トワイライトオレンジのワイン【魔】

文字数 3,986文字

 ─その屋敷には魔物が住んでいる。だが、毎度現れるわけではない。
 不思議な話を耳にした冒険者一行。耳にしたのはとあるギルド内にある食堂内だった。リーダーらしき人物はエールを飲みながら、まだ幼さの残る剣士は骨付き肉をかぶりつきながら、落ち着きのある剣士はコーンの甘味漂うスープを楽しみながらその話に耳をそばだてていた。
「変な話でさ。この町から少し離れたところに大きな屋敷みたいなのがあってな、その屋敷には吸血鬼が住み着いているんだっていうんだ。んで、その吸血鬼を退治しようと挑んだ冒険者一行が訪れると中には人の気配がないってんだ。そして、また別の日に入るとそこには世にも美しい麗人がいたんだそう」
 流れてくる話を誰も何も言わずに聞いていると、話している冒険者は「しっかしなぁ」と言いながら腕を組み、天井を仰いだ。少しの間天井を仰いだ冒険者は、カップを手に取るとぐいと傾け中身を飲み干した。盛大な溜息と共に冒険者は「そんな麗人が吸血鬼だなんて誰が信じられるんだよ」と呟いた。寂しそうにまた深い溜息を吐くと、もの悲し気な雰囲気を漂わせながら勘定を済ませ、食堂を後にした。
「……吸血鬼、ですか」
「そういえばここに来る途中の町なんか、干からびた死体ばかりでしたよね。それってもしかして……」
「……可能性はありそうですね」
 骨付き肉を食べ終え、ナプキンで口を拭った幼さの残る剣士は腕を組みどうするかリーダーに尋ねると「調査してみるか」と小さな声で答えると、三人は勘定を済ませて宿へと戻っていった。

 翌日。町で情報を集め、その吸血鬼がいるといわれている屋敷へとたどり着いた冒険者一行は、そのあまりにも大きさに口をぽかんと開け、まだ中へ入っていないというのに既に立ち尽くしていた。門扉には大きな翼竜の置物が左右に置かれ、訪問者を威嚇するように大きな口を開けていた。高く建てられた格子もよじ登ろうとする訪問者をブロックするかのようにそびえていて、先端は鋭く尖っていた。迂闊に触ろうものなら痛みもなく切れてしまいそうな先端に、冒険者はあまり余計な事は考えないようにした。
「……カギは……開いてます」
 リーダーがそっと門扉を押すと、きいと音と共にゆっくりと開いた。まるで「待っていました」とばかりに開く門扉に三人はごくりと息を飲んだ。リーダーは意を決し、中へと入るとすぐに庭園が迎えてくれた。手入れの行き届いた植物たちがどれも皆生き生きとしていて、喜んでいるかのようにも見えた。中でも深紅に染まったバラは印象的で、植物に興味のない三人でさえその姿に「美しい」と声をあげてしまうほどだった。庭園を抜け、東屋を通り過ぎようやく見えた玄関には、これまた不気味な怪物を象ったドアノッカーが取り付けてあり、訪問者の勇気を試していた。怖いと思いながらもリーダーはドアノッカーに手を伸ばし、こつこつと音を鳴らした。しかし、中からはなんの反応もなくただ静寂だけが返ってきた。
「本当にいるのでしょうか。怪しく思えてきました」
「だが、さっきのバラを見ただろう。いないとしてもあそこまで行き届いた手入れは人がいる証拠だろう」
「ですが……」
 玄関の前で口論をしていると、誰もドアノブに触れていないのに玄関の扉がひとりでに開いた。音もなく開いた扉に警戒をしていると、中から美しい女性の声が聞こえた。
「あらあらあら。これはこれは。ようこそおいでくださいました。どうぞ、中へお入りくださいまし」
 笑みを含んだ声は、三人の警戒心を一瞬で解き一人また一人と屋敷の中へと誘った。三人がホールへ入るとそこはまるで舞踏会が開けそうなほどに広く、天井には豪華なシャンデリア床には真っ赤な生地に金色の刺繍が施された絨毯が敷かれていた。左右からのびる階段を上ると一旦膨らんだ広間で集めたあと、東と西にそれぞれ扉があるのが見えた。そこからまたどこかへ繋がっているのかもしれないが、今はそれを確認することはできなかった。
「うふふふふ。まあまあ。わたくしのお屋敷にようこそおいでくださいました」
 こつこつと音を鳴らしながら優雅に階段を下りてきたのは、暗色が強めの紫色の鎧に、伸縮性のある脚鎧(グリーブ)。腰には暗黒色をした鞘が納められており、やや色白な肌に艶やかな唇はまるで鮮血のように紅く、瞳もそれと同様に紅く燃えていた。銀色に輝く長い髪はバ真っ赤に燃えるバラの髪飾りが添えれられており、薄っすらと頬を持ち上げた笑みを絶やさないその振る舞いに、三人はただその美しさに呆然とすることしかできなかった。
「はじめまして。わたくし、テレーゼと申します。以後、お見知りおきを」
 恭しく礼をするテレーゼに、三人は「ここここちらこそ」と声を重ねながらお辞儀をすると、テレーゼと名乗った女性はくすくすと笑った。
「そんなに畏まらなくてもいいですのに」
 それでも尚、あたふたとする三人を見てくすくす笑うテレーゼは何かを思いついたかのように手を合わせると「よろしければ、ご一緒にお茶などいかがですか」と提案した。すると三人は顔を見合わせてしばらく考えたのち、首を縦に動かした。
「よかった。ちょうど素敵な飲み物が手に入ったところですの」
 嬉々としながらテレーゼがホールの奥にある部屋へと案内すると、ぴしりと整ったテーブルクロスの上には高価そうなティーポットとカップ、ソーサーが並べられていた。それも人数分ぴったり。リーダーはその数にぴくりと眉を動かすも、そこまで怪しまずに席へつくとテレーゼは優しくポットを持ちカップへと注いでいった。
「さぁ、どうぞ遠慮なく召し上がってくださいな」
 注がれたのは真っ赤に輝く液体だった。それも独特の粘り気を含んだ。お茶はこんなに粘りの強いものだったかと疑問に感じたリーダーはカップを手に持ち、鼻に近づけた。すると鼻を入ってきたのは優雅な紅茶ではなく、鉄を含んだ臭いだった。一瞬でそれを血液だと判断したリーダーは他の二人に合図をすると、それぞれが得物を構えた。
「あらあら。お気に召さなかったかしら?」
 三人から得物を向けられていてもなお、くすくすと笑うテレーゼ。その異様な光景に幼さの残る剣士はがくがくと足が震え始めた。怖くて不気味でそれでも美しいテレーゼに恐怖する幼さの残る剣士に気が付いたテレーゼは「あら」と言いながらその剣士に近づき鼻をすんすんとさせた。
「あら、震えているの? かわいいわね」
 さっきまで麗しいと思っていた女性─テレーゼをこうも恐ろしいと感じた幼さの残る剣士は、恐怖のあまり泣きながら得物をテレーゼ目掛け振り下ろした。がしかし、剣士が振り下ろすよりも早く、テレーゼの剣が剣士の腹を深々と貫いていた。どくどくと脈打つその剣はまるで生きているかのように動くと、幼さの残る剣士の腹の穴をさらに広げた。
「弱い人に興味はないの。それに、あなたのは美味しくなさそう。さようなら」
 口から大量の血液を吐きながら、目には涙を浮かべながら絶命した剣士を、まるで丸めた紙屑のように投げ捨てたテレーゼ。剣についた血液を振り払うと、残った二人に剣を構えた。
「あなたたちは、きっとお強いのでしょうね。ああ……わたくし、とても楽しみですわ」
 恍惚の表情を浮かべながらテレーゼはまず、落ち着きのある剣士へと狙いを定めると迷うことなく剣を突き出した。落ち着きのある剣士は咄嗟にそれを弾き、一撃を凌いだ……はずだった。
「どこをみてらっしゃるの?」
 艶やかな声が耳のすぐ近くで聞こえたかと思えば、そのあとに背後から鋭い痛みが全身を駆け巡った。何事かと振り返るとテレーゼの手から生まれた刺突ではなく、空間から生まれた影の剣が生えていた。
「ぐ……ぐうう……」
「あら。頑張る子は好きよ。じゃあ、これはいかがかしら」
 背中の痛みに耐えながら次の剣撃に備えるため、防御の構えをとるのだが予想とは異なる場所から次々と剣が生まれ、ぐさりぐさりと背中を刺していく。
「が……あ……あああ……」
 背中からどぼりと流れる血液が足を伝い、液溜まりを作ると落ち着きのある剣士はがくがくと足を震わせながら自身の血液に前のめりに倒れた。ぴくりぴくりと体を痙攣させた後、ぴたりと活動を停止させた剣士を見たテレーゼは、少し満足そうの笑うと今度はリーダーへ剣を向け、にこりと笑った。
「さ、わたくしと踊りません? たっぷりと……ね」
「ち……ちくしょう!!」
 リーダーは自分の部下を手にかけたテレーゼに怒りを露わにし、得物を振るった。その怒りはテレーゼの鋭い剣撃を凌ぎ、隙あらば反撃を試みた。しかしテレーゼはまるで舞踏のようにそれをなんなくかわしながら剣を振った。
「ああ……こんなにお強い方は久方ぶりでしわ。さぁ、もっと楽しみましょう」
 ハイになったテレーゼの猛攻を防ぐことができなくなったリーダーは、真っ赤な絨毯の上にどうと倒れると薄れていく意識の中、言葉を紡いだ。
「なぜ……このような……ことを……」
 聞かれたテレーゼはまるで心外だと言わんばかりに驚いてみせると、優雅に一歩ずつリーダーに歩み寄り耳元でそっと囁いた。
「あなた方がお食事をするのに、理由があって? それは同じでしょう? お腹が空いたから。それだけですわ。中々楽しめたあなたの血液はさぞ、わたくしを満たしくれることでしょう。では……」


                 いただきます

 リーダーは首筋から生命を吸われているかのような感覚を覚えると、とうに限界がきているのにも関わらず声を荒げた。しかし、その声も長くは続かずやがて弱々しくなり何かを掴もうと伸ばした手は空を切り、ぱたりと地に落ちた。テレーゼが口元を拭いながら体を起こすと、そこには筋骨逞しかったリーダーの面影はなく、代わりに骨と皮だけになったリーダーだったものだけが残っていた。
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