採れたてたまごたっぷり♪バニラクッキーサンド【竜】♑

文字数 4,163文字

「またよろしくなー!」
 ギルドからの依頼を完了し、報酬を受け取ったぼく。今回は村に現れた魔物の群れを追い払う依頼を受け、すぐに現地に向かってすぐに討伐。思いの外すぐに終わり、まだ明るいうちにギルドに戻ることができそうだ。帰り道、肌寒い季節になったとは思えないくらい心地よい風に吹かれ、ぼくの気持ちはちょっとだけうきうき気分だった。誰もいないことをいいことに、鼻歌を歌いながらギルドへと到着し、完了の報告を済ませ自室の扉を開けたとき、目の前がぶわりと何かが舞った。一瞬、何が起こったか理解するのに時間がかかったけど、目の前で舞ったのは花びらだということがわかった。白、赤、オレンジと色々な色の花びらが舞っているのはとてもきれい……なんだけど、ぼくは疑問に思った。

 ここは絶対に自室じゃない

 自室の扉を開けたはずなのに、ぼくの目の前に広がっている光景は広大な草原だった。草原の間に小さな歩道があり、その歩道を楽しそうに歩いている小さな子供たち。その子供たちの頭には共通して小さな角が生えていた。くるんと巻いているものや真っすぐなもの、成長途中ともありまだ伸びきっていない角は、子供たちの個性を目に見える形で表しているように思えた。
「しすたー! まってぇ」
「きゃっきゃ」
「しすたー。きょうのおはなしはなぁにぃ?」
 子供たちの口から発せられる「シスター」とは? とぼくが疑問に思っていると、子供たちの視線の先─一番前で子供たちの手を引きながら歩いている女性がいた。その女性は子供たちの歩調に合わせて歩き、どこかへ向かっているようだった。ぼくはその女性の行く先に何があるか探してみると、大きなステンドグラスが飾られた建物が見えた。もしかしてあそこに向かっているのかなと思い、ぼくは女性や子供たちに気づかれないよう忍び足でついていった。
 岩陰に隠れながらついていくと、ステンドグラスが飾られた建物は教会のようだった。長い椅子はたくさんの人が座れるように配慮されていて、それが右半分と左半分にきれいに並んでいた。教会の半分を区切るように赤い敷物にはチリ一つ落ちてなくて清潔感を感じた。そしてその赤い敷物はまっすぐと敷かれ、やがて巨大なステンドグラスの前で止まっていた。荘厳な造りのステンドグラスにぼくは思わず声を漏らした。こんなに大きくて慈愛を感じるステンドグラスはみたことがなく、さっきまで誰にも気づかれないようにと行動していたのを忘れ、中に誰もいないことを確認してからぼくはステンドグラスに魅入っていた。
 ぼくがステンドグラスに夢中になっていると、どこからか扉の開く音が聞こえた。その音にはっとしたときは遅く、扉から現れた人物はぼくの姿を見て小さな悲鳴をあげた。
「きゃっ。ど、どちらさまですか?」
 扉から現れたのは、さっき子供たちにシスターと呼ばれていた女性だった。モンブラン色の髪を三つ編みにし爽やかな新緑色の深いスリットの入ったドレスのようなものを身に着けていた。そして両足に少し変わったロングブーツを履いていた。
「あら。もしかしてお祈りに来た方かしら? 今なら誰もいないからどうぞ」
 ぼくの姿を見て驚いてみせるも、すぐに柔和な笑顔へとなりぼくをお祈りをするための立ち位置へと案内すると、その女性ははっとしてぼくに挨拶をした。
「あ……すみません。きっと、初めてお顔を合わせる方ですよね。申し遅れました。わたしはこの地の領主のナルアダルアと申します」
 所作から伝わる上品さに呆気にとられながらも、ぼくも簡単に自己紹介を済ませるとナルアダルアさんは深々と頭を下げた。
「ご丁寧にありがとうございます」
 両手を合わせて喜ぶ姿にぼくは照れながらも、ステンドグラスにお祈りをし長椅子に腰を下ろした。天井もすごく高く、ここで歌を歌ったらきっときれいに響くんだろうなぁなんて考えていた。天井を仰ぎながら、ぼくはふとナルアダルアさんの足元に視線が移った。シスターとは思えないくらいしっかりとしたロングブーツのようなものから緑色の光を発しているものが見え、ぼくがナルアダルアさんに何か聞いてみた。
「ああ、こちらですか。これは加護が施された宝玉なのです。この宝玉のお力を借りて、子供たちを守ることができています。」
 こんなにのどかな場所なのに守ること……? どういうことか首を傾げると、ナルアダルアさんは少し俯きながら話してくれた。
「実は……この地は戦乱が絶えない場所なんです。ここはまだ大丈夫なのですが、この先に進むとどこも荒れ果ててしまっているのです。そこで起きる出来事の数々……。そして、その戦乱に巻き込まれてしまった孤児たちをわたしが保護しているのです。みんなには幸せになってもらいたいですから」
 まるで自分のことのように悲しんでいる様子に、ぼくは胸が痛くなった。まさかそんなことが起きているなんて思っていなかったから猶更だった。ナルアダルアさんは祈るように両手を合わせ、きっと空を睨むと決意に溢れた声を発した。
「あの子たちにはたくさんの愛を与え、育てていくこと。これが、今のわたしにできることなのです。そして、その子供たちに危害を加えるようなことがあれば……わたしは容赦しません」
 そういうと、ナルアダルアさんの足から小さな起動音のような音が聞こえた。その音はナルアダルアさんの履いているロングブーツからだった。さらにいえば、ロングブーツの右足にある見慣れない模様から眩しいくらいの緑色の光を放っていた。
「子供たちを守ることとは別に……わたしは

を守っている家系でもあるのです。この模様は十二星座でわたし─山羊座を示している模様なのです。この模様の加護で、子供たちに危害を加えるものたちに制裁を与えることができるのです」
 シスターらしくないと思いながらも、それはきっとナルアダルアさんができる子供たちを守るための手段なのだろ解釈し、ぼくは一つ引っかかった言葉について聞いてみた。それを口にすると、ナルアダルアさんは目を伏せながら口をつぐんだ。
「……申し訳ありません。今ははっきりと申し上げることができないのです。ですが、きっと……時間はかかってしまいますが、このことについてお話いたします。あなたなら……お話してもいいと思えるので……」
 そういいながらナルアダルアさんはぼくの手をきゅっと握り、微笑んだ。ナルアダルアさんはある封印って言っていた。その封印については何もわからない。だけど、ここまで子供たちのことを大事に考えているシスターを放ってはおけない。ぼくは力強く頷くと、ナルアダルアさんはほっとしたのか頬を緩ませながらさらにきゅっと手を握った。
「あぁ……あなたが来てくれてよかった。もし……もし、子供たちに何かあったら……あなたにお願いしても……いいですか?」
 それは、ナルアダルアさんの身になにかあったらということを暗示しているような発言だった。ぼくはナルアダルアさんの手をぎゅっと握り返しながら首を横に振った。あなたがいないと意味がない。あなたがいるから子供たちは毎日が楽しいんですよ。知らず知らずのうちに、ぼくの声は震えていた。そして頬からたくさんの涙がぼろぼろと流れていた。だから、あなたがそんなことを言わないでください……あなたがいないと子供たちは悲しみます……。
 ぼくは思いの全てを伝えると、ナルアダルアさんは「ごめんなさいね」と言いながらぼくの頭を優しく撫でた。それでもぼくの涙は止まらず、嗚咽を漏らした。

 少し落ち着いたぼくは、ナルアダルアさんに謝罪をして教会から出ようとした。すると、教会の入り口から子供たちが元気な声をあげながらぼくの周りに集まった。
「おにいさん、だあれ?」
「しすたーのしってるひと?」
「ねぇねぇおにいさん。いっしょにあそぼうよ」
「あそぼうー」
 子供たちの無邪気さにおされ、ぼくは子供たちに引かれるがままされると外へ出た。子供たちは何して遊ぼうかと悩みに悩んだ結果、おいかけっこをすることに決まった。捕まえるのはぼく、逃げるのは子供たちだった。
「おにいさん、ぼくたちをつかまえてねー」
「いっくよー」
「にげるよー」
 子供たちが十分に逃げたのを確認し、ぼくは加減をしながら子供たちを追いかけ始めた。すると子供たちは体中から元気を放出させながら逃げ回った。そんな子供たちと遊んでいるうち、ぼくがナルアダルアさんの気持ちがわかった気がした。こんなに元気いっぱい遊ぶ子供たちを守りたい……その気持ちが段々と湧き上がると、ぼくは子供たちに負けないくらいはしゃいでみせた。
「きゃーー。おにいさんがくるぞー」
「にげろにげろーー」
「たのしいーなーー」


 夢中になって子供たちと遊んでいると、日が沈みかける時間になっていた。ほんの少しだけ肌寒さを感じる風を受けたぼくは、子供たちにそろそろ帰る旨を伝えると子供たちはすごく渋った。
「やだー。おにいさんともっとあそぶのー」
「もっともっとあそぼうよー」
 そこで登場したのはナルアダルアさん。優しい口調で子供たちを説得すると、渋々納得したようにぼくに手を振った。
「ぜったい。ぜぇったい、またあそぼうね」
「きてくれなきゃやだかんね」
「またあそぼう」
 ほんの僅かではあるけど、子供たちと一緒に遊び帰りたくないという思いもあるけどそうはいかない。きっとまた遊びに来るからねと言い、ぼくは子供たち一人ひとりの頭を撫でた。最後にナルアダルアさんに挨拶をして帰ろうとしたそのとき、ナルアダルアさんは何かを言おうと言葉を詰まらせた。けど、それをぐっと飲みこみ首を横に振った。
「あなたの優しい気持ち、とても嬉しかったです。あなたに会えて本当によかったです。これもお導きなのかしら……。またお会いできる日まで、お元気で」
 こうしてぼくはナルアダルアさんに別れを告げ、来たときに使った扉を開けた。

 扉の先は、いつものぼくの部屋だった。部屋に入った瞬間、ひゅっとした寒さに挨拶をされ、間違いなくここはぼくの世界だと認識した。それにしても、扉をくぐった先はまさか別の世界へ行くなんて……本当、オセロニアの世界は不思議でいっぱいだ。ぼくは子供たちの笑顔を浮かべながら床に就いた。また……一緒に遊ぼうね。
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