に合う機材の発明へと取り掛かった。

「うん! 絶好のイベント日和だな!! 我ながら良い企画を考え付いたものだ」
 雲一つない快晴、穏やかな風、とあるビーチにて大型の機材を持ち込みながらアルキメデスは自画自賛を繰り返していた。人気こそないが、あと数時間もすればここはたくさんの人たちで賑わっているのを想像すると、アルキメデスの頬は緩み笑みが零れていく。
「おっといかん。笑うのはこの企画が成功してからだ。準備、設営をすすめていくぞ」
 一人でてきぱきと動きながら会場を設営していくと、徐々に人が集まりだし中を覗く人もちらほら現れ始めた。それに気が付いたアルキメデスはにっこりと笑いながら準備中だといい、完成したら合図を送るからきてくれと言葉をかけると、再び設営準備へととりかかった。
「よし、だいぶ出来てきたな。あともう少しだ」
 この企画でみんなが笑顔になることを想像すると、アルキメデスの作業効率は今まで以上に増し、予定していた開場時間よりも一時間以上早く設営が終了した。想定外なことに驚きながらも、会場外には既にたくさんの人だかりができており、アルキメデスは大きな声で来場者を迎えた。
「待たせてしまってすまない。これより開場するから順番に前へと進みたまえ。焦らずとも席は十分に用意してあるから安心したまえ」
 アルキメデスが来場者を奥へと案内すると、そこは一種の野外ライブ会場のようになっていた。両サイドには大型のスピーカー、間は大きめのステージとなっていて中へ入った来場者の気持ちを高ぶらせた。それを皮切りにどんどんと人が流れ込み、会場はたくさんの人たちで賑わいアルキメデスの気持ちも高ぶらせてくれた。
「こ……こんなに来場者が……これは絶対に成功させねば!!」
 舞台袖へと向かう途中、自身に気合を入れ最高の日になるよう思いを込めた。そして、音声拡張機の電源を着け、大きな歩幅でステージ中央へと向かい声を張った。

「さぁ、諸君。大変ながらく待たせてしまってすまない。これよりこの暑さをも吹き飛ばす特別なイベントを開催しようと思う! 諸君、準備はいいか?!」

 おおーー

「元気がないなぁ。そんな元気のない声じゃ始めるわけにはいかないな。もっと元気よく行こうではないか。諸君、準備はいいかー?!」

おおおおおーー!

「いい返事だ! それじゃあ、早速始めるとしよう! 今日は大いに盛り上がってくれ! 最初の演目はこれだーー!」
 アルキメデスがステージ袖へとはけるのと同時に、四人の人物が準備を始めた。一人目は白銀色の髪に透き通るような白い肌、真っ赤な瞳は鮮血を思わせるそんな色だ。二人目は暴力的な笑みを浮かべながら楽器の調整をしていた。頭から生えた二本の角、そして腰あたりから延びる尻尾が人間ではないことを証明しており会場が一瞬どよめいた。三人目はそれに続くように、耳は尖り蠱惑的な笑みを浮かべ尻尾をゆらゆらと揺らしている女性だった。その女性も楽器を調整しながら会場にいる人たちへ投げキスをしたりとサービス精神旺盛だった。最後の人物は終始ちゃらちゃらした雰囲気を出し、ステージでおどけてみたりと見てて冷や冷やする場面も多いが、楽器の調整となるとさっきまでの雰囲気ががらりと変わり真剣な表情で調整をしていた。そのギャップに会場にいる女性からは歓喜の声が上がっていた。
「……待たせたな。軽く自己紹介でもしておくか……おれはヴォーカルのアルカード」
「オレはギターのケラヴ」
「アタシはベースのカーミラ♡」
「俺はドラムのビフロンだ! 楽しんでいこーぜー!!」
 ドラムを軽く叩き、アピールをするビフロンに冷たい眼差しを送るアルカード。それを気にせず一人盛り上がるビフロンに肩をすくめる。
「……まずは一曲目」
 アルカードが指を鳴らすと、ケラヴがギターをかき鳴らす。ギターに始まりベース、ドラムがそれぞれ音の暴力を発し、爆音で溢れた会場にアルカードの淡くも力強い歌声が響いた。激しいと思ったら急に優しいメロディになったり、今度は激しくなったりと緩急の激しい曲調は会場にいる全員の心を奪い、魅了した。それはまさに

だった。最後にドラムで締めると、ワンテンポ遅れて拍手や歓声が一杯に響いた。それに喜ぶカーミラとケラヴ、ビフロンだがアルカードは仏頂面を貫きながら次の曲へと移る合図をした。
「甘美な詩を与えてやる」
 二曲目はさっきまでの激しいものではなく、しっとりとしたバラードだった。哀愁あるもどこかポジティブな詩に女性だけでなく、男性も涙を流しながら聞き惚れていた。間奏ではケラヴのギターソロが入り、優しくも抑えられない気持ちが表れた音はまるでその詩に登場する人物の感情を表しているようにも思える演奏だった。間奏後に続くアルカードの甘い歌声は物語を終焉へと導き、曲の結びは溶けてしまうような息遣いで終わった。曲が終わったというのに、誰も拍手や歓声を送っていないことに気が付いたアルキメデスは、会場がどうなったのかを確認するために顔だけをひょいと出した。すると、会場全員が涙を流して余韻に浸っていたのだ。
(まさか……ここまでの実力だとは……計算外だ!!)
「……おれたちはこれで終わりだ。まぁ、せいぜい楽しんで行けよ」
「じゃーねー」
「また会いましょ♡」
「えー、もー終わりなのー?? ねぇねぇー。もっと演奏したいよー」
「黙れ。帰るぞ」
 アルカードに睨まれ驚く素振りをするビフロンは、最後に会場にいる人に手を振り袖へとはけていった。そして、今度はそれと入れ替わるように別の人物がステージ中央へと集まった。
「今度はわたしたちの出番ですわね。うふふ!」
「はい! 張り切っていきましょう!」
「こんな機会は滅多にないですからね。聞いてくださるかしら?」
 向かって一番左で大きな竪琴を用意した女性─ベガは、まるで慈しむかのように撫でると、嬉しそうにほほ笑んだ。そして真ん中にいる女性の背には翼が生え、まるで天使のような装いだった。彼女─ハーピストエンジェルも自身で竪琴を用意し、嬉しそうに微笑む。最後に向かって一番右ではベガほどではないが大きな竪琴を用意し、チューニングを始めた。太陽の恵みをいっぱいに浴びたオレンジの様な髪に慈愛に満ちた笑顔の女性─グレートヒェンは満足のいく音色が出たことを確認すると、二人に目配せをすると二人は同時に頷いた。そして、ハーピストエンジェルが小さく「せーのっ」と言いながら竪琴を弾いた。
 たった一秒。されど一秒。竪琴が奏でる幻想的な音色に、会場は一気に神聖な雰囲気に包まれた。目を閉じれば花々が舞い、天使が歌い妖精が踊っているそんな情景が思い浮かぶような音色だった。三人は別々の音色を奏でているのにも関わらず、なぜか一体となって聞こえる不思議さにアルキメデスも裏で驚いていた。そして、最後はグレートヒェンが弦を爪弾いて終わらせると、会場全員総立ちで拍手が巻き起こった。
「野外ライブだったら、ロックとかポップスが定番だけどこういうのもアリね」
「そうだな。なんだか新鮮だったよ!」
「ねぇねぇ、次の演奏もあるのかしら?」
 参加者たちからの声が聞こえたのか、ステージにいる三人は同時に頷きベガが「もちろん」と答えると盛大な拍手が起こり、参加者は大いに喜んだ。
「では、参ります♪」
 ハーピストエンジェルが最初に、続けてグレートヒェン、ベガの順に弾いていくと一旦止まり、そこからさっきの演奏は反対の疾走感溢れるものへと変化した。軽やかに草原を走る様子が浮かぶ曲調は、聞いてるだけで胸の奥から活力が漲る元気いっぱいの曲だった。曲の折り返しになったとき、一部の参加者が立ち上がり手拍子を始めた。最初は少なったが、それに続けとばかりに一人、また一人と立ち上がり手拍子を始めた。その様子を見て驚きながらも嬉しくおもった演者三人はさらにみんなが楽しい気持ちになるように気持ちを込めて竪琴を弾いた。最終的には演者と参加者が一体となり会場は太陽の熱線と同量……いや、それをも上回る程にヒートアップした。曲も終盤になり、三人は見合わせグレートヒェン、ハーピストエンジェルの順に演奏から離脱し最後のベガで曲を締めくくると、会場はアンコールの声で溢れだした。しかし、今回はアンコールはないということを聞いていた三人は戸惑い、ちらりと袖にいるアルキメデスを見た。
すると、アルキメデスはうんと頷き場所を交代した。
「素晴らしい演奏、楽しんでいただけたかな? さて、アンコールが入ったようだが……間違いないかな?」
 そうだという声が聞こえたアルキメデスはわかったと言い、背後にあった布を思い切り引っ張った。そこへ現れたのは巨大な機械だった。その機械は右部分と左部分に分かれており、その先端には大きな丸があった。
「ふっふっふ。今回の目玉はこちらだ。さぁ、諸君。大いに涼んでいってくれ!」
 アルキメデスが右手を高々と掲げ、そのまま会場へと指さしながら叫んだ。
「一斉掃射!! いけぇえええ!!!」
 機械の先端から勢い良く水が噴き出され、会場にいる全員にもれなく水がかかると会場からは悲鳴や歓喜の声が発せられた。全身ずぶぬれになりながらも楽しそうに盛り上がっている参加者はもっともっととばかりに手を高く挙げる。
「なに。これは小手調べだ。まだまだいくぞ!! それーー!」
 不規則に噴き出す水が会場全体へと降り注ぎ、またもや会場から様々な声が溢れる。次第に悲鳴は聞こえなくなり代わりに歓喜の声一色へと変わると、アルキメデスは出力をいじりさらにバリエーション豊かな放水を始めた。
「まだまだだ! こんなものでは終わらない!!」
 アルキメデス自身もぐっしょりになりながら、会場にいる人たち全員で同じ時を楽しんでいるということの素晴らしさを感じていた。
(これが……楽しいということなのかっ!)
 いつもは機械をいじり、それが上手くいったことを楽しいと感じていたアルキメデスは今日、また違った楽しいという感じ方を学んだ。それに嬉しくなったアルキメデスは更に水力をあげて会場全体へと放水をし、参加者たちに「涼」を提供した。

 アルキメデス主催の企画は無事に終わり、会場は静けさを取り戻していた。さっきまであんなに盛り上がっていた会場だったのかと思うと、少し寂しいと思うのはなぜだろうかと考えながら会場の後始末をしていた。最後にゴミが落ちていないかの確認を終え、忘れ物もないかの確認もし、今度こそこの会場に分かれを告げて自分の家へと帰る。
 
 分かっている。 分かっているのだ。 もう終わっていることは、分かっているのだ。

 新しく自分に楽しいということを気付かせてくれたこの企画が終わってしまうのがどうしても嫌だという気持ちが溢れ、アルキメデスの目から涙が零れた。何度も経験しているはずなのに、今回ばかりは我慢ができなかった。
(でも……これはまた何かの新しい始まりなのだ……そう思えば苦しくない)
 自分にそう言い聞かせ、今回の企画をまた別の企画に生かすことができないかと考えるようにして、アルキメデスは会場を後にした。
(大丈夫だ。吾輩なら、きっとまたできる……だから、それまでは……な)
 気持ちを切り替えたアルキメデスは、今回楽しかったこの企画を記録することはきっと楽しいことだらけだと思い、足早に自宅へと向かった。それが終わればまた何か考えればいいのだ。それもとびきり上等な何かを……。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み