ファーストメイド♡ミルクチョコ

文字数 4,031文字

「バレンタイン……ですって?」
「そうですよー。もうそろそろそんな季節じゃないですかぁ。好きな子にあげるチョコレートって気合が入るっていうか、なんていうか……きゃー」
「はいはい。その話はまた後で。ほら、カルテの整理終わらせなさい」
 とある病院内で医師とその助手がバレンタインについて話していた。艶やかな黒髪、熟したブドウのような眼鏡に少しだけ吊り上がった目元、やや高めのヒールを履きつつも白衣をぴしりと着こなした女医─サルース。今は月末で患者のカルテ整理に追われている。そしてその助手はカルテを整理しながら、時折もじもじしたり恥ずかしそうに頬を赤らめたりと忙しそうにしていた。それを見てため息を吐きながらサルースはカルテを整理していた。
(そういえば……この前)
 サルースは以前、少し変わった体験していた。確か、ここではないどこかの屋敷に招かれて……お茶会をしたような。そこで悪魔の執事から貰ったお菓子が美味しかったことを思い出し、少し考えた。それは、患者に何を処方しようか悩んでいるときと同じ顔つきで真剣そのもの。そんな顔をしているサルースに気が付いた助手はにやにやしながらサルースを茶化した。
「あれぇ。先生、もしかして……もしかします??」
「なんのこと?」
「とぼけちゃってぇ。先生も乙女なんですからぁ……もう……あいたっ!」
「無駄口叩いてないで、整理を終わらせる! わかった?」
「はぁい……」
 助手の頭に平手を落とし、作業するように促す。助手を唇を尖らせながら整理をしている中、サルースの表情は複雑だった。それはさっき、助手が言った何気ない一言が原因だった。
(乙女……かぁ。わたしにも通用するのかしら)
 カルテ整理をしている間、ずっとその言葉が頭から離れなかった。

 カルテ整理が終わり、帰路の途中。ふと今までのことを思い返していた。ずっと医者になりたかったサルースは来る日も来る日も勉強し、プライベートは後回しにしても勉強が優先だった。なにがきっかけかはあまり覚えていないが、とにかく困っている人を助けたいという思いだった。難しい試験も突破し念願の医者になったサルースはただの医者にだけはなりたくなかった。それは元々彼女の中にあった分け隔てない性格を反映したもの、同じ生きている者種族が違うというだけで診察が受けられなくて困っている人を助けるという方向へと転換した。鬼や魔族、物の怪などがサルースの病院の噂を聞きつけて受診をするのだが、開口一番は大体同じだった。
「ぼくのようなものでも、きていいんですか」
 と。それに対し、サルースはにこりと微笑みながらこう返している。
「わたしの前ではどんな種族であろうと、みな平等に患者よ。安心して」
 こうして、種族という壁を壊し困っている人を助けることに喜びを感じていた。誰であろうと生きている間には体調が不調になることもある。それを助けるのがわたしの役目。思い出したときにはサルースの顔は何か吹っ切れ様子で、空を仰いでた。あの時、何かの縁で出会ったあの悪魔が作ってくれたお菓子のようにはできないけど、わたしが作ったお菓子で誰かが喜んでくれるなら……サルースは意を決し、帰宅してすぐクローゼットで眠っていたエプロンを取り出し準備に取り掛かった。

「えーっと……まずはっと」
 サルースはお菓子のレシピとにらめっこをしながら、必要な材料を集めていた。欠けているものがないことを確認し、さっそく作業に移った。
「まずは……板チョコを割って……あ、お湯を沸かさなきゃ」
 板チョコを割っている間にお湯を沸かし、チョコを滑らかにする工程の準備を同時に行った。板チョコの割入れが終わり、お湯を大きめのボウルに入れその上に熱伝導のよいボウルをのせる。熱でボウルが温まったことを確認したら、さっき割ったチョコレートを入れていく。ゴムベラで優しく混ぜていくと、次第に液状になり見ただけでも口当たりが滑らかなチョコレートだというのがわかる。そこへ、少しずつミルクを入れて少し伸ばしまた優しく混ぜてなじませる。
「普段はこういうのはやらないんだけど……たまにはいいかもね」
 ゴムベラからホイッパーに持ち替え、今度はしっかりと混ぜ込みレシピと相違がないか確認。相違ないことだとわかるとしばらく無言でホイッパーを動かしていた。
「このくらいでいいかしら」
 とろんとした液体へと変わったチョコレートを見るサルース。何度かホイッパーにチョコをつけて上へ持ち上げて落ちるさまを見て、これだと確信したサルースはホイッパーをシンクに置き、今度は大きめのスプーンを使い型に注いでいく。一定量注ぎこみ、最後に薄くスライスしたアーモンドをのせていくという作業を繰り返すこと数時間。ようやく用意した型すべてにチョコレートを注ぎ終えた。分量もきっちりで最後の型に流し込んだものでボウルの中にあったチョコレートはきれいになくなった。あとはこれを冷やして固めるだけの工程になり、サルースはふと時計を見た。二つの針はちょうど真上で重なっているのをに衝撃を受け、思わず声が出てしまった。
「あらやだ! もうこんな時間なの!?」
 サルースは急いでチョコレートをしまい、就寝の準備を進めた。すっかり忘れてた。明日も出勤だということを。だが幸いに、半日だけの診療なので残った時間は固まったチョコレートをどうやって包もうか考えればいいと思い、その日は床に就いた。

 翌日。半日診療なのだが今日もたくさんの患者であふれるサルースの病院。それを一人ずつ丁寧に診察し処方箋を書き、助手に手渡す。そして次の患者を呼びを繰り返す。最後の患者とあいさつを交わし、病院の入り口に「休診」の札を出し残っている事務作業を二人で手早く済ませていく。
「終わりましたね。あー、今日もお疲れ様です」
「お疲れ様。明日と明後日は休みだから、しっかり休んでおいてね」
「はぁい。あ、戸締りはあたしがやっておくので、先生はお先にどうぞ」
「あら、ありがとう。じゃあ、先に失礼するわね」
 助手の言葉に甘え、サルースは自宅へと真っ直ぐに帰った。その間、どうやって飾り付けをしようか悩んでいたのは言うまでもない。
 帰宅し、昨日作ったチョコレートの様子を見るときれいに固まっていた。それを一つずつ丁寧に紙で包み透明な袋へ入れたまではよかった。問題はどうやって封をしようかと悩んだ結果、リボンで封をすることにはなったのだが、サルースはすぐに次の問題へと直面する。
「リボンってどうやって結んだらいいのかしら? ラッピングなんて初めてだから勝手がわからないわ……えっと、こう……かしら」
 なんとなく袋の口をリボンで結んでみるも、不格好になってしまいやり直す。もう一度挑戦してみるも、今度は両方のバランスが悪く納得できずにやり直す。結び方に悪戦苦闘すること数十分、ようやく満足のいく結び目になりほっと胸を撫でおろす。結び方を忘れないようにすぐにすべての袋を結ぶことができたのは空がオレンジ色と黒色の間だった。
「あら、もうこんな時間なのね。……昨日も同じようなことを言ったような気がするけど……」
 チョコレートが溶けないように注意をしながら、涼しい場所へと移す。これを受け取った人は喜んでもらえるかしら……わくわくしている反面、ちょっと不安が混じるもサルースは次の出勤日が待ち遠しかった。

 休みが明け、出勤するサルース。いつも通り白衣を着て診察の準備を進める一方で別のテーブルを用意し何かを並べていく。それはサルースの手作りチョコレートだった。先着順ではあるが、サルースの気持ちがたくさん詰まったチョコレートは患者にとってはサプライズになることだろう。患者が喜んでいる顔を想像するだけで、サルースの顔はいつもより柔らかくなり、ふいに笑みがこぼれる。
「おっはよーございまーす! ってあれ、先生! チョコ、作ったのですか???」
「あら、おはよう。そうよ。わたしが作ったのよ」
「いーなー……一つくれませんか?」
「いいわよ。はい、どうぞ」
「わぁ……先生の手作りチョコ、嬉しいなぁ!」
 受け取った助手は目をキラキラとさせながら、チョコレートの入った袋を眺めていた。サルースはそんな大げさねと呟きながらも、どこか嬉しそうだった。
(わたしが作ったチョコ、あんなに嬉しそうに受け取ってくれるなんて……)
 不安に感じていた自分がばかみたいと心で言いながら、助手に今日もしっかり仕事するわよと喝を入れ、病院入り口の札を「休診」から「診察中」へと変え、困っている患者の受け入れを開始した。

「はい。今日はこれを処方しておくから、毎日飲んでおいてね。それと、はい」
「え……これ、チョコってやつですか??」
 目がたくさんついた物の怪の患者にチョコレートを手渡すと、初めて見るチョコレートをまじまじと見つめながら質問をしてきた。
「そうよ。うまくできてるか自信がないけど……それでもよかったら……ね」
「あ……ありがとうございます! わぁ、嬉しい! どんな味がするんだろう! 楽しみです」
「ちゃんと薬も飲んでいるし、毎週欠かさず来てくれているから……ってことで」
「わぁい! ありがとうございます!」
 受け取ったチョコレートを大事に持ちながら診察室を後にする物の怪を見て、なんだか心が温かくなったサルースは感じたことがあった。
(あのお菓子をくれた悪魔もこんな感じなのかしら)
 作った物をプレゼントし、それを受け取った人が喜ぶ姿を見る……それがこんなにも嬉しいことなんだと。今まで感じたことのない気持ちに、サルースの胸の鼓動は加速していった。まだまだあの悪魔が作ったお菓子には遠く及ばないけど、それでも少しでも喜んでくれる人がいるなら、また作ってもいいかなとカルテを書きながらそう思った。処方箋を添付し、助手に手渡してから次の患者を呼ぶサルースの声は、少しだけ弾んでいた。
「次の患者さん、どうぞ」
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