カボチャのパイ スカルクッキー添え【魔】

文字数 2,361文字

「うんしょ、うんしょ」
「おい、アズ。まだなのか?」
「んー、もーちょっと……」
「ったくよ……」
 頭蓋骨の亡霊が少女の周りをぐるぐると飛び回る。その少女は黒いローブを着るのに手間取っている。
「できたー」
「できたーじゃねぇよ。ほら、さっさといくぞ」
「おー」
 彼女の名前はアズリエル。死という安らぎを与えるものとして存在し、魂を狩る。そして、彼女の周りを飛び回っているのはアズリエル曰く骨三郎という。本当は正式名称があるのだが、あまりにも長すぎてアズリエルが短縮してその名前になった。骨三郎も最初は本名で呼ぶようにと何度も訂正を要求しても、アズリエルはそのまま骨三郎と呼び続けしまいには諦めた。
 本来は魂を回収するつもりで寄った村なのだが、季節はハロウィン。見たことのない景色にアズリエルは無表情ながらもうずうずしている様子なのが、骨三郎には伝わった。その気持ちを察した骨三郎はちょっとだけだからなと言うとアズリエルはにぱっと笑い「うん」と答えた。不覚にもアズリエルの笑みに骨三郎の胸(の辺り)は何かに射抜かれたような痛みが走った。

 ノープランで入ったはいいが、どうしたらいいかわからず辺りをキョロキョロと見回していると、村のおばさんがアズリエルに話しかける。
「あら。あなたも参加するの?」
 訳も分からずこくんと頷くとおばさんは豪快に笑いながらついてきなと言い、歩き出した。その場に立っているのも変なのでアズリエルはとりあえずついていくことにした。とことこと歩いているとおばさんは嬉しそうな笑みを浮かべながらアズリエルに尋ねた。
「あんたのその鎌、すごいリアルだねぇ。仮装慣れしてる感じがするよ」
「……んー」
「(リアルというか本物なんだけどな。っ!!)」
「なんか言ったかい?」
 首を横に振り応え、アズリエルは骨三郎の頭に平手をお見舞いした。声なき声を発する骨三郎は何か言いたげな顔をしたがアズリエルは無視し、おばさんのあとをついていく。
「さぁ、ここでお着換えしな。衣装はあたしが用意したのでよければ……だけどね」
 おばさんの家に入れてもらい、アズリエルは物珍しそうに家の中を見渡す。あちこちにかぼちゃのくりぬいた置物があり、仄かな光を放っている。それにうっとりしていると、おばさんがクローゼットから黒いローブを取り出し、アズリエルに手渡した。
「ほら、これに着替えてこのバケツを持っていくんだ。あたしはちょっと出かけなきゃいけないからここまでだけど。せっかくのハロウィンなんだ。楽しんでいきな」
 おばさんはアズリエルに手を振り、家を出ていってしまった。取り残されたアズリエルはとりあえず手渡されたローブに袖を通す。
「うんしょ、うんしょ」
「おい、アズ。まだなのか?」
「んー、もーちょっと……」
「ったくよ……」
「できたー」
「できたーじゃねぇよ。ほら、さっさといくぞ」
「おー。……あれ」
 アズリエルは気が付いた。手を伸ばしても袖が余っていることに。うーと唸っても解決しないので仕方なくそのまま外へ出ることに。アズリエルがご機嫌で家を出るのと同時に骨三郎が忘れ物と叫ぶのはほぼ同時だった。

 村のあちこちでは様々は仮装をしてお菓子をもらう子供たちで賑わっていた。オオカミに扮していたり魔女だったりと皆思い思いの仮装をし「お菓子くれないと悪戯しちゃうよ!」とか「トリックオアトリート」と言っていた。それを見ていたアズリエルはそういえばいいのかと納得し、意を決して村人に近付きつんつんした。
「……いたずらしちゃうよ?」
「おいアズ! 自分で鎌持てって!」
 鎌を咥えて追いついた骨三郎。その光景に村人は最初驚いたが、そうか今日はハロウィンだと気づき、ポケットからクッキーを取り出しアズリエルに渡した。
「はい、ハッピーハロウィン。楽しんでね」
「はぁい」
 アズリエルはもらったクッキーを大事そうに見つめ、頬を赤らめた。今、アズリエルの心の中は「楽しい」という気持ちで満たされつつあった。そして高鳴る胸の鼓動が抑えきれず、アズリエルはアズリエルなりにハロウィンを楽しんだ。

 かれこれ数時間が経過し、アズリエルのバケツにはたくさんのお菓子が入っていた。それを大事そうに見つめるアズリエル。普段は恐怖される存在なのだが、今日は「一人の少女」として今を楽しんでいる。そんな普段の彼女を知っている骨三郎だからこそ、楽しんでいるアズリエルにほんのわずかな嫉妬心が芽生えている。
「おいアズ。満足したか。もう行くぞ」
「……」
「アズ! 聞いてるのか?」
「……」
「アーズー」
 骨三郎はアズリエルの頭にぶつかった。普段の彼女であれば、すぐさま反撃してくるはずなのだがその予想は外れ、それでもなおアズリエルの幸せそうな笑顔は崩れなかった。
「……骨三郎」
「な……なんだよ」
「はい。たくさんもらったから、はんぶんあげる」
 アズリエルはお菓子の詰まったバケツから半分を骨三郎に手渡す。本当ならいらないと突っぱねたいのだが、アズリエルの無垢な笑顔からそれをすることができない。だが、根本的な問題があった。
「ぐ……ぐぅ」
「……どうしたの?」
「手がねぇから取れねぇんだよ!」
「あ……そっか。じゃあ、あーんして」
「ええっ!」
 まさかのあーんをお願いされた骨三郎。どうしていいかわからず、まごまごしていると、アズリエルは骨三郎の口をこじ開け、クッキーを突っ込んだ。
「むぐっ!!」
「おいしいよ」
 サクサクしたクッキーはほんのりかぼちゃの味がして、甘さも控えめ。これが気に入ったアズリエルはいつになくご機嫌だった。
「またあそびにこようね」
「あ……あぁ」
 クッキーを咥えたまま骨三郎が言う。アズリエルは借りた衣装をそのままに闇へと帰っていった。またこの賑やかなお祭りに参加できることを楽しみにしながら。
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