遅刻で爽やか? レモンライムジンジャーエール【魔】

文字数 2,979文字

 ピピピ ピピピ ピピピ ピピピ
「……ーん。もう朝か……」
 目覚まし時計を探しながら低く籠った声。まだ眠気と現実の狭間にいる少年は、何度目かのもぐら叩きをしたあと、無事に目覚まし時計を止めることに成功。訪れる静寂にふうと息を吐き、ゆっくりゆっくりと体を起こした。
「ふぁあぁ……」
 大きな欠伸をしながら体を伸ばし、体全体に新鮮な酸素を送りこむ。そしてすぐに脱力し、重い体を動かし、やっとベッドから離れた。もう一度体を伸ばして唸ると、外は眩しすぎるくらいに晴れており、外ではちゅんちゅんと鳥のさえずりが聞こえてきた。
「今日も爽やかな朝だな」
 窓を開けた瞬間、心地よい風が少年の髪を優しく撫でた。思わず深呼吸したくなるくらい爽やかな朝を迎えられたことに幸運を感じた少年は、少し違和感を覚えた。
「……? こんなだったっけ」
 違和感はある。だけど、その違和感が何なのかはわからないといった状態。少し考えてみるもその正体はわからず胸の中で燻ぶった。少年はもやもやした気持ちのまま、窓を半分閉めリビングに行こうとしたときに目にした

を見て動きを止めた。
「な……な……な……」
 それは部屋にあるなんの変哲もない鏡。鏡事態は物珍しくないのだが、その鏡に映ったものだった。
「な……も……元に戻ってるぅう??」
 少年─骨三郎は鏡に映る自分の姿を見て思わず大きな声をあげた。それもそのはず。今まではずっと、頭蓋骨のみで行動をしていたのだから。そして次に感じたのはさっき感じていた違和感の正体。それは、自分の足で歩いていたということだった。普段は頭蓋骨で浮遊しているのに、今は自分の足で立って歩いているのだ。それが何故、今は人間の姿になっているのか見当もつかなかった。
 骨三郎はひょんなことで命を落としてしまい、今の相棒である死の天使─アズリエルに引き取られてから行動を共にしている。以降、浮遊する頭蓋骨として生活しておりアズリエルからは本名からもじって「骨三郎」と呼ばれている(本名はあるのだが、あまりに長いためそうなった)。
「き、昨日までは普通に頭蓋骨だけだったのに……なんでまたこうなったのだ?」
 きりっとした目元、さらさらな金髪にぱりっとしたワインレッドの燕尾服を身に纏いただひたすらに鏡を凝視している骨三郎。生前の姿を取り戻せたということに実感が湧いていないのか、なんども自分の顔を(優しく)つねったり(痛くない程度に)顔を叩いた。それでもその痛みは本物のようで、それでようやく夢ではないということを認知した骨三郎は、再び叫んだ。
「おい! アズ! ようやく元の姿に戻れたんだ!! おーい、アズ!!」
「……うるさい。……だれ?」
 不機嫌な顔をしてにぎろりと睨むアズリエル。銀色の髪にストロベリーのように赤い瞳、幼さの残る顔からはただ「嫌悪感」しか漂っていなかった。
「誰とは失礼だな。おれだよ。骨三郎……いや、スカルデロン・デ・ショスタコヴィッチ」
「……うるさい」
「あぶなっ!!」
 不機嫌な顔をしながらアズリエルは愛用の鎌を骨三郎めがけ振り下ろした。ふおんという空を切り裂く音を耳のすぐ傍で聞いた骨三郎は思わず叫びながら後ずさる。
「あ、はずした」
「って、本気で狙ってたのかよ!」
「切ったら治ると思った」
「治るってどういうことよ?!」
「大丈夫だよ骨三郎。あたしが元に戻してあげるから」
「もう元に戻ってるからぁああ!! 顔を狙うのはやめてぇえ」
「あ……にげた。でも、逃がさない。あたしが絶対に治してあげるから」
 再度振り下ろされた鎌をなんとか避けた骨三郎は、自室を飛び出していった。そして、そんな見慣れない骨三郎を優しく治してあげようとするアズリエルは、鎌をぐっと握り直し骨三郎を追いかけ始めた。

「はぁ……はぁ……ったく、なんであいつ、いきなり切ろうだなんて……はぁ」
 勢いよく飛び出したまではいいが、こうして外を走っているといずれ見つかってしまう。荒れた呼吸を整えるついでにどこかに隠れてやりすごそうとした骨三郎は、人が一人入れそうな段ボールを見つけ隠れた。隙間から見える外の様子に怯えながら少しずつ呼吸を整えていく中、どこからか足音が聞こえた。そしてその足音は徐々に近付いてきており、今ではアズリエルと骨三郎までの距離はほんの数歩までとなった。
(やばいやばいやばい。気付かないでくれぇ!)
「ほねさぶろーー! どこにいるのーー! でておいでーー!」
(誰が出ていくか! 絶対逃げ切ってみせるからなぁ!)
「ほねさぶろーー! いたくしないからでておいでー」
(痛い痛くないのレベルじゃねぇだろ!)
「……いないなぁ。どこにいったんだろ」
 辺りをきょろきょろと見回したアズリエルはここにはいないと思ったのか、骨三郎が隠れている段ボールから離れた場所へと歩いて行った。それを確認した骨三郎は思わず大きな溜息を吐き、緊張感を解き放った。緊張感を解き放ってすぐ、長い間こうしているわけにもいかないと思った骨三郎はいそいそと段ボールから頭を出して隠れそうな場所を探そうとしていると、ふいに動きを止めた。なんだろう。背中に物凄い視線を感じると思いゆっくりと首を動かすと、そこにはぎゅっと鎌を握ったアズリエルが立っていた。
「ほねさぶろー、みーつけた」
「いやぁああ!」
 骨三郎は生まれて初めて四つん這いでの高速移動を行っていた。立つ時間すらも惜しいと感じ咄嗟に出た行動が、思いのほか素早くアズリエルから逃げ切ることに成功した。逃げられたアズリエルは悔しそうに顔を歪ませると、無邪気な声で「まてー」と言いながら追いかけてくる。
「いやあああ! こないでぇーーー!」
「まてー」
 隠れることに成功するもすぐに見つかり、また隠れて見つかりを繰り返しついに骨三郎はどこにも逃げられない隠れられない場所にまで追い込まれてしまった。
「はぁ……はぁ……いやぁあ! お願いアズさん! やめてくれよーー」
「骨三郎……。大丈夫。元に戻してあげるから」
「だぁかぁらぁ! 元に戻ってるってぇ!」
「あらりょーじ」
「どうして頭を狙うかなぁ」
 勢いよく振り下ろされた鎌は、骨三郎の脳天を起点に体をすっぱり真っ二つに切り裂こうとしていた。それをぎりぎりのところでかわしいよいよ逃げ場が完全に失われてしまった。そこでふと骨三郎は思った。今まで魂を狩る側としていたが、今は狩られる側になっているのを感じている。あぁ、これが狩られる側なのかと思った骨三郎の視線の先にはアズリエルがいつもと変わらない何を考えているのか分からない顔で鎌を振り下ろしていた。
「おやすみ。骨三郎」
「あっ……ちょっまっ!!」


「うわぁあああ!!!」
 大きな声を上げ混乱する骨三郎。荒ぶる呼吸の中、辺りを見回すと見慣れた光景が広がっていた。読みかけの絵本、落書きだらけの自由帳、食べかけのお菓子が散乱したアズリエルの部屋。そして隣ですやすやと寝息を立てて眠っているのは、大きな鎌を振り下ろしたアズリエル。これでさっきまでのは夢だとほっとした骨三郎は、再びベッドの中へと入るとアズリエルの寝言が聞こえた。耳を澄ませて何を言っているのか聞き取ろうとすると、骨三郎は固まった。
「……ねさぶろ……みー……けたぁ」
「ひぃいいぃい!!」
 まだ朝日の見えない空に骨三郎の悲鳴が木霊した。
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