甘くて苦いこんがりカラメルプディング【竜】

文字数 5,337文字

「行きましょうブレイザー。わたしたちの絆の力、見せてあげましょう」
「グワァ!」
 空高く羽ばたく蒼竜ブレイザーの背に乗り、槍を構える少女ハインリーネ。準備が整うと鐙を動かし合図する。それを受け取ったブレイザーは遥か下方に見える竜の群れに向かって突っ込んでいく。加速し続ける二人に、臆することなく竜の群れはハインリーネたちに近付き排除しようとする。あるものは火球を口から吐き、またあるものは猛々しい咆哮とともに向かってくる。しかし、それに臆することなくブレイザーは突っ込んでいく。それは、この背に乗っている少女を信じているから。

 グァアアア
 ギャアァア

 竜の群れに突っ込んで数秒後、数多くの竜たちが負傷し空から落ちていくのをみたハインリーネはなんともいえない複雑な気持ちだった。なぜなら、ハインリーネは竜と共に育ち、竜と共に生きてきたから。どんな理由があろうと仲間を傷つける行為は決して許さないとしながらも、いざこうしてみると素直に喜べないのであった。
「……これでよかったのでしょうか……ブレイザー」
「……」
「守るためとはいえ、同族を傷つけるなんて……でも……」
「……グルルル」
 陸地に足を着け、静かになった空を見上げながらハインリーネは呟いた。人の言葉をある程度理解できているブレイザーもなんとも言えないのか、ハインリーネと一緒に空を眺めていた。
「ご……ごめんなさい。わたしったら……なんか変なこと言ってたね……ごめん」
「グルル」
「わっ! ブレイザーったら。くすぐったい! あはははっ」
 泣きそうな顔をしていたハインリーネの顔をブレイザーが優しく舐める。するとさっきまでの暗かった顔がぱっと明るくなり、いつもの彼女の顔を見れたブレイザーはなんとなく嬉しそうに喉を鳴らした。
「さ、わたしたちも帰りましょうか」
「グワァ」
 すっかり元気を取り戻したハインリーネはブレイザーの背中に乗り、(あぶみ)で合図をするとゆっくりと上空へと羽ばたき自分たちの住処へと戻っていった。

 あの戦いから数日後。空をパトロールしていたハインリーネは少しだけ嫌な予感をしていた。かつて、戦いがあってこれほどまでに静かな空はあっただろうかと……。これはなにかの前触れではないかと思い、ハインリーネはいつも以上に神経を尖らせながら監視を続けた。しかし、その予感は外れ、今日はこれといった争いもなく無事に済み肩の緊張を解いた。
「……わたしの気にしすぎなのかしら……」
 住処へ戻る際、ハインリーネはブレイザーにちょっと寄ってほしいところがあるんだと言い、住処とは少し違う方角へ向かうよう指示をした。やがて一つの浮島が見え、そこに体を丸めて眠っている一匹の竜がいた。ゆっくりとホバリングをしながら着地をすると、気配を感じたのかその竜はぱちりと目を開け、来訪者の姿を見て小さく唸る。
「お久しぶりです。アガノーム」
「……グルル」
 アガノームとはブレイザーの兄竜で、戦いに関することはもちろん、日頃の相談にものってもらっている兄というよりは保護者に近い存在だ。アガノームはしばらく動かずにじっとハインリーネを見つめ、低く唸るとそれを聞いたハインリーネは良かったといい本当の意味で緊張感を緩ませた。
「アガノームに相談してよかったです。いつも助けていただきありがとうございます」
 深くお辞儀をし、感謝の意を述べたハインリーネはブレイザーの背に乗り、上空に舞い上がった。小さくなっていく兄竜に手を振り、寝ているところにすみませんでしたと一言添え、二人は今度こそ住処へと戻っていった。

 それからしばらく経過したが、あの戦い以降は目立ったことはなく強いて言うなら迷子になった子竜の親探しくらいだった。人助けならぬ竜助けを済ませたハインリーネの気持ちは嬉しくてたまらないのか鼻歌を歌いながらパトロールをしていた。
 そのパトロールの途中、ハインリーネはまた寄りたいところがあるといい、今度は大きな町へと向かってほしいと指示を出す。それに無言で応じるブレイザーも嬉しいのかまるで線路のないジェットコースターのように自由に動きながら目的地へと向かった。
「ちょっと待っててくださいね。すぐに戻ってきますから」
「グワァ」
 町の外にブレイザーを残し、ハインリーネは町の中へと小走りで入っていった。生活用品はもちろん、雑貨や食事も楽しめることで有名なここにきたのにはもちろんわけがある。それは……。
「いつもあの子に無理をさせてしまってますからね。プレゼントをあげたくって」
 可愛い小物を取り扱うお店に入ったハインリーネはどれがいいかと目移りしていると、ひと際輝く何かを見つけそれを手に取る。
「これは……チョーカー。素敵……でも、あの子首が大きいから難しいかな。素敵だけど残念」
 黒い革に銀色の装飾が施されたチョーカーを見てブレイザーにプレゼントしようとしたのだが、どうしてもサイズが合わないので断念。ほかにあの子が喜びそうなものはと品定めをしていると、快晴を思わせる眩しい青色の石が付いたループタイを見つけた。これを見たハインリーネはビビッときたのかお店の人に欲しいものがあるかを尋ねた。
「ちょっと無理を言ってしまってすみません」
「いえいえ。せっかくのプレゼントですもの。できることは精一杯させていただきます」
 お店の人は嫌な顔一つせず、ハインリーネが欲しているものを探しそれを加工し手渡してくれた。一つ一つ丁寧にラッピングをした小袋を受け取ったハインリーネの目は少し潤ませながら、何度もお店の人に感謝を伝えた。
「そんなに喜んでもらえるとは……こちらも加工した甲斐がありますわ。お誕生日プレゼントなのかしら?」
「えっと、記念日といいましょうか。わたしと大切な子たちとの……なので、これをプレゼントしたいと思って……」
 少し恥ずかしいのか、頬を赤らめながら説明する姿を見たお店の人も嬉しそうに頷くとサービスでメッセージカードを付けてくれた。
「これはサービスよ。あなたの大事な人に届くといいわね。応援してるわ」
「あ……ありがとうございます!」
「気を付けてね」
 お代をトレーに置き、深々とお辞儀をして出ていくハインリーネを見てお店の人の心はなにか温かいものを感じた。

「お待たせブレイザー。遅くなってごめんなさい」
「グァア」
 ブレイザーの頭を軽く撫で、乗りなれた相棒の背に跨り鐙を動かし合図を送る。大きな翼を動かしてゆっくりと上昇し二人は住処へと戻っていった。

 間もなく自分たちの住処へ到着しようとしたとき、ブレイザーは低く唸った。背後を確認すると雲の隙間からなにやら飛来してくる影を見つけた。そしてそれらは段々と近付き正体を露わにしていく。その飛来してくるものを見たハインリーネは驚きのあまり言葉を失った。
「あ……あ……」
「グァアアァ!」
 ブレイザーはぐるりと旋回し、向かってくるものと対峙した。飛来してきた影の正体は、先日二人によって敗れた竜の群れだった。それも多くの数を引き連れ、二人を睨んでいた。ブレイザーはハインリーネからの指示を待っているのだが、当の本人はその夥しい数に意識を持っていかれていた。
「……グルル」
 このままではまずいと判断したブレイザーは独断で住処とは反対側つまり群れの下部分からすり抜けようと空を切った。突然引っ張られる感覚に襲われたハインリーネはブレイザーの手綱を握りしめるのに必死であるものが腕からすり抜けた。
「あ……」
 それはブレイザーとアガノームのために買ったループタイ。ちょっと大きめだけどきっと似合うだろうと悩みに悩んで、お店の人も協力してくれた大事な大事な……。ハインリーネはそれらを掴もうと相棒の背から飛び降りた。急に背が軽くなったことに違和感を覚えたブレイザーはすぐにその答えを知ると群れよりも早くハインリーネの救出を試みた。ブレイザーが口を大きく開けハインリーネの体を優しく咥えるとそのままの状態で敵の群れの脇を物凄い速さで飛行する。
「ご……ごめんなさいブレイザー……」
「……」
 そんなことは後だと言いたげな視線を送ると、追いかけてくる群れを振り切ろうと全速力で空を駆けた。それでも見逃してくれる様子が見えないこの状況に、ブレイザーはとある場所に全速力で向かった。そして、この状況を作ってしまったとは自分だと思っているハインリーネの目からは涙で溢れていた。

 目的地付近に到着したとき、ブレイザーは滞空し敵の様子を伺った。数は変わらずむしろ増えていることを確認したブレイザーは敵に背を向け飛行を続けた。
「ぶ、ブレイザー。この方向ってまさか……」
 浮島にて準備を整えている一匹の竜。そしてその竜の目には激しい怒りに満ち満ちていた。その怒りは巨体を揺らすだけではなく、あたり一面に闘気を放出させている。ばちばちと音を立てながら時折青白い光を発しながら大事な二人に敵意を向ける哀れな竜の群れに吠えた。

 ただ 吠えた

 ただそれだけなのだが、たったそれだけなのだが、二人の後ろから飛来してくる群れは一瞬で跡形もなく消え去った。ハインリーネからすれば視界が白く染まり、また色彩を取り戻したときにはなにも残っていないということが起こっていた。ブレイザーがその怒りの主の浮島に着陸をし、ハインリーネが安全に地に足をつけらるよう配慮すると、ゆっくりではあるが浮島に足をつけその怒りの主を改めて見た。
「アガノーム……」
 ブレイザーの兄竜であるアガノームだった。さっきまでの闘気はなく、今は穏やかに佇んでいた。助けてくれたことに感謝をしてしばらく、なにか大事なことがあったようなと呟きすぐにはっとした。
「あ……プレ……ゼントが……あぁ……ああああああぁ……ごめんなさい……ごめんなさい」
 ブレイザーとアガノームに贈るはずだったプレゼントは、今はもう手元にない。それは自分がブレイザーに的確な指示ができなかったことはもちろんなのだが、なにより敵の多さに圧倒されてて気をしっかりもてていなかったことが原因。助かったことは嬉しいのだが、今は大事なプレゼントを失ってしまったことのショックが大きく、ハインリーネはその場で泣き崩れてしまった。
「あぁ……なんてことを……あぁあ……ごめんな……さい……ブレイザー……アガノーム……」
 アガノームは状況が呑み込めず、ブレイザーに何事かと唸るとブレイザーは小さく鳴いた。やがて状況が理解できたアガノームは泣き止んだハインリーネに寄り添い、頬についた雫を舐め取った。
「アガ……ノーム?」
 アガノームは低く唸ると、ハインリーネは少しびっくりし手で口元を隠した。
「無事で……よかった……?」
 ハインリーネの掠れた声にアガノームが頷くと、安心感と申し訳なさとでまた泣き出してしまった。
「いつも……いつも……お世話になっているから、二人にプレゼントを渡そうとしたのに……わたしのせいで……渡せなくて……ごめんなさい……ごめんなさい……」
 いつになく悲しみに溢れているハインリーネを見たブレイザーとアガノームはどうしたものかと唸ると、少し考えてからアガノームがハインリーネの頭上でグルルと唸る。
「え……ついてこい……一体どこへ……?」
 ハインリーネの問いに答えずにアガノームが飛び立っていくと、ハインリーネはすぐにブレイザーに跨りアガノームを追いかけた。ブレイザーもどこへ行くかも検討がつかないらしく、ついていく方もちょっとだけ不安だった。でも、今はついていくしかないと切り替えブレイザーはアガノームの背中を追った。

 しばらくして、アガノームは浮島にぽっかりと空いた穴へと入っていくと、それにブレイザーも続けて入っていく。中は薄暗く奥へ進めば進むほど自分の手すらも見えなくなる程、闇が深かった。一体どこまで進むのだろうと思っていると、ハインリーネの顔にひやりとした何かがぶつかった。暗がりの中触ってみると、それはアガノームのしっぽだということがわかった。その感触を確認したアガノームはそのまま前へと進むと急に立ち止まった。何かと思いあたりを見回すと、ぽつぽつと明かりが灯り、それが連鎖して洞窟内を淡い青色で染めていく。
「うわぁ……きれい……」
 たくさんのクリスタルが織り成す幻想的な空間に、ハインリーネはしばしうっとりとしていた。ブレイザーとアガノームもその場に腰を下ろし、三人でその光景に酔いしれた。
「素敵……アガノーム……ありがとう」
「グルルル……」
「え? お礼? そ……そんな。いつもわたしがお世話になってるのに……」
「……グルル」
「わたしたちのためにプレゼントを買ってくれたこと……うん。どうしても贈りたくて。あの、ブレイザー、アガノーム……その、プレゼントはまた買うのでそれまで待ってくれますか……?」
 ブレイザーとアガノームは同じタイミングで低く唸ると、ハインリーネの表情はぱっと明るくなった。どれだけ時間がかかろうと二人にあのプレゼントを贈るまでは決して諦めないと胸の中で誓い、今はアガノームからの感謝の気持ちを全身で受け取りながらもうしばらく、この幻想的な空間を三人で味わいたいそんなハインリーネだった。
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