★ジューシーピーチのフレッシュスムージー

文字数 2,674文字

 細波が聞こえる。遠いようで近いような引いては寄せる海の子守歌。時々、空を飛ぶカモメのハミングも交じりしばらくその音色に耳を傾けていたくなるほどだった。

 この鎖さえなければ……

「ん……あ……あれ。わたし……なんでここに……それに、この鎖……と、取れないっ!」
 四肢をがっちりと鎖で繋がれている女性が目を覚まし、自分が置かれている状況を目の当たりにし戸惑う。無理もない。さっきまで自分は部屋で髪を梳いていたのだから。それが、気が付いたときには岩に縛り付けられているというまるで魔法にかかったかのような一瞬の出来事に頭が混乱する。
「え……なんで、わたし……こんな格好なの……は、恥ずかしい……」
 部屋にいるときはきちんとした衣服に身をまとっていたのだが、今は薄い布が最低限あるだけのみすぼらしい格好をしていた。この格好を見てこの女性が王女アンドロメダだと誰がわかるだろうか。
「なんで……一体どうなっているの……?」
 アンドロメダは混乱する頭を必死に動かし、寸前までの記憶の糸を手繰り寄せる。
「えっと……確か、天気が良くて窓を開けて……髪を梳いて……うーん……そこまでしか思い出せない……」
 どう手繰ってもここまでの記憶しかないアンドロメダは、何度も何度も挑戦するも行き着くところはすべてここだとわかると大きくため息を吐いた。もうこれ以上思い出そうとしても答えが出ないとわかった途端、アンドロメダに絶望という名の重しがのしかかる。気持ちが沈んでいるのとは裏腹に、空を飛ぶカモメたちは知ってか知らずか細波にあわせてハミングを続けていた。
「はぁ……どうしたらいいの。いつまでもこのままじゃ……」
 試しに腕に力を込めてみたのだが、鎖はがちりと岩に食い込み全く動かなかった。腕はだめだが足はどうかと試してみると結果は同じでびくともしなかった。今度は両手両足を動かしてみるも、やっぱり動かないことを確認するとまた大きなため息を吐いた。
「うぅ……どうしましょう。このままだと夜になってしまいます……」
 アンドロメダが空を見ると、陽が傾き始め数時間もすれば空は真っ暗になるだろう。こんな格好で夜を迎えてしまったら耐えられるかどうか……。ぶるりと体を震わせて今度は声を出して助けを求めてみた。
「すいませーん。どなたかいませんかー!」
 それでも誰も反応しないことに、さらなる絶望を感じたアンドロメダの頬に涙が伝った。
「……だれか……たすけて……」
 どうしようもできない状況に心が折れてしまい、うなだれているとさっきまで静かだった海が気のせいか騒がしくなった。波の高さが少しずつではあるが高くなり、押し寄せる波が少しずつアンドロメダの足元へと忍び寄ってきていた。それに紛れて何かの唸り声のようなもの聞こえたアンドロメダは体を強張らせた。
「な……なに??」
 すると、アンドロメダの目の前に犬の顔に鯨の胴体を持つ化け物が現れた。一瞬、思考が停止したかと思えばすぐに思考が巡り、アンドロメダは本能で叫んでいた。
「き……きゃああーーーーー!!」
「お前が贄か……ふむ……まぁいいだろう。おとなしく私に食われなさい」
「に……贄ってどういうことですか?」
「え? 聞いてないの?」
「聞いてない……?」
「……ったく、うちの創造主ったらバカなんだから……はぁ。そういうのはきちんと説明しておかないと困るっての……」
「あ……あのぉ……」
「ああ。ごめん。私でよければ経緯を話すんだけど……いいかな」
「は……はい」
「実はね……」
 強面かと思われた化け物─ケートスはなんでこういう状況になったかをかいつまんで説明した。なんでも、アンドロメダのお母さんが「海に住む精霊より私の方が美しいわぁ。おほほほぉ
」っていうのを聞いた別の精霊が海の神であるポセイドンにチクったらしい。そうしたらポセイドンが激怒し、娘であるアンドロメダを生贄にしてやるといい、そこの岩に鎖でがんじがらめにした。そして、その君を食べるのがこの私ってことだといい、締めた。
「あぁ……なるほど……って、わたし食べられちゃうんですかぁ?」
「残念だけどね。恨むなら精霊をばかにしたお母さんを恨んでね」
 ケートスが大きな口を開き、アンドロメダに迫る。身動きがとれないアンドロメダは必死に体をよじり、少しでも生きようと藻掻く。だが悲しいかな、ケートスの口はもうアンドロメダの目に前にまで迫り、もうだめかと諦めた。

 その時だった。

 巨大な破壊音とともに窮屈感から解放され、浜辺に突っ伏す。じゃらりと音を立ててそこにあるのは、まるで意思を持ったかのように動くアンドロメダを縛り付けていた鎖だった。宙に浮きアンドロメダの前で壁のようにそりたつそれは、ケートスに無言の忠告をしているようだった。
「な……鎖ごときが私を止められると思うのか! まずはお前から食ってやる」
 ケートスはさっきよりも大きく口を開けて、鎖を飲み込もうとすると鎖が勢いよく射出しケートスの上顎部分に突き刺さる。
「あがぁあ! い……いたああぁあいい!!」
 ケートスの悲鳴がアンドロメダの鼓膜を震わせる中、鎖の攻撃は止むどころか激しさを増していた。上顎を何度も何度も突き刺したあと、鎖はケートスの口をぐるぐる巻きにしてそのまま締め上げた。ぎりぎりと締め付ける音に交じりケートスの低くくぐもった声も入り、怖くなったアンドロメダは耳を塞いだ。
「ん……んんんんっ!! んんんんっ!! んんっ!!!」

 バキッ

 骨の砕ける音とともに、ケートスは倒れあたりにずずんという音を響かせた。ハミングを歌っていたカモメたちはその音に驚き一斉に飛び去って行った。残ったアンドロメダはただただその場に立ち尽くすしかなかった。
 時間をかけてゆっくりと今の状況を確認していくうちに、鎖はアンドロメダの周りをうねうねと動きながら四肢に絡みついた。アンドロメダはこの鎖がなぜこのようになったか、また何を伝えたいのかがわからなかった。もしかしたら、その答えを探すことが今のアンドロメダに求められているものだとしたら……。
「確かめきゃ……お母さまに」
 まずは事実確認をしようと頷くと、鎖から淡い光が溢れた。そしてその光はアンドロメダを包むとふわり足を浮かせそのまま宙へと持ち上げた。
「え? えええ? えええええ? ちょっとこのままの体制だと……色々とまずいような……」
 みっともない格好から光に引っ張られるようにして目的地へと飛ばされるアンドロメダ。カモメのハミングの代わりにアンドロメダの悲鳴がオレンジ色の空へと響き渡った。
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