どちらか一つ?! ラムネとアップルのカクテルゼリー【魔】

文字数 3,623文字

 おれたち三人はお宝収集を生業としている。よく盗人ともいわれるが、言いたいやつには好きに言わせておけばいい。おれたちはリュックいっぱいに詰め込んだお宝を鑑定してもらうべく、近くの村へと足を運んだ。その村はおれたちが入ると、なんだか怪訝そうな目を向けていた。まぁあまりいい感じではないのは自覚している。しかし、じっとりとした目線はいつまでもおれたちの背中に突き刺さったままだった。そんな中、とりあえず鑑定を済ませ、金貨の入った袋を受け取り鑑定所から出ようとしたとき、灰色のフードを被った人物に呼び止められた。
「もし。そこの収集家。安全でいい場所を知っているのだが、どうだね?」
 顔を見ようとしたけど、思いのほかフードを深く被っていてどんな人物かを確認することができなかった。怪しいと思いながらもその気持ちを顔に出さないようにし、とりあえず話を聞いてみることにした。
「へえ。いい場所があるのかい。そこはここから近いのかい?」
 すると、フードを被った人物は無言でこくんと頷いた。まっすぐに頷いているのを見て肉体派のゴウルンは腕を組みながら唸った。
「……本当かよ。今までそんな情報に踊らされたんだ。騙されないぜ」
 ふんと鼻を鳴らし、相手にしないというオーラを放っているゴウルンとは対照的な知略派のサンディは少し考えてからおれに提案してきた。
「まぁ、危なかったら引き返せばいいんじゃないかしら? 用心はもちろんだけど」
 胡散臭い話は無視しろのゴウルン、危なかったら引き返せばいいというサンディ。二人の意見を汲みつつ、鑑定してもらった金貨の数を考慮すると……。
「よし。その場所に案内してくれ。だけど、本当に安全なんだろうな」
 おれもフードの人物に尋ねるも、そいつは「大丈夫大丈夫」と薄ら笑いを浮かべていた。この答えにがっかりするゴウルンと喜ぶサンディ。稼げるときに稼いでおけば大丈夫だろうと判断したおれは、すぐに身支度を済ませフードの人物に案内をお願いした。

 町を出てしばらくすると、薄暗い洞窟へと案内された。先頭からおれ、サンディ、ゴウルンという順に中へと入ると、少しひんやりした空気が足元を転がった。中は意外と広いし明かりも十分、足場もそこまで悪くないことから、誰かが入ったような形跡があった。奥へと進むとひんやりした空気はより一層吹き、おれたちの体を悪戯に冷やしていった。だんだんと手がかじかんでくるようになり、だんだん歯ががちがちと震えだした。
「おい……本当に大丈夫なんだろうな」
「ええ。大丈夫です。ちょっと寒いだけですからご安心を」
「これが……ちょっと? 異常だわ」
「ああ。これ以上着こむ物なんてねぇし」
「リーダー。少し引き返すことも検討しておいたほうが……」
 サンディがおれに耳打ちをすると、確かにそうかもしれないという思いがよぎりフードの人物に話を切り出そうとしたとき、「ここが目的地です」と大きな声に遮られてしまった。フードの人物がここだという場所は、外の明かりが入らない松明の明かりだけが頼りの大きなホールのような場所だった。おれは辺りを見回してみるが、これといってお宝というものはなさそうな気配だった。おれはこの判断をしたのは失敗だったかと唇を噛みしめていると、フードの人物はくすくすと笑いながら頭を深く下げた。
「さぁ、まぬけな人たちの滑稽なダンスパーティの始まりです」
「ま……まぬけ? 一体どういうこと……」
「だからオレは反対だって言ったじゃねぇかよ」
 口々に言っている間、おれ達の背後から何か不吉な気配を感じた。振り向いてはいけない。だけど、振り向かないわけにはいかないそんなせめぎあいをしていると、肉体派のゴウルンが背中にしまっていた斧を取り出し、振り向き様に投げた。勢いのある斧は空を切り、その不吉な気配の真ん中に向かって飛んでいったのだが。それは悲しいことに空を切る音とともに洞窟の壁へと突き刺さった。
「なに……いったい何なのよ!」
 サンディも双剣を取り出し身構える。しかし、その正体は一向に現れずただただ不気味におれ達を包んでいた。まるで、さっきの村の住人の視線のように、じっとりと湿気をたっぷりと含んでいるような。いつまでも続く気持ちの悪い気配に先に叫んだのは、ゴウルンだった。ゴウルンは残っていた斧を取り出し、手あたり次第に暴れまわった。
「ちょっと! ゴウルン! しっかりしなさいよ!」
「うるせえ! うるせえ!」
「ちょっと! しっかり……きゃっ!!」
 ゴウルンの持っていた斧がサンディの脇腹を深く抉った。サンディは脇腹を抑えながらうずくまっていると、ゴウルンはさらに凶暴性を増して暴れるようになった。どうやら正気を保てなくなってしまったようだ。この気配はもちろん、力自慢のゴウルンも危険だと判断したおれはすぐにサンディを担ぎ、洞窟を出ようと試みた。苦しそうに歩くサンディを必死に励ましながらなんとか出口へと向かおうとすると、既に精神を破壊されたゴウルンが叫びながらこちらへと向かってきた。
「危ない!」
 サンディは残っていた力を使い、俺を突き放した。サンディはゴウルンに体当たりするようにぶつかると、腰のポーチから緑色の液体が入った瓶を取り出しゴウルンに飲ませようとしたのだが、腕力で敵うわけもなくサンディはゴウルンの斧のより頭部を打ち砕かれ、倒れた。
「サンディ……サンディ!!」
 おれはすぐに引き返そうと踵を返したが、ゴウルンの異様な気配に怖気づいてしまい一瞬、足が止まってしまった。その隙を見逃さなかったゴウルンはすぐさまおれに突進をしてきた。まずい、やられると思ったその瞬間、どこからともなく巨大な岩石が目の前にいたゴウルンをいとも簡単に圧し潰した。ずんという体全体に響く音の後、岩石の下から流れる赤い液体に、おれは腹の底から声を出した。


「ひゃっひゃひゃっひゃ! こりゃぁあ、いい眺めだねぇえ」
「誰だ!」
 おれしかいないはずの洞窟に、突然響く幼い子供の声。その声は悪ふざけをしているような無邪気さを含んでおり、なんだか胸の奥が気持ち悪ささえ感じる声だった。
「アナンはねぇ、君を助けにきたんだよぉ。何か困ったことはなぁい??」
「困ったこと……だと……」
 そういうとアナンと名乗った幼い子供はにやあと笑うと、背後から巨大な天秤を出した。そしてその天秤を持っているのはいくつもの目がたくさんついた異形の存在。そもそも、空中に胡坐をかいている辞典で人間ではないことは明白だったが……こいつは一体。
「さぁさぁ、悩み事はぁ、アナンに相談してねぇ?」
「悩み……」
 おれはついさっき起こったことを話した。もう今はこいつに頼ることしかできない。おれは恥を覚悟で全部話すと、アナンはうんうんと頷いた。
「わかる。わかるよぉ。じゃあさぁ、こんなのはどう??」
 アナンは手をぽんぽんと叩くと天秤の皿の上に赤色と青色の石を出現させた。そしてその石にはこれからどうすればよいかが映像として流れていてた。おれは赤と青の石に映る映像に目を奪われた。
「ほぉら。どうするか決まったぁ?」
 どちらの映像も捨てがたい。だが、こっち……いや、あっちか。どちらもこの先を生きていくには魅力的なものだった。あぁ……決めかねる。赤か青かとどちらかを選択している姿を、アナンは腹を抱えて笑っていた。
「あっはっはっは! いいねぇ、最高だねぇ。そうやって悩んでる姿、なんとも滑稽だねぇ」
 アナンの笑い声の中、おれは赤の石が映す光景に魅力を感じ手を伸ばした。するとアナンは「あれあれぇ? もう決めちゃうのぉ? 本当??」
 わざとなのか、大きな声で驚いて見せその判断に誤りはないかと尋ねてきた。おれは何度も考え直し、それでいいと答えるとアナンはくすくすと笑った。
「たられば言ってる時間がぁ、いっちばん幸せだよねぇ」
 言っている意味はよくわからない。だけど、おれはこっちを選択した。それはおれの意思……意思? おかしい。確かに自分で選んだはずなのに……何か違和感を感じた。その違和感の正体は、アナンが答えた。
「あっははっは。誰かが決めたレールを行くほうが楽くない? だってぇ、間違った選択をしてもぉ、自分のせいじゃないんだからさぁ。そうやって、どんどん溺れていくんだよぉ」
 あぁ、そうか。違和感の正体はそういうことか。おれは二人を失ったことを正当化しようとしているんだ。おれは悪くない。おれの判断じゃない。
「いいねぇ。君は素質があるねぇ。じゃあ、これからもぉ悩みがあったらぁ、アナンに話してね? そうすれば、きっといい未来があるからさぁ。自分で決めなくていい程、楽なものはないんだからさぁあ。ほぉらぁ、溺れちゃいなよぉ」
 ああ……。そうだな。おれは……もう……自分で決めなくていいんだ。これからは……アナンに……。あぁ、ゴウルンとサンディが手を振ってる。いかなきゃ……いかな……。
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