何度も噛める♪桃梅のすあま【魔】

文字数 2,460文字

「はぁ……うまくいかないわ」
 頬杖をつきながら深い溜息を吐く少女。深い青色の髪に額から見える短く鋭い角。白い装束に真っ赤な袴を履いている。そして手にはその可愛らしい顔には不釣り合いすぎるほどの大きな棍棒を持っていた。
「なんでこううまくいかないのかしら」
 少女─竜胆(りんどう)はまた深い溜息を吐き、嘆いていた。ここは鬼や妖が住まう魔の世界。常に薄暗く時々丸い火の玉のようなものが浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返しているような場所だ。そんな誰も好き好んで居座りたくない場所に一人座って悩んでいる竜胆の耳に、遠くから話し声のような音を捉えた。その声は段々と竜胆が座っている場所へと近付いてきていた。そしてその声が若い二人の鬼だとわかると、竜胆は急に背筋をぴんと正し二人を凝視していた。そして竜胆からの視線に気が付くことなく通り過ぎていくと、竜胆は話している鬼の二人の内、一人に狙いを定めた。
「あ、あのっ!」
 狙いを定めた鬼に向かって声をかける竜胆。そしてその声に気が付き振り返る二人。狙いを定めていた鬼をじっと見つめる竜胆の目は真っすぐにそして純粋な光を放っていた。そんな瞳に魅入られた鬼は「どうしたんだい」と竜胆に返答した。
(この鬼、中々にわたしの好みなのよね。この人ならきっと……)
「あ……あのですね。わ、わたしのお願いを聞いて欲しいのですが……」
「ん? お前、こいつと知り合いなの?」
「いいや。初対面だね」
「そ、その。すみません。いきなり声をかけておきながらお願いだなんて聞いていただけないですよね」
 竜胆は「タイミングを間違えたかな」と心の中で反省をしながら、気になっている鬼をじっと見つめていた。一瞬、竜胆からの視線を外しもう一人の鬼とどうするか相談をしてから再度竜胆に向き直ると「すぐに終わるのであれば構わない」という返事をもらった。
「あ、ありがとうございます!! ありがとうございます!!」
 聞いてくれるかどうか心配だった竜胆は、思わず声を上ずらせながら感謝の意を表した。そして、竜胆は少しもじもじしながら手にしている巨大な棍棒をすっと差し出した。
「この棍棒で、わたしを思いっきり叩いてくださいな」
「「……は?」」
 竜胆の瞳は変わらずに真っすぐで純粋だった。故に竜胆の口から発せられた言葉に思わず困惑する二人。しばらく無音のままが続くと、先に竜胆が口を開いた。
「あ、あのですね。この棍棒で思いっきりわたしを叩いて欲しいんです。今まで溜めてたストレスをぶつけるような感覚で。ささ、どうぞどうぞ。遠慮はいりませんからね。思いっ切り叩いてくださいな♡」
 竜胆からすすめられた棍棒はいつまでもそこにあり、二人はしばらく互いを見つめあっていた。さてどうしたものかと。だけど、いつまでも腰を深く折り、見るからに重そうな棍棒をずっと前に差し出され続けていてはなんとも気まずいと思ったのか、竜胆に狙いをつけられた鬼は(仕方なく)棍棒を受け取った。棍棒が竜胆の手から離れると同時に、鬼はその棍棒の重さに悲鳴を上げた。
「なっ……なんちゅう重さだよ。これ」
「重たいからこそ当たった時の衝撃は凄まじくなるのですよ。さ、遠慮なく」
「え、遠慮なくって言われてもなぁ……はぁ、一回だけだからな」
「はいっ♡」
 叩かれたくてうずうずしている竜胆に対し、なんとも言えない複雑な気持ちになっている鬼。しかしここまできてしまったからには、手放すことはもうできない。鬼は諦め、重たい棍棒を力の限り振りかぶり竜胆に当てた。どんという重い衝撃が棍棒を伝い鬼の手に体の順に伝わると、中々の手応えだったのではないかと思い、鬼は衝撃で吹き飛んだ竜胆の様子を見に行った。土煙の中から竜胆が姿を現すと、その表情はさっきのうきうきした顔ではなく暗く沈んだような顔をしていた。
「はい。これでおしまいな。これ、返す」
「……ない」
「……?」
「……ない。……りない。足りないわ。あなた、それで本気なの?」
 すわった目を向けられた鬼は恐怖を感じ、後退った。さっきまでの顔は嘘だったのかと思うほどにがらりと変わった顔に思わず動けないでいた。
「だ、だからやったじゃねぇか。思いっきりよ」
「違う……違うわ。違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違ウちガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウ!!!」
 竜胆が頭をがしがし掻きむしりながら否定をし続けている間、竜胆は本来の力を開放させていた。竜胆の周りには凄まじい妖力が渦巻き、視覚化できてしまう程だった。
「あ……ああ……あ」
「タタクッテイウノハネ……コウヤルノ」
 竜胆は片手で棍棒をひょいと持つと、もう一人の鬼に向かって大きく振りかぶった。それに気が付いた鬼は時すでに遅く、目の前に巨大な棍棒が映ったかと思えば視界がぐにゃりと歪んだのち体が強い力によって吹き飛んでいく感覚を味わっていた。友人が飛んで行ってしまったことにも衝撃なのだが、今は目の前にいる少女が恐ろしくてしょうがない鬼は呼吸を荒げながら少女から逃げようと必死だった。
「サァ、オテホンハミセタワヨ。コンドコソ、ワタシヲマンゾクサセテヨネ」
「う……うわぁああああぁ!!!」
 低く腹の奥に響く声にすっかり恐怖が頂点に達してしまった鬼は、無我夢中で走った。今はこの場から少しでも遠く離れなくてはというのを最優先に、どんなに無様でもいいからこの少女から逃げなくてはという本能に任せ鬼は走った。
 竜胆の視界から鬼がいなくなり、もう追いつくこともできないと判断したのか竜胆は徐々に妖力の渦を小さくしていった。そして大きな溜息を一つ。
「はぁ。今回もだめだったわ。もう……いつになったらわたしを満足させてくれる人っているのかしら。切ないわぁ……」
 途端にやる気を失った竜胆の髪に飾られた花。特に風も吹いていないが小さく揺れていた。まるで、誰もいなくてもわたしだけはあなたをみているよと語りかけているかのように。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み