クリスマスリース♡ドーナッツ【神】

文字数 3,713文字

 どこの世界でも季節は移ろう。それが人間の世界であっても、竜の住む世界でも魔界でも……神の世界でも。神の世界で真っ先にその変化に気が付いたのは、炉の神様─ヘスティアーだった。完熟したイチゴをふわふわにしたような髪、おっとりとした口調はその顔を見ればわかるくらいに穏やかで常に嬉しそうに微笑んでいる。きれいに洗濯されたエプロンを身に着け、今日も竃の前で鼻歌を歌いながら巨大なスプーンで鍋の中身をかき混ぜていると、窓にゆっくりと白いものが落ちるのが見えた。
「あらぁ。もうそんな季節ですかぁ。早いわねぇ」
 くつくつと煮える鍋の傍を離れ、窓を開けた。びゅうという音と共に冬らしさを感じる冷たい風が食堂の中を駆け抜ける。思いのほか冷たくなっている風に思わず小さく悲鳴をあげたヘスティアーは小さく落ちてくるものをゆっくり見るのを諦め、竃の前に戻り調理を再開させた。
「そうかぁ。クリスマスが近づいてきたのねぇ。うふふ。今度は何を作ろうかしらぁ」
 調理をしている間にクリスマスで作る料理のことを考え始めたヘスティアーの顔からは、こぼれんばかりの笑顔で溢れていた。みんなが美味しいって言いながら食べてくれるのが何より嬉しくてついつい作りすぎちゃうのが常なのだが、この日ばかりはたくさん作ってもそれを残さずに食べてくれるから嬉しさは倍増である。
「この前はおっきなチキンを焼いたけど……今度は何がいいかしらねぇ」
 みんなが喜びそうなものを考えていると、食堂の扉がやや乱暴に開かれ誰かが入ってきた。何かあったのかなと思ったヘスティアーは巨大なスプーンから手を離し、様子を見に行った。
「はぁい。どなたか……あらあらこれはこれは」
「ヘスティアー。おなかすいたよー」
「ヘスティアー。おなかぺこぺこだよ」
 黄金色の髪を揺らしながら入ってきたのは双子のワタリガラス─フギンとムニンだった。双子はこの宮殿の主神オーディンへの伝達を任されており、常にあちこち飛び回っている。……のはずなのだが本来の目的とは別で、あっちで気になった小話を聞きにいったり、こっちで広まっている噂話を確認しにいったりと業務以外でも飛び回っているため、中々帰ってこなくて主神オーディンは目的の情報について知るのは数日後だということがざらである。それにはほとほと困っているのだが、なんともまぁ二人には甘い主神。「よくやった」と言い、その後の処理をこなしている。
 そんな主神に甘やかされている双子はあちこち飛び回って情報収集を終え、宮殿に帰ってきて早々、空腹を訴えてきた。それに満面の笑顔で応え、お皿から溢れんばかりの料理をテーブルに置いた。
「ささ、たぁんとおあがり」
「「いっただっきまーーっす!」」
 声を揃えて挨拶を、無言でヘスティアーの手料理を食べている双子を見てまるで保護者のような眼差しで双子を見ているヘスティアー。作り手として美味しいと言ってくれるのはなによりも嬉しいが、こうして夢中で食べてくれる姿もいいなと思っていた。
「「ごちそうさまでしたー」」
 二人が声を揃えて食べ終わりを告げると、その皿を片付けようとヘスティアーはあることに気が付いた。お皿には大きくカットされた野菜がぽつりぽつりと残っていたのだ。それも少し味に特徴のあるものばかりだった。
「あら二人とも。ご馳走様なの?」
「うん。もうおなかいーっぱい」
「うん。とってもおいしかったよー」
「でも……このお野菜は……??」
 ヘスティアーが皿に残っている野菜を指さすと、二人は途端に手を突き出し「いらなーい」と口を揃えた。それを聞いたヘスティアーはショックを受け、一瞬時が止まったのを感じた。
「どうして……お野菜は口にあわなかったのかしら?」
「にがいのきらーい」
「へんな味がするのいやー」
 確かに少し苦みを感じたり、大人でも少し苦手な食材を使用したのにもこの料理を引き立てる役割があったからで……と思っていても、双子に大きく拒絶されてしまった。そして、ヘスティアーにはもう一つショックなことがあった。それは、今度のクリスマスで作ろうと思っていた料理に大量の野菜を使うことだ。そして、その食材は今回双子が残したものも入れなければならない。がっくりと肩を落としているヘスティアーを知ってか知らずは、双子は「ごちそうさまでしたー」と言い、食堂を出て行ってしまった。

 それからしばらく、ヘスティアーは悩んだ。どうやったら野菜をたくさん食べてもらえるかと。悩んで悩んで悩み抜いた結果、ヘスティアーの頭上に突如電球が現れ、点灯した。
「そっか! 形があるからだめなのね。そうなれば……うふふ。あの子たちにもきっと食べてもらえるわぁ」
 原因がわかると、ヘスティアーはさっそく友人である豊穣神のデメテルに作物をわけてもらえないかと交渉しに向かった。ものの数秒で許可を貰い、両手では抱えきれないくらいの作物を貰い帰宅した。それらの下ごしらえを一つ一つ丁寧に行い、大きな鍋の中へと入れた。デメテルの敷地内で育った牛の肉も分けてもらい、それらも丁寧に処理を施し鍋へと投入していった。これできっと双子も喜んでもらえると思いながら、巨大なスプーンでゆっくりとかき混ぜていった。

 そして迎えたクリスマス当日。ヘスティアーが腕によりをかけて作った料理がずらりと並んだ。片手で楽しめるものや、サラダ、パン、スープなどがきれいに列をなしていた。一番最初にやってきた雷神トールが「うまそうだな」と言いつまみ食いをしそうなところを、巨大なスプーンがトールの腕にヒットしヘスティアーの笑顔の裏にある何か戦場で感じるものと同じようなものを感じたトールは素直に謝罪し、食堂の隅っこで縮こまっていた。続々と入ってきた神様はそんなトールを見て何かあったのかと察し、それ以上は何も言わなかった。全員が集まったことを確認したヘスティアーはメイン料理の配膳を始めた。それは深い茶色をした液体だった。だが、その液体からは香ばしさやちょっとスパイシーな香りがふわりと漂い、配膳が終わった神様たちからは目の前にある茶色い液体を見ながらごくりと喉を鳴らして「早く食べたい」と無言のアピールをしていた。
「さぁみなさん。お待たせしました。今日はたぁっくさん作ったから、おなかいーっぱい食べてねぇ」
「「はぁーい! いただきまーーす」」
 大合唱の後、茶色い液体に手を伸ばす神様たち。口に含んだ瞬間、カッと目を見開き固まる。その後は表情をふやふやにさせて「美味しい」と言いながら涙を流していた。それを見たヘスティアーは満足そうに微笑み、胸を撫でおろした。
 茶色い液体はじっくり時間をかけて煮込んだビーフシチューだった。たくさんの香味野菜を使わないと深い味わいにならないので、今回は下ごしらえを念入りしていた。更に細かく刻んだりペーストにしたりと工夫をして苦みや独特の風味が出ないように配慮をしてみた。何時間も煮込まれた野菜たちは液状となり、他の食材と仲良しになり口の中でダンスを踊っていた。お肉も下ごしらえをしっかりすることで柔らかく食べ応えのある具材となり、お腹も心も満たす大事な役割を担ってくれる頼もしい存在だ。みんなの顔がとろけている中、双子はというとビーフシチューを前にして少し悩んでいるような表情を浮かべていた。まさか気が付かれたと一瞬焦ったヘスティアーだが、そんな心配はその一秒後に消えてなくなった。双子はスプーンでビーフシチューを掬い口へと運んだ。すると周りと同じように顔をとろけさせた。
「おいしい……」
「とろけるぅう……」
 これには思わずヘスティアーも「やったぁ」と声をあげて喜び、双子の元へと駆け寄った。そして、このビーフシチューの中にはこの前食べなかった野菜がたくさん使われていることを伝えると双子は驚いてビーフシチューを覗き込んだ。
「そんな……ぼくたちが残したお野菜がこの中にあるの……? 信じられないよ」
「全然苦みとかもないのに……とってもおいしい……」
「うふふっ。二人ともちゃんと食べてくれて嬉しいわ」
「ヘスティアー……この前はごめんなさい。今度から残さず食べるから……また作ってくれる?」
「あたしも残してしまってごめんなさい。きちんと食べるから、また作ってほしいな」
 双子が食事を残してしまったことに対して謝罪をすると、一瞬ヘスティアーは驚くもすぐにふわりと笑い「もちろんよ。あなたたちの喜ぶ顔がわたしにとって最高のご褒美なんだから」といい、双子をぎゅっと抱きしめた。そのとき、フギンが窓の外を指さしながら声を出した。その先にはこの前見た白くて小さなものがゆっくりと降っていた。
「もしかして……雪だ!」
「ほんとだ! 雪だ!」
 双子は窓を開けて上空から降る雪を見て喜んだ。この前よりも身を強張らせてしまう程の冷たい外気だったが、食堂は今みんなが騒いでいるためそこまで気にはならなかった。むしろ、その冷たさが心地よく感じるほどだった。
「あらあら。素敵ねぇ。うふふ」
 前はゆっくり見ることができなかったが、今は双子と一緒に雪を見ることができて幸せに包まれているヘスティアーだった。
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