ラムレーズンパイ【魔】

文字数 3,696文字

すごく寒くて、すごく眠くて、すごくお腹が空いて……あとは……。

なんだか、金属と金属が打ち合う音が聞こえる。
キンキンしていて、耳が痛い。私の目の前を今、誰かが走り去っていった。
私と目が合うと、その顔はぎょっとした顔になってまたどこかへ走っていった。
なぜ? 私はこの国の王女なのよ。なのに、なんて失礼なのかしら。

 でも、不思議ね。なんだか首元がすーすーしているの。そこから何か温かいものが流れていて、それに反して体はどんどん冷たくなっていくの。おかしいわね。
 誰かが私の部屋に入ってきて、大きな声をあげたわ。ちょっとうるさいから黙りなさい。あら……私、声が出ない。喉を傷めたのかしら。その人は私の首をひょいと持ち上げるとなにやらすごく喜んでいたわ。あら、何かしらあの物体。見覚えがある……。

あ、あれは……
私の体……
まるで血の海で溺れてしまったかのような私の体……
どうしてこうなったのかしら……

 私─アンネロッタは貧しいながらも一国の王女を担っていました。財政も厳しく、周りからの援助なしではひと月の生活もままならない状態でした。しかし、我が国の王の浪費癖はひどく、どこかの国の高級敷物や宝石などを買い漁り、更には贅沢な食事に贅沢な服などにも……。王は自分だけでは申し訳ないと言いながら私に新しいドレスを新調。私にとっては迷惑この上なかったのですが、口にはしませんでした。口にしたところで何も変わりはしないことは承知していました。
 国民からの避難の声が上がる中、それでも王の浪費癖は治らず、ますますひどくなる一方でした。私はだめだと知りつつも、一言だけ「お控えください」と伝えましたが、それを聞く耳すら持ち合わせていないご様子でした。ただ笑ってその場をやりすごしていただだけでした。やっぱり……無駄でした。
 ある日、私が午後の面会の準備をしているとどこからともなく数人の兵士が現れた。そして私の動きを封じ、床へ叩きつけた。衝撃で歯が抜け落ちたのも気にせず、私は兵士の一人は睨みつけた。兵士は大きな手斧を私の目の前で見せつけると、くぐもった声を出した。
「お前を政敵の容疑で処刑する」
 え……? 私が……処刑? 意味が分からず私の頭はぐしゃぐしゃにかき混ぜられた。なんで私が処刑を受けなければいけないのですか? 訴えるも兵士の耳には届いていないのか、誰もだんまりを決め込んでいる。それどころか、手斧の刃を研ぎ始めた。い……いやよ。なんで私が……私は無実よ。誰か、私の声を聞いて! お願い! 私は無実よ!!
「始める」
 いや……いやぁああああああっ!!!
 私の首元に冷たい刃が振り下ろされ、最後に耳にしたのは自分の頭が落ちる音だと思われる「ごとん」という音だけだった。
 しばらくして、私は頭だけの存在だった。不思議と意識はまだあるのが気持ち悪いが、兵士たちが部屋を出ていったあとに残された手斧。馬の首も容易く切れてしまうのではないかと思うくらい重量感に溢れ、切っ先はまばゆい光を放っている。あぁ、あれで私は殺されたのね。私は……無実だというのに……なぜ……なぜ……なぜなの……。
 次第に「悲しい」から「許せない」という気持ちに変化し、私をこんな目に合わせたやつら全員同じ目に合わせてやるという復讐心で一杯になった。
許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。
 私の心が憎悪で満たされたとき、細かな振動とともに何かが私の中に入ってくるのがわかった。それが良いか悪いかわからないけど今は私の体を動かしてくれるだけでも嬉しかった。さっきまで分断されていた頭部は何もなかったかのように元の位置に収まり、私の手にはあの手斧をしっかりと握っていた。なにかしら、このしっくりする感覚は……。手斧の感触を確かめた私は思わず笑ってしまった。なぜって? これで同じ目に合わせられると思ったら笑わずにはいられないでしょう? 体が透けていることは……まぁ、気にしないでおきましょう。さて、行きましょうか。

 城内を徘徊していると、さっき私を処刑した兵士たちに遭遇した。私を見る否や体が大きくはねていたわね。さて、まずは……あなたね。さ、こっちにいらっしゃいな。
「ひ! ひぃい! お、俺は何も悪くない……悪くない! 王の命令でやっただけだ!」
 あらそう……あなた、無実と言いたいわけね?
「そ、そうだ! 俺は無実だ!」
 そう……無実。無実。無実。無実。潔白だというのね……あなた。
「そうだ。俺は悪くない! 無実だ!」
 
 ジャキ ジャキ ジャキ ジャキ ジャキ ジャキ

 そう……あなた。いいことを教えてあげるわ。さっき、私も無実だといったのに、この手斧を振り下ろしたわよね。

 ジャキ ジャキ ジャキ

 だけど、自分の番になると必死に訴える姿……実に滑稽よ……あなた。うふふふふふふふふ。
あはははははははっ!!! さぁ、どんな声で旅立つのかしら……聞かせて頂戴……ねっ!!

 ブォン

 空を切る音と共に振り下ろす手斧。ガキンという金属音と共に転がる兵士の首。まるでボールのようにころころ転がって、残った兵士の足元で止まる。それを見た兵士は一目散に逃げ出した。あら、薄情ね。生きていた時は上司だったはずじゃなかったの? でもまぁ、これから上の世界でも上司ごっこするのなら話は別だけどね。私はすぐに他の兵士たちを見つけてはその首をすっぱりと切って回った。どれも切り口が綺麗で思わずうっとりしちゃうくらい……。どうやらこの手斧は相手が無実などを訴える度に切れ味が鋭くなるみたい。相手が無実を訴えれば訴えただけ切れ味は鋭くなる……。うっふふふふ。
 廊下に転がった兵士たちの亡骸を見たメイド長は、相変わらずのヒステリックな声をあげて逃げていった。この人、何かとすぐにヒステリック起こすからちょっと苦手だったわ。でも、今はそんなの関係ないわ。私と同じ目にあってもらうわよ。小部屋に追い込み、メイド長の目の前で対峙すると、涙を浮かべながら命乞いをしてきた。
「た……助けて……おねがい……」
 なぜ私があなたを助けるのかしら……理解できないわ。さぁ、おとなしく裁かれなさい。
「待って……お願い……助けて……」
 待つ理由もないわ。さっさと終わらせましょ。私、あなた苦手だけど最後に選ばせてあげるわ。この手斧と断頭台、どちらがいいかしら。大丈夫よ、抵抗しなければすぐに終わるわ。……私もそうだったから……。
「あなた……なにを言って……」
 あぁ、もういいわ。話が通じないところも嫌いだわ。さっさと済ませるわよ。メイド長の最後の言葉は小さく「あ……」だけだった。さんざん待ってあげたのに呆気ないわね。まぁ、いいわ。まだまだ次があるんだし……うふふふふ。

 さて、城内はあらかた終わったことだし……今度は城外にでも行きましょう。生きてたときは分け隔てなくしていたのに、今となってはそんな感情は全く湧かなくむしろ憎悪が増していくのがわかる。
 すいと国民に近付き、手首を掴む。掴まれた国民の顔は恐怖に彩られ、私の背筋をぞくぞくとさせた。あぁ、その顔……いいわぁ……。あなたはどちらがお好みかしら。手斧? それとも断頭台?
「い……いや……いやぁ……」
 涙を浮かべながらいやいやをしても無駄。あなたはここで処刑するんだから……さぁ、選ばせてあげる。この手斧がいい? それとも断頭台?
「……い……や……い……」
 い? あぁ、断頭台かしら? いいわよ。今なら研ぎたてを体験できるわよ。もっとも、体験できるのは一度きりだけれどね……うふふふふ……。さぁ、そこに頭を置きなさい。
「いや! いやぁあ! 誰か……助けて! 誰かぁああ!!」
 助けを呼んでも無駄よ。ほら、周りを見てごらんなさい。あなたを蔑んだ目で見ている人たち……なんて醜いんでしょう。そんな醜い人に助けられてあなたは満足かしら?
「……っ……ひっ……ひっ……うぅう……」
 辛い? 悲しい? 寂しい? 今はどんな気持ちなのかしら? 大丈夫よ。その気持ちを感じられるのはもう僅かよ。私があなたを救ってあげるから……安心しなさいな。
「い……い……やぁ……ぁあぁああ……」
 さぁ、処刑の時間よ。旅立つ準備はいいかしら? 私は彼女を断頭台にくくりつけると、がっちりと固定した。これであとはこの紐を離せばいいわ。
「助けて……お願い……私は……悪くないのに……私は……」
 あら、そんなこと言うの? そんな事いったら……。

 ジャキン ジャキン

 断頭台の刃が自ら研いでるような音がした。これから狩る首を待ち望んでいるかのような声にも聞こえた私は笑った。お腹を抱えて笑った。あぁ、こんなに笑ったのはどのくらいぶりだろう。こんなにも滑稽なことは今まであっただろうか。あぁ、素敵だわ……もっともっと裁きましょう。次はあなた? それとも、そこのあなたかしら? 大丈夫よ。旅立つまでにそう時間はかからないわ……そう。抵抗しなければね。

 さぁ、奏でましょう。醜い人形から発せられる交響曲を……私だけに聞かせてちょうだいぃい!!
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