半熟イチゴソースたっぷり♪さくさくミルフィーユ【神&魔】

文字数 3,492文字

 とある喫茶店。落ち着いた店内にはノスタルジックな雰囲気漂い、開店から閉店まで数多くのお客さんで賑わっている。朝はモーニングセット、昼はランチセット、夜はディナーセットと各時間帯でシェフ自慢の料理を楽しむことができる。
 ランチタイムが始まる少し前、一人の女性が店内に入ってきた。深い海のような青い髪には鳥の羽を模したサークレットをしていた。背中にはおおきな弓を背負い、腰には矢筒を携帯しぱっと見ると狩猟をしているのかと思える装備だった。しかし、彼女の首には銀色の十字架がきらりと光っていた。銀色の十字架……それは魔物退治を生業としている人の証でもある。給仕の一人がそれに気が付いたが、見なかったことにし満面の笑顔をその女性に見せながら席へと案内し品書きを広げた。
「いらっしゃいませぇ。ご注文が決まったらお声かけくださいませぇ」
「あ、ありがとうございます」
 魔物退治を生業としているには、少し覇気のない声で返事をした彼女─モリーは数ある品の中から何にしようと迷っている間に、店内はあっという間に混雑し始めた。それに伴い、厨房もたくさんの注文を受け付け戦場と化していた。
「えーっと……どれにしようかなぁ」
 そんなことを知っているのか否か、モリーはマイペースに品書きとにらめっこをしていると誰かがモリーの目の前に座った。給仕が去り際に「相席になりますのでぇ」というのはなんとなく聞こえたのだが、モリーはそれどころではなかった。今日もたくさんの魔物を退治したのだ。自分にしっかりご褒美を与えなければと奮起していたせいで、目の前に誰が座ったかを知るまでにはしばらく時間がかかった。
「よしっ! これにしよう」
 意を決し品書きをぱたんと閉じると、目の前にはどこかで見覚えのある男性が座っていた。赤ワインのように赤い瞳に整えられたひげ、見た目は老いているようも見えるがそれを否定するかのように引き締まった体躯。そして、低く落ち着いた声。
「マドモアゼル。メニューはお決まりかな?」
 その声を聞いてモリーだけ時が止まったかのように固まり、しばらくなんの反応も示さなかった。意識を取り戻し、体をびくりとさせてからモリーは店内でいることを忘れ大きな声を発した。
「が……がががががが……ガエタノォーー!??」
 勢いよくのけぞったせいで座席から転げ落ち、思い切り頭を打ち付けてしまった。モリーの目の前に一瞬星空が浮かび、くらくらする頭を起こし目の前を見るとガエタノと呼ばれた男性がすっと手を伸ばしていた。
「大丈夫かな?」
 モリーはガエタノの手を振り払い、慌てた様子で「大丈夫です」というと座席に戻り顔を隠し始めた。

 モリーは吸血鬼ハンターを生業としており、今目の前にいるのは宿敵である吸血鬼ガエタノ。なぜ宿敵であるガエタノがここにいるのか……そして敵対しているというのに非常に落ち着いているガエタノに、モリーは恐る恐る尋ねた。
「あ……あの。襲ってこないんですか?」
 震える声のモリーに対し、ガエタノは小さく含み笑いをしながら「そんなに怯えているマドモアゼルを襲うわけないではないか」と答えた。いや、そんなわけない。いつか隙を伺って襲ってくるに違いないと思ったモリーは店内であることを忘れ、矢筒に手を伸ばし矢を取ろうとした……が、矢筒の中で何度も手が空を切るばかりで矢を掴むことができないでいた。
「あ……あれ? 矢がない……も、もしかして落としたぁ??」
 矢がない原因は今日、仕留めた魔物に全て使ってしまったことも忘れるくらいに気が動転しているモリー。ころころと変わるモリーの表情にガエタノは珍しく声に出して笑った。
「そう怯えなくて大丈夫だ。そもそも吾輩は人間を襲うつもりなど、これっぽっちもない」
「そ……そうなんですか?」
「うむ。ただ、わたしの大事なものを守るためとなれば、話は別だがね」
 穏やかな口調が一変し、仄暗いなにかを感じさせるその言葉にモリーの背筋はぞわりとなった。だが逆に考えたのなら、ガエタノの大事なものに触れなければ大丈夫だということ……であっているだろうか。モリーが右に左に首を動かしていると、その様子をまたガエタノが面白そうに眺めていた。そうしている間に、二人が注文した料理が運ばれてきた。
「お待たせしましたぁ! ご注文の『さくさくみるふぃーゆ』でぇす♪」
 なんと偶然なのか、モリーとガエタノが注文したのは全く同じものだった。モリーは『季節限定』という言葉に魅力を感じ、ガエタノは何か理由があったのだろうか。こうして同時に運ばれてきた注文品に驚いたモリーだったが、さくさくのみるふぃーゆを一口含むとすぐに満面の笑顔を咲かせた。
「そういえば……」
 半分くらいまでみるふぃーゆを食べたところで、モリーは疑問を感じた。
「ガエタノって自分で料理とかしてるってどこかで聞いたような……?」
 紅茶のカップに手を伸ばしたガエタノはその手を止め、モリーの質問に答えた。
「確かに吾輩は自分で色々と作ることが多い。しかし、作っていると段々アイデアが浮かばなくなってくるのだよ。そこで、こういう喫茶店に入りアイデアをいただくのだよ」
「ふぅん……そうなんですねぇ」
 意外な答えに驚きながらも、モリーはみるふぃーゆを食べる手を止めなかった。残ったいちごをフォークで突き刺し、口へと運び終えるとモリーは満足したかのように大きな息を吐いた。
「はぁ。ご馳走様でしたぁ。いやぁ、満足満足」
「マドモアゼルの食べている姿はなんとも美しかった。ぜひ今度、吾輩自慢のスイーツを堪能していただきたいくらいだ」
「えっ、ガエタノお手製のスイーツ? 興味あるんだけど……いいの?」
「もちろんだとも。ただその代わり、マドモアゼルの冒険話を聞かせてくれないかな?」
「え? あたしの冒険話? あるっちゃあるけど……そんなのでいいの?」
「もちろん。たくさんの紅茶とスイーツを用意して待っているよ」
「わぁ。実は前から興味あったんだよね」
「それはそれは。いつでもマドモアゼルを歓迎するよ」
 話している姿は敵対しているだなんて思えないくらい、スイーツをつくるダンディな殿方とそのスイーツを楽しみにしている女の子のようにしか見えなかった。モリーもいつしか敵対しているというこを忘れ、今までに起きたことや失敗談をガエタノにぶつけていた。その間、ガエタノはただ無言でだけど時々相槌を打ちながら真剣に話を聞いていた。
「……あたし、吸血鬼ハンターって銘打ってますけど……才能ないのかな」
 笑顔だったモリーの表情がこの一言とともに曇りだし、今にも泣きだしそうな顔へと変わった。ガエタノは胸ポケットからハンカチーフを取り出しモリーに差し出すと、柔らかい口調で話し始めた。
「マドモアゼルは優しすぎる。だが、その優しさがあるは故、吾輩とこうして話し合えていると思っている。だから、そんなに気負いすぎないで大丈夫だ。そうだ、これを渡しておくのを忘れていた」
 ガエタノは胸ポケットから小さな手鏡を取り出し、泣き出しそうなモリーに手渡した。不思議なことにその手鏡にはモリーの顔が映らない。映っているのは反転している店内の様子だけだった。
「この手鏡……あたしが映らない……?」
「この手鏡にマドモアゼルが祈りを込めれば、吾輩の住んでいる城へと移動ができる魔法を込めてある。何か吐き出したいとき、困ったときはいつでも頼りなさい」
「……うん」
 まるで子供のように泣きじゃくったモリーの頭を、ガエタノが優しく撫でる。それに安心したのか、モリーは声を押し殺しながらさらに泣き出した。そんなモリーをガエタノは泣き止むまでずっと傍にいた。

「もう……大丈夫です」
「落ち着いたかね」
 ぐすすと鼻をすすりながらモリーは声を出した。泣き止んだモリーの顔はどこかすっきりしたようなそんな顔をしていた。それを見たガエタノも安心したのか、「うん」と小さく唸りながら目を細め笑った。
「さ、そろそろ出ようか」
「そう……ですね。って、支払い! あたしの分は自分で出しますよ」
 席にあった伝票がいつの間にかなくなっていたかと思えば、それは既にガエタノの手の上でひらひらと踊っていた。
「なぁに。気にすることはない。ここは吾輩に任せたまえ。その代わり、吾輩の城にきたときはとびきりの笑顔を見せてくれるかね?」
「も……もちろんです」
「うむ。よろしい。では、会計を」
 すっかりガエタノと打ち明けたモリー。今まで胸につっかえていた悩みが少し晴れたようで、店を出たときのモリーとガエタノの距離は、出会ったときよりも近くなっていた。
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