ダージリン香るミニマフィン ホットチョコレートを添えて

文字数 6,664文字

「ほい。スリーカードでおれの勝ちだ」
「なっ! 貴様! イカサマしただろう!」
「んなわけねーって。なんなら、もう一回やろうか?」
「ああ! 望むところだ! ディーラー。カードを配ってくれ」
 これで何回目のシャッフルだろうかと紫色の髪の男─トリスタンは思った。長身でシャツを着崩しまるで遊び人かのような容姿は、こういう賭場ではよく目にするのだが……身なりがそれなりなので少し場違いな気もするとカジノスタッフは言った。
 トリスタンの家はそれなりに財力のある家だった。好きな服や好きな銘柄の葉巻、アクセサリーなどはいつでも買えたし、なんなら自分の部屋にメイドが付くくらい。そんな何不自由もなく生活していたトリスタンは、たまたま寄ったカジノで自分の才能を発揮する。それは相手の視線だった。主にカードゲームが得意だったトリスタンは配られたカードを見て勝負をするのではなく、相手の出方を見て戦う戦法が多かった。そのためか、ポーカーのように役の強さで競うゲームでは一番強い役を狙わず、あえてそこそこな役で相手ど同等のレベルで戦う。そうすることによって「いい勝負だった」と思わせて帰るのが常だった。今も同等レベルの役でトリスタンが勝ったのだが相手は満足せず、こうして何回目かわからないシャッフルを眺めているのであった。
「よし。チェンジは一回だ」
「わかってるって。よし、二枚チェンジ」
「俺は三枚チェンジ」
 チェンジが終わり、各自が手札を見て役の強さを確認する。この手札で勝負がつくと言っても過言ではないので、ここでの発言がポーカーの最大の駆け引きを楽しむ場面でもある。
「ベット十枚」
「……同額賭けるぜ」
「ふふん……その程度か。なら、追加十枚だ」
 相手は自信たっぷりに追加を賭けてきた。単純に言えば、これは「手札が強いから勝てる」と言っているようなものだ。逆に「相手を脅してこのゲームから脱落させてやろう」という読みもできるが、この場合は相手の表情を見ればどちらかなのは一目瞭然だ。トリスタンは小さく息を吐き、手札を開示した。それを見た相手の表情はみるみるうちに冷めていき、しまいには膝からがくりと落ちて心ここにあらずの状態になってしまった。
「……毎度あり」
 トリスタンは場に賭けてあるチップを集め、交換所へと向かった。いつも見慣れたものがある中、今日はひと際輝くものにトリスタンは身を乗り出した。
「これは……」
 金色の蛇のようにも見える何かだが……用途はよくわからない。見慣れたものを交換するよりはと思い、トリスタンはそれを今回儲けたお金で交換をした。交換所の従業員曰く、「これを身に着ければ、更なる富を築くことができる」というメッセージを添えてくれと伝えられたそうで、それを聞いたトリスタンは満足そうにカジノを後にした。
 用途も分からずとりあえず交換したはいいが……これで更なる富を築けるのかはわからなかったが、今よりも金持ちになるのならまぁいいかと軽い気持ちでとりあえず腕にを装着してみた。特に違和感は感じられなかったから……まぁいいかと思い車を動かし、今度こそ帰路へとついた。

 間もなく自宅周辺というところで、トリスタンは異変に気が付いた。近隣住民たちはどこかへ走って逃げているようにも見えた。それも走っている車に逆らうようにして。一体何が起こったのかを確認するべく、トリスタンはアクセルを踏む力を少し強めた。そして、やがてその意味を理解したとき、トリスタンは絶望する。
「……なんだと……」
 住民が逃げていたのは、トリスタンの家から出火していたからだった。それも火と風の勢いは強く周りの家にも飛び火していた。トリスタンは急いで車から出て、家の中に入ろうとしたのだが消防士に止められてしまう。
「危ないです。これ以上は危険です」
「中に家族がいるんだ! 離せ!」
「我々に任せて下がってください」
「おい! 離せ!」
 準備が整った消防隊員は燃え盛る家の中に突入していくのをただ見ることしかできないことに、トリスタンは強く唇を噛みしめた。

 翌朝。ようやく鎮火が完了したとの報告を受け、自宅前へと来てみるとそこには全身を炎に舐められてしまった家族の遺体が並んでいた。どれもが黒く燻り、誰かという見分けもできない程だった。その中にはいつも笑いながら部屋を綺麗にしてくれたあのメイドも含まれているのだろうかと思うと、何もできない自分の不甲斐なさに涙が溢れた。それは天に通じたのかさっきまでは晴れていた空も次第に曇り、雨を降らせた。全身が濡れることも構わず、トリスタンはただただ泣き叫んでいた。トリスタンが泣けば泣くほど雨は強くなっているように思えたその日は、トリスタンに声をかける者は誰もいなかった。
 気持ちが落ち着いたトリスタンは、自宅から少し離れたところに住んでいる彼女の家を訪ねた。普段と少し雰囲気が違ったことに気が付いた彼女は何も言わず、家へと招き入れお茶を淹れた。トリスタンから話すまでは彼女は話さないというのが、なんとなく決まりのようになっていたのか、彼女の家に来て数時間が経過するがトリスタンの口が開くことはなかった。今までなかったことに驚きつつ我慢ができなくなった彼女は思い切ってトリスタンよりも先に口を開いた。
「……どうしたの? 一体何があったの?」
 訴える彼女を見るも、トリスタンの目に生気はなくただそこにあるだけのようだった。それでも彼女は必死に訴え続け何とか口を開かせたのは更に数時間後のことだった。
「……家族が……」
「え? ご家族が……どうしたの?」
「家族……火事で……」
 単語を呟くようになったかと思えば、トリスタンの口から聞けたのはあまり良い言葉ではなかった。家族の次が火事という嫌な単語に、彼女はそれだけで全てを察した。そして、トリスタンを抱きしめながら彼女も涙を流した。
「……もう……いいよ。それ以上は……わないで……いからね……っ」
 彼女の涙がトリスタンの膝に流れ落ち、じわりと広がっていく様子をただただトリスタンは虚ろな目で見ているだけだった。

 どの位経っただろうか。いつの間にか日は暮れ、辺りにまた闇が訪れようとしていた。トリスタンは彼女を泣かせてしまったことに罪悪感を抱き、寝息を立てている彼女のそばにいた。
「……おれは一体何をしてるんだ」
 がしがしと頭を掻きむしり、らしくない自分に喝を入れた。ふと冷静になったトリスタンは昨日の出来事は事故だったのかそうではなかったのか消防士の言葉を思い出した。確か、出火原因は暖炉から火の粉が飛び、それが敷物に移ってしまったからだった。小さな火の粉があっという間に広がってしまったと付け加えられ、トリスタンはその時は納得をしたのだが今思い返してみると不自然な点に気が付く。
「……なんで誰も気が付かなかったんだ」
 もしかしたら、その時は誰もいなかったのかもしれないとかもあり得るがうちの家族に限っては誰もいないということがない。なのに、それに誰も気が付かないとは……なぜなのだろう。一つの疑問に唸っていると、彼女が目を覚ましトリスタンの頬に触れた。
「ん……もう大丈夫なの……」
「ああ。心配かけたな。もう大丈夫だ」
 トリスタンは彼女の髪を撫でながら微笑む。そのときに彼女はトリスタンの腕に付けているものに目が行き、尋ねた。
「あら。このアクセサリー、変わってるわね。まるで生きてるみたいに精巧に作られてるわ」
「昨日、交換したんだ。なんでも富を築くことができるっていう話だぜ」
「ふぅん……トリスタンってばギャンブル好きだからあっという間にできるんじゃないの?」
「おいおい、よしてくれ。ギャンブルはあくまで趣味だよ。趣味」
「趣味でお金が稼げるなんて素敵じゃない。あなたならきっとできるわよ」
「ははっ。そういうことにしておくよ」
「なによぉ。わたし、結構本気で言ってるんだけどなぁ……」
「わりぃわりぃ」
 むすっとした彼女をなだめていると、何かいいことを思いついたのか彼女は嬉しそうな目でトリスタンに提案した。
「ねぇ。よかったらこれからちょっと出かけない? 気晴らしにさ」
「これからって……もう深夜だぜ?」
「ほらほら。準備するー」
「ちょっ……出かけるってどこへだよ」
「それは……トリスタンが楽しそうにギャンブルができるところだよ。えへへぇ」
 上着を着ながら部屋を出ていく彼女に茫然とするトリスタン。ここで引き留めてもきっと彼女は引き下がらないだろうと睨んだトリスタンは、仕方なく昨日とは別のカジノへと車を走らせた。助手席ではトリスタン以上にわくわくしている彼女が座っていて、その顔を見ていると心なしかトリスタンの気持ちも穏やかになっていった。

「着いたー!」
 車を停めてすぐ、彼女は車を飛び出しカジノの入口で大きくジャンプをしてみせた。子供みたいなはしゃぎっぷりは今のトリスタンにとっては心休まるものなのかもしれない。はしゃぐ彼女の体をぐいと抱き寄せ、トリスタンは微笑みかける。
「今日はたっくさん楽しんでね。トリスタンが勝っているのを見るのが、わたし大好き」
「あははっ。まぁ、適当にやってみるさ」
 カジノ入口の扉を開くと、まず目に入ってきたのは天井から釣り下がっている豪華なシャンデリアだった。光が入る方向によって様々な色で輝くそれは来たもののみならず、全ての人々に安らかな癒しを与えている。その真下では金色に装飾された噴水、その周りを囲むように二階へ続く階段があり一階と二階とで楽しめるものが違っているようだ。トリスタンはフロアガイドを確認し、カードゲームコーナーのある一階の扉を開いた。そこではたくさんの人で賑わい、歓喜の声や悲哀を帯びた声などが入り混じっていた。混沌と化した賭場こそトリスタンの楽しめる場所であり、また自分の居場所でもある。手持ちの金をチップへと換金し、適当なポーカーテーブルへと着くと軽く肩を回しながらカードを受け取る。
「どうするかな……」
「ねぇ、これとこれはどう?」
「そうだな……じゃあ、二枚交換だ」
「私は一枚交換です」
 交換を終え、手札を確認。まずまずの役の強さに思わずにんまりする彼女をディーラーは見逃していなかった。これから賭け金を駆け引きをしようとしたのだが、ディーラーがこの勝負を降りてしまった。
「あぁ。残念」
「まぁまぁ。これからさ」
 トリスタンはカードを返し、再度勝負を持ち掛けた。ディーラーは黙々とカードをシャッフルし、配る。今度の手札は……と。
(うん。少し手直しすればいけそうだ)
(そうなの?)
「じゃあ……一枚交換」
「私は三枚交換します」
 互いが交換を終え、手札を確認すると悪くない手札に出会う事ができた。まずは最低金額を賭け、相手が勝負にのるかを伺うと無言でチップを出してきた。なるほど、今度は戦う気だなと判断したトリスタンだがここで賭けてしまうのはと判断しもう賭けないと告げると、ディーラーは強気に更に十枚上乗せで勝負を仕掛けてきた。
(どうするの……?)
(まぁなんとかなるって……)
「では、手札オープンです」
 ディーラーの掛け声と共に開示された手札。見比べると……トリスタンの手札の役が強いため、トリスタンの勝ちだ。
「な……一枚しか交換していないのに……」
「たまたまだよ。さぁ、もう一勝負しようぜ」
 少しむきになったディーラーを見て、これは勝てるかもしれないなと睨んだトリスタンは、カードを見て適当な判断をし、カードを交換、相手の上乗せには乗らずにカード開示。またしてもトリスタンの勝ちとなりディーラーの顔にも焦りの色が出始めた。
「たまたまにしては……連続で強い役で勝つなど……」
「気にしすぎだって……おれはもう一回勝負したいんだが……付き合ってくれるよな?」
 不敵な笑みに挑発されたディーラーは、冷静を保っているつもりだがその顔は完全に焦っておりペースは完全にトリスタンの流れとなった。今度の勝負はカードを見て大胆にも、全てのカードを交換するという暴挙に出た。これにはディーラーの我慢も限界に達したのかディーラーもトリスタンと全く同じ手札全部交換をして、再度配り直した。結果は……言うまでもなくトリスタンはカードで口元を隠しながらにやりと笑った。
「賭け金は……どうする?」
「……上乗せ二十枚です」
「面白い。こうでなくちゃ。おれも同じく二十枚で勝負だ」
 緊張の一瞬。彼女もトリスタンの背後で祈るように見つめる中、カードを見比べる彼女の表情は……晴れた。
「やったぁー! 勝ちぃ!」
「な……なんだと……この私が負けるだなんて……それも連敗だなんて……」
「ギャンブルってのは時の運だ。たまたま巡りがよかっただけだ」
 トリスタンはチップを回収し、テーブルから離れようとしたとき。ディーラーは彼の腕に付いている金色の蛇の目が怪しく光ったように見えた気がした。

 大金を手にしながらカジノを後にするトリスタン。さらにその後ろではまるで自分のことにようにはしゃぐ彼女がいた。ちょっとはしゃぎすぎだろうと思いながらもそれを注意できないトリスタンがいた。ここまではしゃいでくれているからこそ、今の自分を保っていられるのかもしれないと思うと尚更だった。
「さっすがトリスタン! 最後の勝負、すっごいかっこよかったぁ!」
「なぁに。たまたまだって」
「またまたご謙遜をー!」
 そう冗談を言い合いながら、彼女の自宅に到着し車を停める。彼女は家に上がっていいと言ったのだが、トリスタンは車で寝るからいいと断り早々に眠りについた。彼女も小さくお休みと言い、自宅に戻り床に就いた。
 翌日。トリスタンは自分の目を疑った。あまり厄介になるのもと思って、挨拶をしようと家に入ると嫌な静けさが広がっていた。寝ているわりには静かすぎるのだ。おかしいと思ったトリスタンは彼女の部屋に入り、頬にそっと触れてみた。その体は既に冷たく胸も規則的に動いていないことに気が付く。その意味を知ったトリスタンは彼女の冷たくなった手を握りながら泣いた。なぜ……なぜ……昨日はあんなにはしゃいでいたのに……なぜ……トリスタンは次第に火事のことも今回のことも自分が原因ではないかと考え始める。決まっているのはカジノで勝つと周りで不幸が起こるということ。そして、この腕輪をしてからというものだった。
「もしかして……この腕輪のせいなのか……そうなのか」
 頭を掻きむしり、声なき声で叫び腕輪を外そうと力むもびくともせずにまるでこの腕が居場所だと言わんばかりだった。トリスタンは外れない腕輪に憎しみの視線を送るも、これ以上は何もできないとわかると何かを決めたように再び車を走らせて何処かへと向かっていった。

 向かった場所はカジノだった。それもこの近辺では一番大きいとされる巨大なカジノ。建物が大きいとなるとそれに伴い多額のお金も動くというもの……トリスタンは持っている全てのお金を持ってカジノの中へ入り、全てのお金をチップに変えた。そして、得意のカードゲームのテーブルに向かい勝負をしたいと声をかけ、席に着く。まずは軽く勝負をしてから様子を窺おうと賭け金は少なめに設定。手札が悪くても次に配られるカードは不思議な力によって必ず勝てるようになっているかのように、臨んだ手札がくるようになっていた。それは昨日、全ての手札を交換したときもそうだし、今もそうだった。中々強い手札に表情を変えないままで勝負をするとディーラーのこめかみがぴくりと動く。そして徐々に賭け金を大きくしていくにつれ、周りの観客も増えていき辺り一面を囲んでしまう程の人数にまで増えていった。
「この兄ちゃん、すげぇ。負けてねぇよ」
「次はどんな役で勝負するのかしら」
「イカサマしてんじゃねぇか」
 観客から様々な声が聞こえてくるが、それはもう慣れっこ。それに心を動かされていてはそれまでディーラーに読まれてしまう。ディーラーにも同じ土俵に立ってくれないと勝負は成り立たないのだから……。
「く……」
「さぁ、勝負しますか」
 開示されたカードはまたしてもトリスタンの勝ち。周りから歓声が上がる中、トリスタンは何かを望んでいるような表情をした。それは金ではなく、名誉でもなく……。
(早くお前のとこに行きてぇよ……)
 彼女と同じ場所へと行きたいと切に願うトリスタンの思いが現れたものだった。いつ彼女のもとへと行けるかもわからないまま、トリスタンは今日も一人、カジノで過ごすのであった。
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