きな粉ミルクシェイク【竜】

文字数 3,062文字

 オセロニア黒の大地。竜の国にある帝国ザッハガルド。武器や防具など鉄資源を豊富に含む鉱山の麓にそれはある。商人の間では、ザッハガルドで扱う武具はどれも品質がよく高値で取引ができると言われている。商人だけではなく、一般の冒険者もその品質の良い武具を求めて訪れる程活気に溢れた国だ。
 さらにここは竜の国の中でも精鋭揃いの騎士団が集まると噂が絶えないことで有名である。ひとたびザッハガルドから支援が送られれば不利から有利になり、絶望から希望へと変わる絶対的な力を持っている。その理由として、騎士団に所属している一人一人が鍛錬を怠っていないからは大前提だが、一番の理由は「この国を統治している人に仕えたい」というまっすぐな思いだった。
 帝国ザッハガルドを統治しているのは若き女将軍─レオノーラ。動きやすさを重視した漆黒のバトルドレス、黒炭のような黒く長い髪に同色の角、同色の太いを尾は同姓異性問わず見惚れるほどの美しさだった。目元もきりりとしており、発する言葉はどれも凛としていて思わず背中がぴんと伸びてしまうくらい気迫があるものだった。時には励まし、時には檄を飛ばすそのメリハリが騎士団いや帝国の皆からも愛されている存在だ。
 そして、そんな女将軍の下で自慢の腕を振るいたいという猛者は遠方からはるばる試験を受けに来るのだが、その道中もまるで試験のようなものだった。なぜなら、帝国ザッハガルドは竜の国の中でも有名な砂漠地帯にあるのだ。寒暖の差はもちろんだが、その環境に慣れた魔物も多く潜んでいる道なき道を進み、砂埃や蜃気楼などの視覚的な障害を乗り越えて始めてスタートラインに立つことを許される。さすがに到着してすぐの試験などはなく、衰弱した体を医務室で治療を施してからゆっくり休み、万全の体制になるまで回復をしてから行う。体調が回復した参加者が一定数になってからまとめて試験を始めるというスタイルはレオノーラの提案だった。さらに驚くことにその試験官を帝国を束ねる主自ら行うというのだ。理由は、自分の目で肌で感じた者を採用したいというものだった。
 採用試験というのは至って簡単なもので、レオノーラと戦うというだけだった。ただレオノーラと戦えばいい。とてもシンプルなことなのだが……それは参加者にとっては剣を振れるか否かという位に難しいものだった。なにせ、レオノーラは参加者一人一人に対し殺気を放っているのだ。戦闘経験がないものであればその殺気に触れただけで立つことはおろか、しばらく腰を抜かしてそこから動けなくなる位凄まじいもの。その凄まじい殺気の中、参加者はレオノーラと戦わなくてはならない。
 何人か戦ってはみたものの、やはりレオノーラの放つ凄まじい殺気にすっかり戦意を喪失してしまう者が後を絶たなかった。少し殺気を出しすぎたかと反省しつつも、緩める気のないレオノーラは愛用の剣を鞘に納め玉座に戻ろうとした。

  そのとき。

「っ!!!」


  キィイン

 鉄と鉄がぶつかる音が試験会場に響いた。レオノーラは咄嗟に鞘で受け止めることに成功したが、一瞬でも判断が遅れていたらきっと……。今まで数多くの戦場を経験したレオノーラですら、額から伝う冷や汗が止まらない程の戦慄を覚えた。
「……」
「……」
「……ほう。やるではないか」
 そこにいるのはまるで鏡写しをしているかのような双子が立っていた。片方は真っ赤に燃えるような赤い槍を携えているのに対し、もう一方は凍えそうな程に青い槍を携えていた。見た目は幼いのだが、その幼さからは信じられない程の殺気を放っている。レオノーラですら肌がぴりついていると感じるのだ。そんなレオノーラを双子は表情一つ変えずに真っ赤に燃える槍と青白く揺れる槍を構え真っすぐに見据えている。さてどうしたものかと考えた末、レオノーラは構えを解き、双子にこう言った。
「気に入った。貴殿たちを採用したい。もう構えを解いてくれないか」
「……」
「……」
 双子は顔を見合わせ、同時に構えを解き武器を納めた。敵意もなくなったのを肌で確認したレオノーラは双子に名前を尋ねた。
「そうか。リロとレルというのだな。これからお前たちに任せたいことがあるのだが、聞いてくれるか?」
 レオノーラはそういうと、リロとレルはこくんと小さく同時に頷いた。その内容は、レオノーラの身辺警護だ。ただの身辺警護ではなく誰にも気が付かれずにというものを付け加えたものだ。普段はレオノーラの近くで警備をしつつ、必要なときは先ほどレオノーラを襲ったように気配を消して警護にあたってほしいというものだった。それに対し双子は一切表情を変えずにまた小さくこくんと頷いたあと、レオノーラに対し深く頭を下げた。
「二人の息の合った攻撃には私も息を飲んだぞ。その力、存分に奮ってくれ」
 こうしてレオノーラはリロとレルを連れて城内案内を始めた。レオノーラのいる玉座や備蓄倉庫、兵士控室や客間などありとあらゆる場所を案内しぐるりと一周したところでレオノーラは伝令兵に呼ばれそのまま行ってしまった。リロとレルはどうしようかと顔を見合わせると、背後から何かが落ちる音が聞こえた。何事かと思いリロとレルはすぐさま武器保管庫へと入った。レオノーラが去る少し前に言われたことを思い出したのだ。
「ここには貴重な資源で作られた武器や高価なものがいくつもある。巡回のときは必ず見て欲しい」
 と。早速仕事に取り掛かろうと、リロとレルは同時に得物を握り同時に武器保管庫の扉を開けた。きれいに置かれた木箱や壁にかけられた剣や斧、槍などがずらりと並んでいた。リロとレルは息を殺し足音消しながら辺りの気配を手繰った。どこからか視線を感じたリロが木箱の蓋を開けると中には一人の人間が入っていた。それも数多くの武器を抱きかかえるような格好で。
「ちっ。見つかっちまった。でもま、ガキだから大丈夫っしょ」
 ぼさぼさ頭の男に言われたリロとレルは、表情はそのままなのだが殺気だけを増幅させぼさぼさ頭の男に放った。
「ひっ! そ……そそそそんなことしたって無駄だからな。おれの足についてこれるか??」
 双子の殺気に一瞬怯むも、ぼさぼさ頭の男は目にも止まらぬ速さで双子から逃げるとひゅうと口笛を吹いた。これで武器を持ち逃げできればおれは大金持ちだなんて考えている男の足が急に止まった。
「うぉっ!! なんだ??」
 それは男の意思とは無関係だった。何度も足を動かしても前に進まず違和感を覚えた男は自分の足を見た。そこに映るものに男の表情は恐怖に歪んだ。
「な……なんで……なんでおれの足が凍ってるんだよ!」
 男の足はちょうど太ももあたりまで透き通った氷で覆われていた。なぜそうなったのかわからないでいると、槍を構えたリロとレルの表情が一瞬だけ、緩くなった。そしてその緩くなった刹那、男は氷漬けになってから跡形もなく消えた。いや、蒸発したといえばいいだろうか。悲鳴すらも飲み込んだ双子の連携の後には、男が盗んだ武器の転がる音が廊下に響いた。

 伝達兵からの用事を済ませたレオノーラは、双子を置きっぱなしにしてしまったことを思い出し、武器庫辺りを探していると対照的な並びで廊下に立っていた。そして双子の足元には不自然な水たまりがあることに疑問を感じたレオノーラだが、今は双子を置いてきてしまったことが先になりまずは双子に謝罪をしたあと双子が住まう部屋へと案内を始めた。そのときの双子の表情は僅かに口の端を持ち上げ嬉しそうに微笑んでいるようにも見えた。
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